ムエタイを見ずにタイは語れない。 今日はリングサイドでムエタイを見た。面白いという表現は合わない。 そこには闘う人の人生が見える。 初めの踊りは実際に見ると真剣な表情で、とてもおごそかに見え、タイの歴史が感じられた。 また、選手は強い人ほど常に冷静な心で闘っているように見えた。
観客は嫌いになった。人生をかけている人を気楽に見られる気分ではなかったし、 自分もその中の一人だと思うととても嫌だった。 あれは気楽に、笑ったりしながら見るものではない。歴史があるから、有名だから神聖なのではなく、 人が人生の全てをかけている場だからこそ神聖になるのだ。 世界には様々な人生がある。彼らの見ている世界はどれくらいの広さなのだろうか。 賭けをして騒いでいる観客はとても狭い世界に生きている。 瞬間、一緒に観戦している友人達が友人でないような気がした。私はとてもあの様な気分で見ることはできない。
闘っていた選手達は私に生きる活力を与えてくれた。自分に怠け心が出て来たとき、 私はきっと彼らの闘う姿を思い出すだろう。私はまた少し、自分の世界が広がったような気がする。 人によって日常見ている世界が違うということ、世界には様々な人生があるということを知った。