2003年版南福島狛犬探訪その9
逆川の交差点を右折したところ、地図にない神社を発見。
雪の積もった参道が長く山の上に続いているのを見て、一旦は通過したんですが、一瞬山の上を見上げると、狛犬らしき影が目に入り、Uターンしました。
八幡神社(逆川)
参道横には、寛政、明和、宝永の年号が刻まれた石仏群がありました。
石仏協会の大津さんに解説を頼みたいところ。

右の石仏は、「施主当村同士女人」と彫られています。宝永年間(1704~)というと、今からおよそ300年前。貧しい村だったんでしょうね。ここの女性たちが集まって、なけなしのお金を出し、この石仏を奉納したんですねえ。何を祈願したのか、想像するのは困難ですね。
登っていくと、こんな感じの神社でした。↓
雪の中、拝殿前まで1本の足跡が続いているのが、またまたいい感じ。雪が降ってもお参りを欠かさない人がいるんですね。
狛犬はこの地方によくあるこんなタイプ。
南福島の狛犬は、籠彫りの珠を持っているものがかなりあります。籠彫りの珠は、石工の腕を誇示するアイテムなんでしょうね。
台座には「大東亜戦完捷(勝)祈願」と彫られています↓。建立が昭和17年ですから、太平洋戦争まっただ中ですね。
戦争の最中でも、狛犬を奉納する余力があったんだなあと感心します。地方のほうが余裕があったんでしょうか。それとも、食うものも食わず、必死に祈りを込めて奉納したんでしょうか。

■Data:八幡神社(福島県東白川郡棚倉町天王内):
ο建立年月・昭和17(1942)年7月7日。
ο撮影年月日・03年2月4日。
馬場都都古和気神社
奥州一の宮を名乗る都都古和気神社は、棚倉町に2社あります。この2社については、
こことか
こことか
こことか、いろいろなWEBサイトで紹介されているんですが、狛犬のことはどこにも出てきません。
あまり期待せず、まずは馬場都都古和気神社に行ってみました。
…………案の定、狛犬のいない神社でした。
社殿奥、裏手の山の奥の院↑まで見ましたが、やはりいませんねえ。
灯籠は古そうだし、社殿も立派で、なかなかの神社なんですが。
とにかく、狛犬はいな~~~い。
御霊神社
八槻都都古和気神社に行く前に、手澤神社と御霊神社をチェック。
手澤神社には狛犬いませんでした。
御霊神社には、さっき見たばかりの八幡神社の狛犬と似たタイプのがいました。↑↓
この狛犬も籠彫りの珠を持っています。
で、台座を見て、……おや?
「講和記念」とあります↓。年号は昭和26年。サンフランシスコ講和条約のことですね。
さっきの八幡神社の狛犬は「大東亜戦完捷祈願」、こっちは敗戦後に「講和記念」。しかも神社の名前は御霊神社。
戦死者の霊を悼むための神社なんでしょう。だからこそ、講和記念。日本は戦争に負け、こうして講和条約を結ぶことになりました……と、戦没者に報告しているんですね。
同じ石工が彫ったとしたら、どんな思いで2対の狛犬を彫ったのでしょう。


狛犬の出来は、八幡神社のものより上です。歯並びがすごい。巻き毛の彫りも深いですね。
で、この神社のご神体がこれ↓なんですが、これはなんでしょう。
あれにしては短すぎる気がするし……。
■Data:御霊神社(福島県東白川郡棚倉町上手沢):
ο建立年月・昭和26(1951)年旧9月9日。ο石工・棚倉町 五十嵐石材店工作。
ο撮影年月日・03年2月4日。
愛宕神社
平成4年というのですからつい10年前の奉納なのに、すでにこんなに苔むしてしまっている狛犬。
阿と吽で奉納者が違う(しかも男女)のですが、どういう関係なのかなあ。
■Data:愛宕神社(福島県東白川郡棚倉町下山本):
ο建立年月・平成4(1992)年。ο奉納・安部和子(吽)、堀越和雄(阿)。
ο撮影年月日・03年2月4日。
「2003年版南福島狛犬探訪(2003年2月)」次のページへ進む
東北の狛犬目次TOPへ
狛犬ネット入口目次へ
『神の鑿』『狛犬ガイドブック』『日本狛犬図鑑』など、狛犬の本は狛犬ネット売店で⇒こちらです
 | 『狛犬かがみ A Complete Guide to Komainu』 全128ページ A5判 オールカラー(バナナブックス 2006年9月15日発売 1700円税込) 狛犬文化を体系的に解説・解明。全ページカラー。収録画像400点以上。日英両国語完全対応。日本が誇る狛犬文化・狛犬芸術の全貌を初めて全世界に発信! 詳細情報は こちら ■アマゾンコムでの注文は こちらから |
---|