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小松寅吉・小林和平の作品を見に行く 10

寅吉・和平の作品巡り、最後のポイントは白河「人忘れずの山」と呼ばれる新地山参道入り口にある狛犬、石塔、そして寅吉の名を知らしめたと思われる「石柵」です。

新地山羽黒神社参道入り口 (白河市借宿)

Googleで「小松寅吉」を検索すると、たった1つだけヒットするのが、白河市立図書館のサイトにある「白河の伝説」というページです。
そこには、こうあります。

 石川街道わき、借宿村(白河市)の新地(しんち)山は、古来の歌枕「人忘れずの山」である。
 阿武隈川をはさんで、烏峠山塊の木ノ内山「人懐かしの山(泉崎村)」と向いあう。
 このあたりは古代白河郡の中枢ゾーンだった。古歌あり。
 “みちのくの あふくま川の岸にこそ 人忘れずの山はありけり”
 山麓に、白河楽翁公がこの歌名所を詠(よ)んだ歌碑がある。その石柵は、奇巧の石工(いしく)小松寅吉が彫り飾っている。


この石柵とはなんでしょう? すでに西郷神社の社殿を見ているので、恐らく似たようなものではないかという想像はしていましたが、まさにその通りでした。
新地山参道入り口
参道入り口はコンクリートで固められていて、1回は通り過ぎてしまいました。
下から見上げると↑こんな感じです。狛犬と灯籠が見えていますね。
新地山 吽 新地山 阿
まずは狛犬。
明治26年9月の建立。銘は「福貴作 石工寅吉作」となっています。
川原田の天満宮にある飛び狛犬(明治25年)の翌年の作品。天満宮の飛び狛犬には「小松布孝」と彫っていました。鹿嶋神社の狛犬はまったく同じ明治26年9月建立ですが、「福貴作 石工 小松布孝」と刻まれています。
西郷神社の社殿は明治36(1903)年6月建立で、「小松布孝 布行」と親子の本名で刻まれています。布孝と彫るか、寅吉と彫るかは、年代ではなく、どうも気分で使い分けていたようです。 石工寅吉の銘
この狛犬もいいのですが、やはり目を引くのは、灯籠と石柵です。
灯籠は亀や龍が刻まれている豪華なもの。
灯籠 灯籠
途中に見えているのは亀ですね。
この灯籠の上部から落ちたと思われる龍の頭が、無惨に転がっていました。↓
目にはガラスが貼られています。どこから剥離したのか、下から見上げた限りではよく分かりませんでした。
落ちた龍 落ちた龍の首
ここでのハイライトは石柵ですが、ページがあまりにも重くなりすぎるので、それは次のページで。

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