ベトナム

シクロには乗るな 1998年4月30日(木)


 めーーーっちゃムカついた! こんなに腹が立ったことはない! 二度とシクロなんか乗るもんかぁーーー! それは旧大統領官邸前から始まった。あるシクロが声をかけてきた。初めはBANKへ行き、両替をしたあとベトナム航空オフィスへ行くという予定だった。

自転車の前に座席のついた人力のタクシー。サムロやリクシャーと同じようなもの。

 まずその前のことから。今日は朝から歩いて旧大統領官邸へ行き、その一番上の見晴らしのいい部屋でとても楽しい出来事があったのだ。椅子に座って休んでいると、ベトナム人の男の子(18才)が私をベトナム人だと思ってベトナム語で話しかけてきた。腕とか日焼けして黒いからな。彼は自分の腕と私の腕を指差しながら同じ同じということを言っていた。それから昼ごろまで(2時間ぐらいかな?)、片言の英語でいろんな話しをした。『地球の歩き方』の写真や日本語をネタにベトナムのことを聞いたり、日本語を教えたりした。そのフロアには観光客相手にマイクで何か(ベトナム語だからわからん)を説明している、アオザイを着たお姉さんがいた。フロアに客が少なくなった時には彼女も交えながら、(彼女は日本語がうまい!)それはそれは楽しいひとときだった。

 彼とはお互いに住所を交換し、最後は彼に

 「今度いつ来るんだ。あなたに日本語を習いたい。」

と言われた。今度はいつになるかわからないと言うと涙ぐまれてしまった。彼は英語があまり得意ではないようなので、彼との間は自然に案内の彼女が日本語とベトナム語で通訳をしてくれていた。彼は私と話せてとても楽しかった、感動してますと言ってくれた。私もとても楽しかった。でも何をしてあげただろう。涙ぐまれると何か私もとてもうれしかった。

 昼にはここは一旦閉まるそうなので、3人で(その時、私たちの他に客は誰もいなかった)エレベーターで下へ降りた。最後に彼が家へ来ないかと誘ってくれた。彼はとてもいい奴なのだ。お姉さんも、彼が住んでいるのはここからバスで2時間ぐらいの田舎で、とてもいいところだから、行ってきたらどうかと私に勧めた。田舎はフレンドリーでいいですよ、行くといいですと。(私と彼女は日本語で会話。)私は本当に迷った。しかし今後の日程を考えると日数がどうしても足りない。フエでの新川にいがわさんとの約束がなければ行くことにしただろう。でもどうしてもだめだ。ちくしょー、せめてあと1日多くあればいいのに。また彼を涙ぐませてしまった。一緒に写真を撮り、堅い握手を交わし、手紙を書くことを約束して彼と別れた。

同じ職場の1コ上の先輩。
私と同時期にハノイからベトナム北部を中心に旅行。

 そしてそう、まさにその時、奴(シクロ)が現れたのだ。18才の彼はその時、メモした私の宿を奴に見せてしまった。そして私は宿ではなく、銀行とベトナム航空へ行きたいと奴に言い、いくらだと言うと

 「あなた次第。」

と言ってきた。値段は決めないといけないと思い、$1でどうかと言うと奴は2,000ドンでどうだと言ってきた。2,000ドン。その時、私は復唱したから奴がそう言ったのは間違いない。でも今考えると$1よりも相当安い値段で、とってもあやしい。ろくに値段交渉もせず私はシクロに乗り、18才の彼ともう一度握手をして、写真を送るよと言って別れた。感動的だったのだ。私は油断した。シクロの運転手を疑うことすらしなかったのだ。

 その後シクロは両替所、サイゴン駅(Airlineより安いからと奴に勧められて、鉄道でフエに行くことにした)、仏教系の寺、チョロンのビンタイ市場へと、奴に勧められるままに行った。今考えると、その都度いくらなのかを問い正すべきだった。そして宿へ帰り着かないうちに、疲れたから私はここまで、後は友達のシクロに乗ってくれと言われ、奴の友達という1台のシクロがいるところで降ろされた。その時点で16時ぐらいになっていた。どうも帰り道は行きよりも長くかかるなぁとは思っていたが、暑いし、ずっと漕いでたからな。仕方ないかと思い、私はそこで奴のシクロを降りた。

 さて、そこでいくら払うことになったのか!


 私は朝、宿を出た時にタクシー1日$5でどうだと声を掛けられていた。また、空港タクシーは市内まで$7だった。『地球の歩き方』によれば空港から市内までバイクタクシーでは$3となっている。シクロならもっと安い$1か$2だと思っていた。

 私はまず$1を差し出した。奴は冗談だろと言う顔をした。じゃあ$2、と出してもダメだ。私は相場がわからないんだ、いくら欲しいんだと奴に尋ねた。すると

 「50,000 Japanese Don.」

という答えが返ってきた。Japanese Donというのは奴が意味するところのYenのことである。私は最初50,000ベトナムドンのことだと思い、ちょっと高いけどいいかと思っていた。しかし手持ちのドンが少なかったのでUSドルでいいかと聞くと、なんと$200払えと言う。むちゃくちゃだ。私はドンを得ようと思って、議論しながら近くのバーへ入った。そこで何と2時間半もねばることになるとは知らずに・・・。

 さて、Saigon Beerを飲みながら(今思うと奴の分まで払ったことに腹が立つ)、延々と続く議論が始まった。まず私は奴が勘違いしているのだと思い、US$1は約16,000ドン(後で確かめたら12,000ドンだったけど)、US$1は約¥130だという説明をした。奴は

 「お前は何もわかってない。サイゴンの物価は高いんだ。」

だの

 「俺には仲間がたくさんいる。シクロ仲間が明日お前を殺す。」

だのさんざん脅しにかかった。運の悪いことに、奴は私が明日9:00にフエ行きの列車に乗るために駅へ行くことを知っていた。本当に仲間を集めて駅に来るかもしれない。

 US$、ベトナムドン、Japanese¥入り乱れての議論。こいつ、混乱させようと思ってわざと3種類言ってるのか? 私は自分の中で相当折れて$10と決めた。それ以上払うもんか! 奴は$100払え、Japanese Donなら50,000と言って譲らない。冗談じゃない、50,000もあったらシンガポールへ行けるぞと言ったが奴は

 「そんなの信じない。」

と言う。さっき買った鉄道のチケットだって$51だぞと言っても奴は

 「I can't believe.」

である。このやろー、絶対負けるもんか。

 私は覚悟を決めた。とことん闘ってやる。奴が何を言おうと。奴の目を険しい目でにらみつけ、$10を持った右手をテーブルの上に出したまま、ときどき歯を食い縛って見せたりした。敵もさるもの。$10や$20ならば受け取らないと言って拒否し、私が無理矢理$10渡そうとすると、しまいには$10札を私に投げつけたり、破ろうとしたりした。奴は

 「俺じゃなかったら話を聞かずにお前は殺られてる。」

とか

 「お前みたいな外国人は初めてだ。お前は悪い外国人だ。」

とか言う。

 それでも、奴の言う値段は徐々に下がっていった。$100から$60、$60から$50+1,000ドンへ。しかしそこからは変わらない。どちらも譲らないまま、私のにらみと奴の脅しが続いた。内心、

 《やべー。明日で俺の人生終りか? メコン川に死体が浮かぶのか?》

と思ったりもした。でもダメだ、JAPANESEをなめるな!

 ちょっとでも多く払うと言ったらこいつはつけあがるぞ。私はにらみつける目を更にきつくした。そして長い長い間の問答が続いた。途中から私は "$10 only !" とか "Never !" とか言ってただけで、後は聞き流していた。目は絶対に奴の目からそらさないようにした。奴は

 「おー、おー、強そうだねぇ。」

と私の腕を掴んでからかったりもした。いくらこちらが強がっても動じないというアピールだ。(こいつの顔、アパッチ賢に似てるな・・・。)

 ときどき奴はベトナム語で店の人とやりとりして、何を喋っているのかわからなかった。全員が$10では少ないと言っているらしい。でも$50、$100はどうなんだ! 奴が全てをちゃんと話しているかどうかも怪しい。奴は私に

 「それは安い、とみんな言ってるぞ。」

と言う。英語を話せる人はいない。隣りのテーブルで食事をしている夫婦は、我々に関わりたくなさそうだ。話しかけて巻き込むのはやめよう。外は暗くなりはじめていた。しかもここはどこなのかわからない。


 奴はいらいらしていた。そして18:30を過ぎたころ、帰ると言い出した。$10なら受け取らない、だが明日サイゴン駅で待ってると言って立ち上がった。私はその時、店にいた人に向かって

 「誰か英語の話せる人は?」

と聞いた。

 いた。英語の話せる人が一人。奴を座らせ、これまでの経緯を説明した。昼ごろに旧大統領官邸前から乗ったこと、行った場所、奴が$50払えと言ってることなど。その人は全てを聞き、今の時刻を見て、最後に・・・

 「$40。」

という決定を下した!!!(まさに "判決!" という感じ。)

 なんだとぉー! 納得いかないのは、その内16時ごろから18:30までの時間も加味しているということだ。好き好んでここに座ってるんじゃねーよ! 時間かかってるけど、市内をまわっただけだぞ。それになんで時間で計算するんだよ。時間がかかったのはシクロだからだろ?

 私はがっくりきた。$40なら宿にあと2晩も泊まれるじゃないか。朝聞いたタクシー$5というのが嘘だったにしても、$40もするシクロ(しかも屋根なし)に誰が好き好んで乗るか! 大ショックだった。奴は、シクロは自分の足で漕ぐからタクシーやバイクタクシーよりも高いんだと言う。なんだその論理は。遅くて暑くて、さらに料金が高いシクロなんか誰も利用するわけねーだろうが。

 $50と言って譲らなかった"奴"に$40でいいかと確かめ、$40を手渡した。私の負けだ。しかし奴は最初$200とかぬかしやがったんだぞ! 金を渡すと奴は笑顔で

 「どうもありがとう。」 (日本語)

と来やがった。本当にうれしそうだ。手のひらをかえすよう、というのはまさにこのことだと思った。私を罵った数々の暴言。$10を投げつけたあの態度。決して許せはしない。二度と「あなた次第」とか言うな、料金は始めにちゃんと教えろと奴に言ったが、金を手にした"奴"はもう何も聞いちゃいない。さっさと帰りやがった。

 奴が帰ると、私はえらく疲れているのに気付いた。2時間以上も過ぎていたとは。既に外は真っ暗。もう二度とシクロなんかに乗るもんかと堅く決心した。バーの英語を話せる兄ちゃん、もっと早く助けてよ。彼はその後シクロについていろいろと忠告してくれたが、聞くまでもなく身をもって知りましたよ。私はBeerをもう1本頼み、一気に飲み干した。兄ちゃんは

 「ビジネスで来たのか?」

と私に聞き、私が

 「ツーリストだ。」

と答えるとちょっと驚いた表情で笑った。多分、

 《JAPANESEのツーリストにしては良くねばったな。》

という意味だったのだろう。

 彼にタクシーをひろってもらい、宿へ帰りついた。$1+2,000ドン。安い・・・。帰ると部屋のエアコンが動かなくなっていた。リモコンの電池切れだろう。暑い。フロントへ行ったが待っててと言われたまま何の音沙汰もない。しばらくしてまたリモコンをいじったらついた。おー涼しい。

 今日は本当に内容の濃い、暑い、そして"熱い"一日だった。インチキ英語であんなに白熱した議論ができた自分に今、驚いている。しかし、どう考えても$40は高すぎるよなあ。バーの兄ちゃん、シクロに目を付けられるのが怖くて$40なんて言ったのかな。さて明日、駅で何か起きるのか?

 20:45無言電話あり。フロントが間違って掛けたんだったらいいけど。何か言えよ。気味が悪い。

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