白卓日記 ‘07 2月  前月へ!    次月へ!    
2007年2月28日(水)
卒業してゆく三年生 その8
 森永愛里は小学校3年生の終わり頃から、ホンダ鈴鹿で選手をしていたお父さんに連れられて卓球場に来るようになりました。いや、「連れられて」と言うよりは「お父さんを引っ張って」来ていた、という方が正確かもしれません。

 あれからもう9年。彼女の戦績については今更改めて書く必要はないと思います。運動能力は他より高いと思いますが、いわゆるボールセンスは特別なものがあったわけではありません。私が感心するのはその「素直」さです。全国でトップクラスの成績をあげ続けても奢る(おごる)ことなく誰の話でも素直に耳を傾ける姿勢は小学生の頃から変わっていません。確かに素直さゆえに上手く相手に出し抜かれたこともあったのは事実ですが、彼女を支えるのはその素直さ、純粋さだったと確信しています。

 勝負事は多少ずるい人のほうが向いている、などと言われたりしますが、決してそんなことはありません。現在、卓球場でプレーする小学生から高校生までの選手たちの憧れであり目標である彼女。誰からも愛されている彼女が好選手が集まる大学で更に腕を磨き、それを証明してくれることを心から期待しています。
(瀬古)

2007年2月27日(火)
農道マラソン
 本校では体育の授業で毎年この時期に「長距離走」を実施します。学校の敷地を出て周辺に広がる田んぼ道を走り、タイムを記録します。そのタイムは体育教官室前のボードに各学年、男女別に上位十数名が貼り出されます。

 学生の本分は勉強することで、これは高校生である以上、すべての行動の大前提になります。当然体育の授業も同じことで、いくら卓球を頑張っても体育の授業で手抜きをしては本末転倒です。戦績で運動部のトップである卓球部は体育の授業でもトップを目指すべきです。特に長距離走はやっている者とやっていない者との差が出る種目です。日頃の成果を出してトップを目指すよう、いつも選手にハッパをかけています。

 今日、そのボードを見たら多くの部員が上位に顔を出していました。他の運動部も頑張っていますがここは絶対に譲れないところです。この時期の私の楽しみの一つです。
(瀬古)

2007年2月26日(月)
インフルエンザ
 地球温暖化の影響か暖かい日が続きます。例年の2月なら耳が痛くなるほど冷たく強い風が吹くのですが、今年はそんな日がほとんどありません。

 それなのに今年はインフルエンザが猛威を振るっているという話を耳にします。卓球場のメンバーでも先週、小学校5年生の川村ゆうきさんがやられて今日ようやく復帰できました。それと入れ替わるように中学1年の内田芽人さんと梶原源太が倒れました。そういえば教室でもインフルエンザで欠席の生徒が何人かいるようです。小中学校も同じ状況で学級閉鎖するところもあると聞きます。

 私も8年ほど前にインフルエンザにかかりましたが復帰するのに何日もかかった記憶があります。体力を落とさないようにしっかり食べてしっかり休むことと、うがいと手洗いを励行するという昔から言われていることを守ることが最大の予防であると言えるでしょう。
(瀬古)

2007年2月25日(日)
朝日新聞社杯
 今日は昨日に引き続きオープン戦。鈴鹿市卓球協会主催の個人戦でした。

 日頃出場機会の少ない高校生、および来年度入学予定の中学生が出場しました。男子シングルスでは中学生が優勝。この選手は先月の三重県選手権でもシード選手を破るなど実力のある選手です。練習量が増えれば楽しみな存在になりそうです。女子シングルスでは優勝は逃しましたが二位にこれまた中学生が入賞。三位には優勝した選手に敗れた西川ひかりが入賞。

 私は見に行くことができませんでしたが、目的意識を持って試合に臨めたでしょうか?結果も勿論大切ですが、新しい課題などを積極的に試すことができれば敗戦は無意味なものではないはずです。
(瀬古)

2007年2月24日(土)
中津川オープン
 男女部員全員で、例年参加しているオープン大会、中津川オープン(林八郎杯)に出場しました。

 愛工大をはじめ、愛工大名電高校、杜若高校など強豪チームも多数参加するこの大会ですが、今年は招待選手として早稲田大学の時吉選手と大正大学の孫選手も出場するというレベルの高いものになりました。

 本校関係で健闘したのは森永愛里・佐藤優衣さん組と堀木賢一でした。森永組は大学生ペアを連破し決勝進出。決勝も地元大学生と組む孫ペアにセットオールと肉薄しましたが惜敗。堀木は中京大学のレギュラー選手に勝ってベスト16に進出しました。

 明日も一部の選手は鈴鹿市体育館で行なわれる朝日新聞社杯に出場します。春までにこのようなオープン試合、練習試合などを経てシーズンインに備えます。
(瀬古)

2007年2月23日(金)
記憶
 昨日の日記で真田浩二さんのことを書いていてふと昔の記憶がよみがえってきました。

 彼と私はひと回りほど歳が違うので、彼が卓球を始めた小学校一年生の頃は高校三年生だったと記憶しています。さすがにそれくらい歳が違うと話をした記憶もありません。ただひとつ覚えているのが、当時は夜の練習では実力別に5つほどののグループに別れ勝ち抜きゲーム練習を行なっていました。卓球を始めて間もない彼は、当然いちばん下のグループでしたが、誰に教えてもらったわけでもないのにロビングを上げていた姿が強烈に印象に残っています。「あれって真田さんの息子さんらしいで」 「へぇ〜、小さいけど何年生?」 「まだ小学校一年生やって」 「えぇ!あれで一年生?体でっかいなぁ」 ってなことを話した記憶があります。でもまさか日本を代表するような選手になるなんて夢にも思いませんでした。

 時が過ぎる速さと、運命のめぐり合わせに驚いています。
(瀬古)

2007年2月22日(木)
ビッグニュース!
 道場の大先輩であり、卒業生の西飯由香さんの夫である真田浩二さんが三重県に帰ってくることになりました。

 小学校一年生の時、道場で卓球を始め、千代崎中学一年生の途中で愛工大付属中学に転校。その後、愛工大名電、愛工大、協和発酵と卓球のエリートコースを歩んできました。全日本ホープス優勝を皮切りに、カデット二連覇、ジュニア二連覇、インターハイ団体、ダブルス優勝、全日本学生優勝、インカレ二連覇、全日本社会人ダブルス優勝、全日本ダブルス準優勝、世界選手権日本代表等々。輝かしい戦績を残し先月の全日本選手権を最後にラケットを置くことになりました。ただしラケットを置くと言っても選手としてプレーすることはないようですが、彼の夢であった指導者の道へと進むことになりました。

 当面は愛知県で借りた卓球場と西飯卓球センターの両方で指導にあたることになりました。理論家で努力家でもある彼の指導でどんな選手が育つのか非常に楽しみです。詳細については近々、西飯スポーツのHPで告知があるそうです。
(瀬古)

2007年2月21日(水)
涙の季節
 と書くと「卒業」をイメージするかもしれません。もちろんそれもあるのですが、私にとってこの季節は花粉症に悩まされる季節でもあります。

 昨年も同じようなことを書いたと思いますが、今年も数日前からその兆候が現れ始め、今日から本格的に発症しました。朝からくしゃみ・鼻水・涙が止まらず、強い薬を服用しました。薬をのむと症状は治まるのですが、頭がボーッとする特有の不快感に悩まされます。

 昨年は名古屋まで出かけて有名な針治療の先生に診てもらいましたが効果はありませんでした。今年はある保護者の方に聞いた、鼻の粘膜に直接塗る薬を試してみようと思います。他にも「これが効く」という方法をご存知の方、教えてください!
(瀬古)

2007年2月20日(火)
トレーニングの効果
 春からの開幕を控えてプロ野球は「キャンプ」たけなわです。一年間(といっても4月から10月まで)のシーズンを乗り切るための体力、技術力をつけるために集中的に準備練習に入ります。

 高校生の卓球は二月上旬までに県内の公式戦は終了し、約二ヵ月間は一部の者を除いて次シーズンの準備期間に入ります。技術の練習は勿論ですが、基礎体力をアップさせるためのトレーニングを頑張らなければならない期間です。全体で決められたトレーニングだけやったらサッサと終わる者、自主的に市体育館のトレーニング施設に通う者、着々とトレーニングの負荷を増やす者。様々です。

 目に見えてメキメキ効果が表れるものではありませんが、ノングルー時代が目の前に迫るこの時期に頑張った者を卓球の神様は見落とすはずがありません。
(瀬古)

2007年2月19日(月)
卒業してゆく三年生 その7
 今だから言えますが、重田直彦の学年のキャプテンを誰にするのかは随分迷いました。人間性では問題ないのですが卓球の力に不安があったからです。

 名門・橋南中学でカットマンとして頑張っていましたが、前後の学年に強い選手が多く、個人的にはあまり活躍できませんでした。本校入学後も今ひとつの成績が続いていましたが、ほとんど毎晩遅くまで自主練習をこなし二年生になってから攻撃型に転向しました。努力の甲斐あって徐々に勝てるようになり三年生でついにベスト8入りを果たしました。残念ながらインターハイ個人戦代表には手が届きませんでしたが、団体優勝のキャプテンとして全体を統率してくれました。夏が終わってからも努力を続けたので、気の緩みで力が落ちる三年生のこの時期にも強くなり続けています。

 卒業後は愛知県の実業団に就職が決まっています。誰からも愛されるキャラクター、そして卓球部のキャプテン、また三年間私のクラスの室長として発揮したリーダーシップは、社会に出ても十分通用すると確信しています。
(瀬古)

2007年2月18日(日)
完全燃焼
 今日、東京マラソンが行なわれました。大会の話題の一つに、二度のオリンピックで銀メダルと銅メダルを獲得した有森裕子さんがこのレースで引退するというものがありました。バルセロナオリンピックで銀メダルを獲得した後に「自分で自分を褒めてやりたい」と言ったセリフが流行語にもなりました。「無理せずに自分のペースで」といった最近の流行(?)からはかけ離れた姿、常に自らの限界に立ち向かい完全燃焼をする姿が人々の感動を呼びました。しかし現在の彼女は全盛期をはるかに過ぎた39歳になりました。今日のレースも途中で転倒し、キズだらけになりながら自己ベストから30分以上も遅れるタイムで最後のレースを終えました。

 サッカーの中田選手や野球の新庄選手のようにのように余力を残しながら全盛期でかっこよく引退する選手が目立つ中で、彼女のように最後まで泥臭く燃え尽きるまで頑張る姿に共感を覚える人も多いのではないでしょうか。
(瀬古)

2007年2月17日(土)
男女練習試合
 早朝から岐阜県の体育館を借りて男女合同で練習試合を行ないました。

 集まったのは福井商業、高岡西(富山)、八幡商業(滋賀)です。いずれもそれぞれの県を代表する全国大会の常連校です。そしてそれぞれの学校はいずれも公立高校です。同じ高校生に公立も私立も関係ないのですが、何となく連帯感を感じてしまいます。

 男女合わせて50名を超える選手が集まり盛大に行なわれましたが、それぞれの学校の実力も拮抗しており白熱した試合が繰り広げられました。私自身も各先生方との情報交換などで大変刺激を受けることができ、有意義な時間を過ごすことができました。「やってよかった、来てよかった」と思える練習試合の後は気持ちよく帰路につくことができます。
(瀬古)

2007年2月16日(金)
卒業してゆく三年生 その6
 樋口ゆりかは近所に住んでいた森永愛里に誘われて卓球を始めました。

 今まで12年間にわたり白子高校を見てきましたが、卓球に対する強い意志、情熱は彼女が一番かもしれません。早朝の自主練習をはじめ、夜間の自主練習をせずに彼女が帰ることはほとんどありません。たまに早く帰ると「体調でも悪いのか」と心配してしまうほどです。本校の練習は皆で声を出して行ないますが、一番声を出すのも彼女です。学校での大人しい彼女しか知らない人は、卓球をやっているところを見たらビックリすると思います。

 個人戦ではこれといった輝かしい戦績はありませんが、誰よりも汗を流し声を枯らした彼女が、白子高校のこの三年間を陰で支え続けたことを疑う部員はいないはずです。学業も優秀で、本校に来た求人の一番人気である地元自動車メーカーに就職も決まっています。何事も真摯な態度で取り組む彼女の基本スタイルは社会に出ても変わることはないでしょうし、そこで高い評価を得ることも間違いないでしょう。
(瀬古)

2007年2月15日(木)
浜本楊子さん
 昨日の続きです。

 浜本由惟ちゃんのお母さんは浜本楊子さんといい、今から16年前に桜丘高校で初めてやってきた中国人留学生でした。昨日も書いた現クランプリ監督でオリンピック選手にもなった新井周さんと元エクセディの国生麗さんと共に日本にやってきました。新井さんや国生さんより一つ年上の彼女は二人のお姉さん的な存在でした。まだ子供っぽさの残る他の二人に比べ、何事もはっきりとものを言い、意志の強さを感じさせる女の子でした。

 練習に臨む態度も真剣そのもので、上手くいかないと大きな声で自らを叱咤しながらプレーする様子は近寄りがたい雰囲気がありました。彼女の練習相手はいつも決まっており、後にインターハイシングルスで優勝する男子選手でした(昨年11月22日参照)。二人で行なう練習はまさに鬼気迫るものがあり一瞬たりとも気を抜かない真剣勝負そのものでした。私は後にも先にもこの二人の練習を上回る練習は見たことがありません。彼女の最後のインターハイはセットオール19本で敗れたものの準優勝という素晴らしい結果でした。

 卒業後に愛知県の実業団で数年プレーした後に、同じ会社の日本人のバレーボール選手と結婚し、彼の故郷である大阪に移り住みました。その後は連絡も途絶えがちになりましたが、まさかあんな大きな子どもがおり、ましてや日本一になっているなんてビックリしてしまいました。でも、現役時代の彼女の練習を思い出すと、子どもも頑張り屋になって当然かもしれません。親子二代で選手を見ることができるなんて、私も随分長くこの世界にいるなぁと実感したと共に、由惟ちゃんが将来どんな選手になるのか、また楽しみが一つ増えました。
(瀬古)

2007年2月14日(水)
浜本由惟ちゃん
 先日の大阪選手権でのことです。開会式で、全国優勝を成し遂げた大阪府所属の選手、チームが表彰されていました。実業団のグランプリ、四天王寺中学の選手らに混じって全日本選手権バンビ(小学2年生以下)の部で優勝した浜本由惟ちゃんという女の子が表彰されました。私はボーっとしながら見ていましたが「浜本?」という名前にハッとしました。

 私が大学卒業後に六年間勤務していた愛知県の桜丘高校にいた楊菲という名の中国人留学生の女子選手が、結婚し浜本という苗字に変わったのを思い出しました。もう7〜8年前の話です。結婚した後、旦那さんの出身地の大阪に移り住んだこと、由惟ちゃんの顔が彼女にそっくりだったことなど、最初はまさかと考えていたことが確信に変わってきました。近くにいた村上悠馬さんにそのことを伝えると「あの女の子が以前テレビにお母さんと出演しており、お母さんは中国人だったと思います」との情報が。その後会場で会った、楊菲さんと同級生の現グランプリ監督、新井周さんに確かめるとやはりその通りとのことでした。

 長くなりそうなので続きは明日に…。
※浜本由惟ちゃんが所属する「すみよし長居卓球センター」のHP→ http://www.k4.dion.ne.jp/~nagaittc/index.htm
(瀬古)

2007年2月13日(火)
三重県高体連
 今日は午後から三重県高等学校体育連盟卓球専門部(県高体連)の会議がありました。

 高校の卓球の試合は年間数十試合行なわれますが、主に卓球協会が主催する試合と、高体連が主催する試合に分かれます。高体連の試合は@インターハイ関係、Aセンバツ(新人戦)関係、B8月の高校選手権があります。県高体連は、県内の高校の先生約30名ほどで構成され、上記の試合の企画・運営等を行ないます。実際は卓球協会の高校生の試合も高体連とほぼ同じメンバーの先生で運営されています。

 どの先生もそれぞれ自分の学校の卓球部の顧問をしており、その指導もしながら三重県全体の高校卓球部のためにボランティアで尽力しています。今日も来年度の試合の計画を中心に熱心に話し合いが持たれました。試合の運営や組み合わせの方法など、年々改善されており、選手たちがより頑張れる環境に変わりつつあります。

 試合になると当たり前のように体育館が準備されスムーズに進行されていきますが、その陰には縁の下で選手たちを支えるこういった人たちがいるのです。
(瀬古)

2007年2月12日(月)
ハイレベルな小中学生
 今回の大阪選手権は本校からの出場選手が少なく、21クラブの小中学生が多く出場していたこともあり、カデット、ホープスの試合を見る機会が多くありました。

 今更ながら、21クラブの選手のみならず小中学生の技術レベルの高さに驚かされました。体力的な問題でボールの威力や動きの大きさや速さではジュニアのレベルには及びませんが、技術的なものはジュニアどころか一般レベルと遜色ありません。我々の世代は、中学から卓球を始めるのが当たり前だったので隔世の感を否めません。これでは中学から卓球を始めた選手たちが太刀打ちできないのも無理ありません。

 ハイレベルな小中学生の試合を見ながら、この中のどれくらいの選手が順調に伸びていくのでしょうか。燃え尽き症候群、という言葉がチラリと頭をかすめました。
(瀬古)

2007年2月11日(日)
大阪選手権三日目
 シングルス各種目、3回戦から決勝までが行われました。

 スーパーシードで三回戦から出場の森永愛里は大学生に敗退。去年春に対戦した時は快勝しましたが、プレー全体にキレがなく涙を呑みました。高校入学以来、安定感を追求し回転重視の技術を身に付けてきましたが、一般の部で勝つためにフォアハンド強打の改善が必要と感じました。目標が上がるにつれて様々な改善を追及していかないと進歩は望めません。現状に甘んじることなく大学で更なる努力を期待したいです。

 ジュニア女子の松井夏美も三回戦で敗退。やはり課題のレシーブのまずさが致命傷となりました。レベルの高いところで勝負するには大きな穴があっては苦戦は免れません。弱点を克服するためには根気が必要です。県外の試合で足踏みが続いている彼女ですが、残り少なくなってきた全国大会で結果に結びつけることができるか。躊躇している時間はありません。

 ホープス女子で第一シードの佐藤優衣さんは順当に決勝に進出しましたが、競り合いをモノにできずに悔しい敗戦。準決勝で全日本カデットで大苦戦したカットマンにセットオールで振り切りましたが、決勝は今まで分の良かったカットマンにセットオールで敗れました。彼女の年代はカット主戦の強豪選手が多くいます。カット攻略の技術はもちろんのこと、連戦でも粘り強く戦える体力、同じく精神力が必要です。今回の敗戦を教訓にしてもらいたいと思います。
(瀬古)

2007年2月10日(土)
大阪選手権二日目
 いよいよシングルスのスタートです。

 ジュニア男子の部。堀木賢一は最後までペースを握れないまま残念ながら一回戦で敗退。梶原源太は一回戦で静岡県代表選手に快勝。今日は競っても大きく崩れずに粘り強くプレーできました。二回戦ではサーブレシーブに差が出て敗れました。新チームを引っ張る彼らには大きな期待がかかります。今後の更なる精進に期待です。

 ジュニア女子の部。松井夏美は長野の選手に落ち着いたプレーで勝利。相手の変化サーブに対して、慌てずにレシーブできました。

 また、カデット女子の西川千裕(神戸中)さん、ホープス男子の伊藤理さんと宇仁田啓市さん、ホープス女子の佐藤優衣さん(いずれも21クラブ)も2回戦を突破し、明日へと駒を進めました。
(瀬古)

2007年2月9日(金)
大阪選手権初日
 今日はダブルスが行なわれました。本校関係からは森永・辻岡(龍谷大)組と松井・曽我組が出場しました。

 上位進出が期待された森永組でしたが、二回戦でカットペアに苦杯を喫しました。お互いに苦手のカットマンとあって、終始ペースを握れないままでした。チームの主力として、インターハイでもランク決定まで進むなど数々の大会で活躍してきた彼女たちのダブルスもペアを組んで丸三年経ちました。この三月で森永が卒業し大学に進むとコンビ解消となるでしょうが、これまでの経験を生かして新しいパートナーと活躍してくれることを期待しています。

 松井組は初戦で高校生ペアに惜敗。久し振りのコンビで十分な練習はできずに臨みましたが、まずまずの出来でした。

 明日は一般、ジュニアともにシングルスのスタートです。
(瀬古)

2007年2月8日(木)
明日から大阪選手権
 この夏にインターハイのあった大阪市中央体育館に於いて「大阪国際招待卓球選手権大会」が開催されます。

 関西の選手を中心として、国内外から有力な選手が多数参加するレベルの高い大会です。三重県からは全日本選手権予選の上位選手が出場します。本校からは一般女子シングルスに森永愛里、女子ダブルスに森永・辻岡亜沙(龍谷大)組、松井夏美・曽我美咲組、ジュニア男子に梶原源太、堀木賢一、ジュニア女子に松井が出場します。また、21クラブ関係からカデット男子に宇仁田雅雄、カデット女子に西川千裕、ホープス男子に伊藤理と宇仁田恵市、ホープス女子に佐藤優衣が、そして塾長こと村上悠馬さんがダブルスに出場します。

 いずれも初戦から強豪選手との対戦が予定されますが結果やいかに?
(瀬古)

2007年2月7日(水)
新しい年度に向けて
 先月末の学年別大会を最後に、今年度の県内の高校生の大会は全ての日程を終了しました。何となくシーズンオフ的な感覚になってしまいがちですが、実はこの2、3月の計画の立て方が大変難しくなおかつ重要です。

 本校生でも県内の上位で勝っている者は今週末に「大阪国際招待選手権」、来月中旬には「東京選手権」、来月末には「全国高校選抜卓球大会」等の全国大会が続きます。一方でそれらの大会に出場しない選手たちは4月中旬まで主だった試合はありません。

 全国大会が続く選手たちは、それらの大会で結果を出すことを目標にしながら、4月から始まるシーズンに向けて計画的に練習しなければなりません。特に新しい技術を覚えたり、苦手な技術を克服したりするにはこの時期に時間をかけてやるしかありません。この両立が難しい。指導者の腕の見せ所です。

 春まで主だった試合のない者は各地で行なわれるオープン大会等に出場しながら、たっぷりと時間をかけて基礎的な技術を磨かなければなりません。何に焦点を絞って練習をするのか。頭の使いどころです。

 練習したことを試合で出せるようになるには時間がかかります。大切なインターハイ予選で結果を出そうと思ったら今から頑張らなくては間に合いません。2、3月が勝負となります。
(瀬古)

2007年2月6日(火)
卒業してゆく三年生 その5
 中学から卓球を始めた選手の中で後藤宏幸は、全国でもトップクラスの実力を持っていると言っても過言ではないと思います。

 二年生のインターハイ団体戦で相手チームのエースを破った試合、昨年度の東京選手権、三年生の東海総体、インターハイでの彼の試合は結果も出しましたが、その内容がベンチや観客席も驚くプレーの連続で、後で見ていても鳥肌が立つほどでした。当たった時の彼は誰も手を付けられないくらいのプレーを見せる半面、負ける時も実にあっさりと帰ってきます。経験の少なさが未だに大きな穴を埋めきれずにいます。しかし逆に言えば将来に大きな伸びシロを残しているともいえます。

 小さいことには拘らず大らかな心を持ち誰からも愛される彼。全国トップクラスの選手が集まる愛知県の大学で更に腕を磨き、見ている者を唸らせるスーパーショットを連発してくれることを期待しています。
(瀬古)


2007年2月5日(月)
明日は推薦入試
 明日は県下一斉に県立高校の推薦入試が行なわれます。

 明日は卓球部を目的に本校を受験する選手も何人かいますが、1,2年生の選手たちは「ああ、あれからもう1(2)年かぁ」と思った者も多かったと思います。あれから1(2)年経ちましたが「早かった」と感じている選手が多いはずです。夢中になって取り組んでいる時間はアッという間に過ぎるもので、これからの1(2)年も「アッ」という間に過ぎていきます。

 希望に燃えて受験する中学生諸君!頑張れ!大好きな卓球を思う存分取り組めるまでもう少しだ!
(瀬古)

2007年2月4日(日)
テスト
 日本体育協会が実施する「公認コーチ」資格取得試験が大阪であり、朝から受験しに行きました。

 今日は「共通科目」という、十月中旬に三泊四日で行なわれた研修会で勉強したことを確認するためのテストで、卓球に限らない各種目に共通する科目のテストです。全国各地から集まった人たち数百名が受験しました。内容は多岐に渡っており、合計4時間、普段使い慣れてない頭をフル回転させて考えました。ギリギリの集中力で臨むので、試験監督のチョッとした動きや、誰かの携帯電話のマナーモードの音、咳払いのひとつも気になってしまいます。普段自分が試験監督をしている時は気にしていなかったことも、受験する立場から考えればもっと気を遣わなければならなかったな、と反省しました。

 久し振りの「テスト」でクタクタに疲れ果てました。さて、結果やいかに…。
(瀬古)

2007年2月3日(土)
プライド
 卒業を間近に控えた三年生ですが、今なお練習を続けている者が男女五名います。

 三年生は夏が過ぎれば引退、としているところも多いと思いますが、卒業後も卓球を生かして進学、就職する者は最後まで練習を続けるのが当然と考え、本校では少なくとも卒業式までは頑張らせます。いや、こちらが「頑張らせる」ことを強いなくても当然のごとく頑張ってくれます。

 それぞれ進学予定先の大学に練習に行ったり、自動車学校に通ったり、冬休みにはアルバイトに行ったりと様々ですが、日常の練習をおろそかにしない点では1,2年生に負けていません。今日の練習でも大きな声を出し雰囲気を盛り上げたり、自ら厳しい練習に汗を流したり、黙々と自主練習に臨んだりして夏以前と変わらぬ姿勢でチームを支えてくれます。

 彼彼女らが、純粋に「卓球が好き」な気持ちを最後まで持ち続けてくれたことが本校の誇りです。勝つことも大切ですが、自らの高校生活を賭けた卓球に最後まで誇りを持ってくれたことが、私たち指導者にとっても何よりもの誇りなのです。
(瀬古)

2007年2月2日(金)
卒業してゆく三年生 その4
 西飯徳康先生が卓球場に見えたとき三関秀人を見て「あのカットマン、無駄な力が入ってなくていいな」と評価してくれたのを今でもよく覚えています。

 無駄な力が入ってないのは卓球だけにとどまりません。いつも自然体で無理をしない、無駄にしない、ムラがないスタイルを決して崩しませんでした。卓球の戦績もバカ当たりをすることもありませんでしたが、決して大きな取りこぼしをすることもなく堅実にプレーしていたのが印象に残ります。最後のインターハイ予選でも同僚の後藤が全日本予選で苦杯を喫した相手に堅実なプレーで勝ちました。その後、後藤との同士討ちでやられましたが、結果的に後藤が優勝した大きなアシストになったことに気付いた人は少なかったかもしれません。

 卒業後は自宅近くの企業に就職が決まっています。相変わらず淡々としたマイペースを崩さず、会社から評価を得てくれることを期待したいと思います。
(瀬古)

2007年2月1日(木)
トイレ掃除
 私は現在、三年生の担任です。今日から三年生は自宅学習になったので掃除の監督場所も変更になり、男子トイレの担当になりました。本校は校舎自体は古いのですが、各場所のトイレは新しく作り直してあるので大変美しく快適です。去年改装されたトイレなどは、まるでホテルのトイレのようです。

 とはいってもトイレはトイレ。用を足す以外で長居したくないのは当然です。当番とはいえ、最初は「えぇ〜、トイレか…」という気持ちになりました。しかし毎日のように監督していると不思議と愛着(?)が沸いてきて、気が付くと夢中で便器を磨いていたりします。全てが終わるとこちらの心までスッキリとした感じになってきました。

 さて、今日の練習時に見えたある選手のお父さんが、トイレに用を足しに行かれた後、なかなか戻って見えないのでチラリと目をやると一生懸命、洗面台と二つあるトイレを掃除してくれていました。卓球場のトイレは練習前に必ず女子が掃除をします。現在の卓球場ができて10年になりますが、トイレは綺麗に保たれていると自負していましたが気になったのでしょう。とはいってもなかなか出来ることではありません。感謝、感謝です。高校生で気がついた者、いますか?
(瀬古)