仏国寺と石窟庵 - 慶州(Kyonju) -

古墳のある景色 1997年12月30日(火)


 今日はカメラとガイドブックを上着のポケットに突っ込み、朝9:00ごろ出発した。市内バスは座席バス102に乗ったが降りるところがわかりにくく、途中ちょっと不安になった。しかし着いてみるといかにも観光地のバスロータリーというところで、とてもわかりやすい。

 降りる時に日本人のおじさんに声をかけられ、その人たちと一緒に仏国寺プルグクサへ向かった。メンバーは、韓国通らしい大阪のおっちゃん、芸大で建築を専攻している先生と助手、そして私の4人。仏国寺では観音堂の観音像のバックにある絵に魅きこまれた。また寺にはあらゆるところに龍があしらってあり、色も派手すぎず堂々とした建物だった。芸大の2人が仏国寺出口の門を見て

 「かろやかで、横に伸びがある。とてもいい門だ。」

と評していた。また、寺の石の使い方が面白いと言ってたり、専門的な話しを2人でしていて、横で聞いているのが面白かった。

 仏国寺の中で大阪のおっちゃんとははぐれてしまい、その後会うことはなかった。3人で新羅シルラ食堂で昼食をとり(ビールがうまかった)、午後は石窟庵ソックラムへ向かった。石窟庵行きのバスを降りてから石窟庵までの徒歩の道は、お2人いわく

 「日本ではこんな風にはできない。」

という良いつくりのものであった。2人がいなければ、私は何とも思わなかっただろう。

 石窟庵自体は仏像の存在感は素晴らしかったが、

 「え、これだけ?」

という感じだった。ガラス越しにしか見れないようになっており、また写真を撮るのも禁止なので、じーっと見てきた。

 それから、タクシーを拾って3人で古墳コブン公園コンウォンへ行った。タクシーはメーター制で、ボられなかった。古墳公園は今日一番のヒットだった! 何かちょっと不思議な世界へ入り込んだ感じがした。大きな土の盛り上がりが連なっている景色はすごい。遠くの山と古墳とがひとつの景色となり、夕暮れ時という効果も加わってとても幻想的であった。

 お2人は写真を撮りまくっていた。

 「シュールだ!」

を連発し、

 「雪が降ったら、緑だったら、もっとシュールだ。」

と言っていた。それに比べて東洋最古の天文台と言われている膽星台チョムソンデの方はあまりパッとしなかったが、膽星台へ向かう途中の古墳群はまた素晴らしかった。

 その後はちょっと民家が集まっている裏路地を2人の批評を聞きながら巡り、サムゲタンの店、黄龍ファンニョンを目指した。17:00ちょい過ぎにようやくたどり着き、そこで3人で酒を飲みながらサムゲタンを食べた。いや〜、とてもうまかった! 最高だ!

 店を出ると外はもう暗くなっていた。少し商店街や市場をぶらつき、駅の近くで2人と別れた。2人は明日、安東アンドンへ行くということだ。タクシーを借りているそうで、結構金かかってるらしい。一緒にどうかと誘われた。ただ、朝7:00に2人の泊まっている慶州朝鮮ホテルへ来いというのがつらい。多分起きられません。

 行きたいけど、他にも行きたいとこあるしなぁ。とりあえず「行きます」とは言っておいたが、7:00にホテルに来なかったらもう来ないもんだと思って出発して下さいとも言っておいた。2人と別れた後、駅で時刻表を買って宿に帰った。

 今日は2人につられて写真を撮り過ぎてしまった。もうフィルムがない。しかし、楽しい一日だった。慶州が好きになった。古墳と現代の街が一体となっているのは面白い。歴史のある街というのはやはりいい。一緒だった2人は東京芸術大学の K先生とKさん。2人の話を聞きながらの観光も面白かった。

 さて、宿に帰ってから時刻表と『地球の歩き方』とを使っていろいろとプランをたてた。さんざん悩んだが、明日は2人には会いにいかないことにする。やはり、もう1つの世界遺産、海印寺ヘインサへ行こう。何とかスケジュールに入れられた。バスの乗り継ぎがちょっと面倒だが、何とかなるだろう。もう1日あればなあ。やっぱり1週間は短いよ。旅程、欲張り過ぎかな? ソウルもあまり見れないかもしれない。

 とにかく明日は慶州におさらばだ。ちょっと名残り惜しい。素晴らしく居心地のいいところだ。商店街はかなり充実している。市場の中の食堂で食いたかった。時計屋がいっぱいで、約50メートル毎にある。なんでこんなに多いんだ。時計屋ってそんなに儲かるんかな? 街を歩いているお姉さんはみんな美人に見える。うーん、いいところだ。しかしどうも緊張感がない。外国にいる気がしない。明日はリコンファームせねば。あ、明日って大晦日じゃん。

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