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小松寅吉・小林和平の作品を見に行く 11

世々へても心の奥に通ふらし人忘れずの山の嵐は(松平定信=白河楽翁) (承前)
さて、寅吉の「奇巧」ぶりを存分に知らしめた石柵です。
これは白河楽翁公(江戸幕府の老中をつとめた松平定信の隠居後の呼び名)が詠んだ歌
世々へても心の奥に通ふらし 人忘れずの山の嵐は(松平定信)
の歌碑(左の写真)を、これでもかというほどの技術を見せつけた石柵で囲んだもの。柵と呼ぶには豪華すぎて、一種不思議な空間がそこにある、という感じですね。石柵があまりにすごいので、誰も中の歌碑には気づかないのではないか、と思われるほどです。
石柵全貌
これです↑
ものすごいですね。一見しただけではなんなのか全然分かりません。
偉い人のお墓かな? と思う人が多いのでは。
門のところを拡大するとこうなります↓
石柵の門
↑門の部分

石柵の上
↑門の上部

石柵の下
↑門の下部


門扉の下に兎と鶏がいるあたりも見逃してはいけません。こんなところにまで彫るのかよ、と、さまぁ〜ず三村風にツッコミを入れたくなります。
もしかするとこのへんは和平も参加して「親方、ここにうさちゃん彫ってもいいですか?」「おう。しっかり彫りな」なんてやっていたりして……。勝手な想像を膨らませると楽しくなります。

この石柵、表だけではなく、裏側もびっしりいろいろ彫り込まれています。
また、石扉の裏側に獅子が一対逆立ちしてへばりついているのも見落としてはいけません↓
柵の裏
↑クリックすると大きな写真が出ます
この狛犬、日光東照宮や青森の岩木山神社の石垣狛犬と同じタイプですね。寅吉は東照宮の石垣狛犬を実際に見ていたのでしょうか。当時、交通の便は相当悪かったわけで(今でもこのへんは車以外の交通手段がほとんどない辺境の地ですが……)、寅吉は相当研究熱心だったと思われます。
石柵裏側の狛犬 石柵裏側の狛犬
この獅子は、よく見れば見るほどうまく彫れていて感心しますが、一体ここを訪れた人の何人がこの獅子に気づくのでしょうか。
石柵の裏側まで覗き込む人は少ないのではないかと思います。
一体何人の石工がどれだけの日数を費やしてこれを彫ったのか。寅吉工房総力戦で臨んだ力作なのでしょう。
これはもう、白河市としてはもっともっと宣伝すべきでしょうね。
何度も言うようですが、今後、これだけ手間をかけた石の造形物は出てこないと思うのです。まず、技術を持った石工がいません。コスト的にも相当難しい。
コンピュータ制御の彫刻機械(石材用NCルーター)などを使えばできるかもしれませんが、それは一種のレプリカとなってしまい、工芸品としての価値は下がるでしょう。
石工が鑿で刻んだ彫刻として、これだけのものはもう未来永劫出現しないかもしれません。そう考えたとき、早く文化財指定をすべきだと主張したいのです。

今回の寅吉・和平作品巡りでいちばん強く感じたことはそれです。
石工の作品が、あまりに低く評価されすぎている。
ブロンズ彫刻などは「芸術」として評価されるのに、石工が作った石の彫刻は芸術作品として評価されない。なぜなんでしょう。
石工の世界が、芸術界というよりは社寺の調度品や墓石、墓地の備品などを主に扱うビジネス世界だからでしょうか。
それは偏見ですね。レプリカが簡単に作れるブロンズ像などと違って、石彫刻は一瞬の気の緩みも許されない、厳しいものです。むしろ、ブロンズや鋳金などより高く評価されてもいいと思うのです。

狛犬ファンの中には、古くなければ見向きもしないというタイプの人もいます。江戸でも、文化文政あたりは全然どうってことない。寛文年間(1661〜)あたりにまで遡る作品だとようやく注目するという感じです。しかしそれは、狛犬を芸術ではなく、歴史文化財としてしか見ていないのですね。
芸術性に年代は関係ありません。現代のものでも、高い芸術性を誇るものが出てくれば、きちんと評価するべきです。
また、これだけ文化風俗が激変している現代において、昭和はすでに「歴史」の中の一こまになってしまいました。
石造りの狛犬に関して言えば、江戸時代後期に花開き、大正から昭和初期にかけて技術的、芸術的にピークを迎え、戦後は一気に衰退したと、僕は見ています。
昭和の作品だから価値が低いという見方は間違っています。
あまたある価値の低い量産型狛犬の中に、寅吉や和平のような個性豊かで卓越した技術を誇った狛犬が混じっているのです。決して同じにしてはいけません。

狛研会員でもある石工の綱川誠志郎さんは、サイトの中でこんな話を自戒的に紹介しています。
ある神社の狛犬が壊れ、建てかえの依頼がきた。修復するよりも新しい狛犬(岡崎現代型)を発注して置き換えたほうが少し安くつく。でも、古い狛犬は個性があり、なんとかその姿を残したいと思って、見積を2通り出した。
氏子たちが集まって話し合った結果、やはり古い狛犬は廃棄して新しい狛犬を建立することに決まった。そのほうが安いし、「他と同じ狛犬のほうが安心できる」という意見が多かったからだという。

……なんなんでしょう、この話は。
「他と同じ狛犬のほうが安心できる」……こういう人たちが、格調高い先代狛犬の前にくだらない「工業製品」を平気で置いたりするのですね。
新しい狛犬を建立するときは、先代狛犬への礼儀として、最低でも視界が遮られないような距離を置く、というようなルールを決め、宮司たちに徹底教育したらどうでしょうか。文化を守れない人に神社を守れるとは思えません。
寺社内の石造物には、確かに「地元の金持ちが自分の名誉を形にするために奉納する」という意味合いが強くうかがえます。石工にしても、そうした人たちがいてこそ初めて生活が成り立つわけで、クライアントの意向を無視することは不可能です。
芸術への理解力がまったくない成金おやじがクライアントの場合、くだらない作品を刻まなければならないことも多々あるでしょう。その苦悩は、出版ビジネスや音楽ビジネスを見てきた僕には、よく分かります。
制約がある中で、いかに自分の個性を発揮できるかが勝負なのです。寅吉、和平の作品群を見ていると、そうした戦いもかいま見えてきます。
そんな中で出現した傑作は、あらゆる条件がうまく揃ったときの奇跡とも言えます。
寅吉、和平の作品はまだまだ残っている気がしますが、現時点で、
寅吉:須賀川牡丹園の唐獅子、借宿新地山参道入り口の石柵、中島村川原田天満宮の狛犬、西郷神社の石造りの社殿。
和平:石都都古別神社、古殿八幡神社、一色鐘鋳神社の狛犬(以上、和平三大狛犬)。
これらは即時に文化財指定するべきだと、声を大にして訴えたいと思います。

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