バラナシ

100ルピー 1997年3月9日(日)


 今夜がバラナシ最後の夜だ。ほとんど何もしていないのに6泊もしている。早く抜け出したいと思いつつ、結構居心地が良いのかもしれない。

 今日はバラナシ駅へ行って今夜発のチケットを取ろうとしたが、取れなかった。困ってしまい、どうしようかとベンチに座り込んで次の案を考えていると、職員の人が出て来て親切に相談に乗ってくれた。明日10:10発で翌朝の7:00頃着くという列車を教えてもらい、そのチケットを取った。ムガルサラーイ駅発だが、一番早いそうだ。本当に嬉しかった。その職員のおじさんは表情があまり変わらない人だったが、なんていい人なんだろうと思い、とても感謝した。

 宿に一旦帰ってから、サールナートへでも行こうかと思い、再びバラナシ駅へ向かった。ただし徒歩で。Mall通りの方にあるファーストフード店へ行ってみたが、ちょっと思っていたのと違っていた。サールナート行きのバスを見付けるのが大変だったので結局サールナートへは行かなかったのだが、それから宿に帰るのがとても大変だった。

 駅や歩いている途中の店でミネラルウォーターを買おうとしたが Rs100札しか持っていなかったので、みんな

 「つりがない。」

と言って売ってくれなかった。のどが乾いてどうしようもなかった。つりがないとはどういうことだ。ここにお金がある。そして相手は水を持っている。それなのに誰も私に水を売ってはくれない。Rs100札とは本当に金と言えるのか? インドに対する怒りがこみ上げて来た。

 車のクラクションも、「ジャパニー!」とかけられる声も、私をいらいらさせた。腹が立って、クラクションを鳴らした車に向かって

 「うるせー!」(日本語)

と何度も叫んだ。細かい金がないので、リクシャーにも乗れない。仕方なく長い道のりを歩いた。途中何度か日陰で休みながら、ひたすら歩いて歩いて歩き続けた。あるところでサイクルリクシャーのおっさんに呼び止められ、おつりはあるかと聞くと

 「私の知ってる店でくずせばいい。」

と言われた。連れて行かれた店で Thums Up を1本飲んだ。とてもうまくて、体に水分が浸みわたる感じがした。これでようやく細かいお金ができた。その後はそのサイクルリクシャーに乗ることにした。リクシャーのおっさんはこぎながら

 「サラサ、見るだけ。」

とか

 「ガバメントの店。」

とか、今までさんざん聞いてきた言葉を吐き続けた。とても疲れていたので、それにノーと返答するのも億劫おっくうだった。

 ガートに着いて腰を降ろしていると、子供が絵葉書を売りにやって来た。安かったので何枚か買い、絵柄になっていたヒンドゥーの神の名をいくつか教えてもらったりした。他の子供たちが売りに来ても、その子が

 「この人は僕から買ったからもう買わないよ。」

というようなことを(多分)言って、ガードしてくれたのはうれしかった。

 しばらくすると蛇使いが現れて、

 「ハロー、ジャパニー!」

と言って、頼んでないのに勝手に目の前でコブラを出して笛を吹き始めた。周りには私を中心に人だかりができ、そのおやじはしきりに写真を撮れ撮れとジェスチャーをする。そして最後に籠のふたを差し出して言った。

 「マネー。」

 頑として払わなかったら、ヒンドゥー語で何か捨てゼリフを吐いて去って行った。その後はいつも通りボートの客引きがやって来たり、別の子供達が絵葉書を売りに来たりした。なんで落ち着いて座らせてくれないんだろう。放っといてほしかった。宿近くでのクリケットを少々見物した後、宿のベッドへ戻った。

 明日は朝早い出発だ。さらばバラナシ。長かった。早くプリー、コナーラクへ行きたい。あ、それから今日、エアインディアに電話してリコンファームしたが、意外に簡単だった。

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