小松寅吉・小林和平の作品を見に行く 1

名工・小林和平の狛犬に出会ったのは、1999年12月のことでした。
雑誌・るるぶ「南福島」の号を見ていたとき、古殿八幡神社を紹介した部分に添えられている写真に、小さく狛犬のシルエットが写っていました。
古殿八幡神社は流鏑馬で有名ですが、狛犬のことなど一言も触れられていません。その狛犬も、たまたま写っていたにすぎません。しかし、見れば見るほど変わったシルエットの狛犬です。
興味を抱き、これを見に行くことにしたのです。
古殿町は常磐道側から行っても東北道側から行っても遠く、他の神社を巡りながらたどり着いたときはすでに日没寸前でした。
このときのことはこちらに紹介しています。
この狛犬を初めて目にしたときの衝撃は忘れられません。今までたくさんの狛犬を見てきましたが、こんなものすごいのは見たことがなかったのです。
技術だけではなく、その芸術性、独創性に圧倒されました。
以後、小林和平の狛犬が他にいないかと、南福島方面を何度か訪れ、2003年に、石都都古別神社参道入り口にいた和平狛犬(古殿八幡神社より2年前の昭和5年に作られていた)を発見。再び大感激、大満足できました。
そのときのことはこちらに書いてあります。

さて、2004年3月、和平の生まれ故郷である石川町沢井に住む吉田利昭さんからお手紙をいただきました。封筒に書かれた住所を見たときから、和平のことだなとピンときたのですが、その通りでした。
やはり、和平の作品は他にもあるらしいのです。また、和平の師匠である小松寅吉という石工のことも書かれていました。
小松寅吉もまた「奥州一の彫刻師」「奇巧の石工」などと呼ばれる名工であったとか。
さっそく、吉田さんから教えていただいた情報をもとにして小松寅吉・小林和平の作品リストを整理し、一気に見て回る旅を計画しました。

予習編

最初に、予習をしておきましょう。
吉田さんから情報をいただくまで、私が見ていた小林和平の狛犬は以下の3対だけでした。
●石都都古別神社(石川町役場隣り)参道入り口(昭和5年)
●古殿八幡神社の狛犬(昭和7年)
●石都都古別神社御仮屋の狛犬(昭和14年。大竹俊吉と連名)

石都都古別神社の吽 石都都古別神社の阿
石都都古別神社 吽  石都都古別神社 阿
古殿八幡神社の吽 古殿八幡神社の阿
古殿八幡神社 吽  古殿八幡神社 阿

石都都古別神社御仮屋 吽  石都都古別神社御仮屋 阿

今回、吉田さんからの情報で、以下のことが分かりました。

■小林和平の生涯

明治14(1881)年7月13日、石川町沢井字打出60番地に、小林悟三郎・クラの次男として生まれる。
昭和41(1966)年3月8日没。享年86歳。
12歳の頃、浅川町福貴作に住む石工・小松寅吉布孝(のぶたか)に弟子入り。明治42(1909)年(28歳前後)頃に独立。
棚倉町一色より妻・ナカを迎えるが、実子3人はみな夭逝(長男が3歳、次男が1歳、長女が16歳で死去)。
部落内より近藤實を養子として迎える。實は和平の妻・ナカの姪と結婚。長男・登、次男・和喜、三男・和美の3人の男子が誕生(和平にとっては孫)。實は石工を継がなかったが、孫の登と和喜が和平に弟子入りして石工を継いだ。

……ということは、和平の最高傑作ではないかと思われる石都都古別神社、古殿八幡神社の狛犬は、50歳前後のときに造ったことになります。
和平の作品リストとして、吉田さんから教えていただいたものから、狛犬だけを拾って列挙すると以下のようになります(製作年順)。

●石川郡石川町 石都都古別神社 昭和5年
●石川郡古殿町 古殿八幡神社 昭和7年
●西白河郡中島村滑津 羽黒神社  昭和8年
●東白川郡棚倉町一色(いしき) 鐘鋳(かねい)神社 昭和9年
●石川郡石川町 王子八幡神社 昭和14年
●石川郡石川町 石都都古別神社御仮屋 昭和14年(大竹俊吉と連名)
 →石都々古和気神社の御仮屋は、祭礼のとき頂上の神社本殿から「神」が降りてきて一時休むところで、昔はあそこが参道で橋は後から上流に架けたもの。今では神社と関係ないようになっているが、本来は一体のもの。
狛犬は、大竹俊吉と連名になっているが、大竹石材店はすぐそば(石川町下泉16)にある。
●石川郡石川町赤羽 赤羽八幡神社 昭和22年
●石川郡玉川村川辺 正八幡神社 昭和36年
 →入り口の狛犬は和平ではない。拝殿前の右側が和平。壊れて後から一つだけ頼まれて彫ったと、孫の和喜は聞いているという。
●西白河郡矢吹町中畑字根宿 八幡神社 昭和38年
 →拝殿の狛犬は孫の登が祖父の和平に教わりながら彫ったもの。入り口の鳥居のところには和平の彫った灯籠がある。

次に、和平の師匠である小松寅吉という石工についても教えていただいたので、以下、まとめてみます。

■小松寅吉布孝の生涯

弘化元(1844)年、石川郡山形村(現在は石川町に合併)の高原家に次男として生まれる。
慶応2(1866)年、22歳のとき、高遠藩から脱藩してきた(と思われる)代々石工の小松家に養子として迎えられ、石工としての修行を受ける。「布孝」は小松家から授かった名。
大正4(1915)年2月22日没。享年72歳。
長男・小松亀之助布行(のぶゆき)が石工を継ぐが、布行の代で石工稼業は途絶える。

小松寅吉布孝・布行父子の作品としては、大田原市(栃木県)郊外の西郷神社社殿をすでに見ており、その技術の高さに感嘆していました。当初、この社殿が寅吉父子の作品だとは気づかなかったのですが、今回、寅吉の作品群を見て回り、納得しました。
寅吉の作品としては、
●須賀川牡丹園内 「踊」「鶏」「唐獅子」
●白河市借宿新地山参道 唐獅子 石囲いの彫刻 灯籠
●西白河郡中島村川原田 川原田神社 唐獅子
などを教えていただいたので、今回の探訪リストに加えました。

以上のことを頭に入れた上で、さっそく出発しましょう。


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