狛犬とは何か? 100万人の狛犬講座
そもそも「狛犬」とはなんなのか? というご質問をよく受けます。
狛犬は誰もが知っている存在でありながら、今までほとんどと言っていいほど詳細な研究がされてきませんでした。今でも、定説というものはありません。
しかし、定説になりつつあるものを、誰にでも分かりやすいFAQ形式でまとめてみました。
(2011/01/24 updated)
狛犬って何?
神社に奉納、設置された空想上の守護獣像です。本来は「獅子・狛犬」といい、向かって右側が口を開いた角なしの「阿像」で獅子、左側が口を閉じた角ありの「吽像」で狛犬です。
阿吽の形になっているのは日本特有の形式で、中国の獅子像などは、多くは阿吽になっていません。
獅子・狛犬はもともと別の生き物?ですが、現在ではこの形式を残したもののほうが少なく、形としては阿吽共に獅子に近いでしょう。呼び方も単に「狛犬」に定着しています。
狛犬の起源は?
古くは古代オリエントにまで遡ります。国王が強大な力を得るために、地上最強の動物(と思われていた)獅子(ライオン)の力を王に宿らせるという思想があり、玉座(王の椅子)の肘掛けに獅子頭を刻んだりするようになりました。狛犬博物館(下呂温泉内)の上杉千郷館長は、これを「獅子座の思想」と呼んでいます。
ライオンが守護獣として尊重される風習は世界各国でよく見られるものです。ヨーロッパの家紋にはライオンを象ったものが多いですし、インドでは、仏像の台座にライオンを刻み、「獅子座」と呼んでいます。
日本に狛犬が入ってきたきっかけは?
いろいろな説がありますが、現在有力視されているのは大体以下のようなものです。
インド・ガンダーラを経由して、獅子座思想は中国に入ります。中国人は、龍や麒麟など、様々な霊獣を生み出すのが得意で、獅子も羽をつけたり角を生やしたりしてどんどん空想上の生き物に変質しました。
いわゆる「唐獅子」と呼ばれる派手な獅子像は、中国文化が生み出した独特のものです。
中国でも、皇帝の守護獣として獅子像が定着しましたが、それを見た遣唐使が、日本に帰ってきてから、宮中に獅子座思想を持ち込みました。
しかし、日本に持ち込まれた直後に、一対の獅子像は日本独特の「獅子・狛犬」という形式に変わります。
向かって右側が獅子、左側が狛犬。獅子は黄色で口を開け角はなし。狛犬は白色で口を閉じ、角がある……というものです。この「阿吽」形式は、恐らく寺の山門を守る仁王像の阿吽などを取り入れたものと思われます。
仁王も狛犬も、神(君主)を守護するという役割は同じだということからでしょう。
これが日本独特の「狛犬」の始まりで、時期は平安時代後期と言われています。
つまり、日本の狛犬は、天皇の玉座を守る守護獣像として誕生しました。これを「神殿狛犬」あるいは「陣内狛犬」と呼んでいます。
中国獅子と狛犬はどこが違うの?
中国の獅子像は一対あってもほとんどは相似形で同じものが並んでいます。それに対して、日本で生まれた「獅子・狛犬」は、獅子という動物と狛犬という動物(どちらも想像上の動物)、2つの異なるものが組み合わさっているという点で中国獅子とはまず違っています。
特に、頭に角のある狛犬は、日本の「発明」ではないかと言われています。
これには、「左近の桜 右近の橘」のように、アシンメトリー(左右非対称)配列を好む日本文化特有の気風が関係していたと思われます。獅子を左右に置くのではなく、片方には別のものを配したい、という欲求が日本人の美感覚にはあるのでしょう。そこで、獅子と釣り合う想像上の生き物として「狛犬」が誕生しました。
しかし、時代を経るに従ってだんだんと獅子と狛犬の区別が曖昧になり、呼び方も単に「狛犬」になりました。現代ではむしろ獅子・獅子という構図の「狛犬」が主流ですから、ここにきて、「狛犬と唐獅子は同じじゃないか」という疑問も当然出てくるわけです。
もともと「狛犬」は獅子ではない別の動物として発明されたのですが、時代を経るに従って形の上では獅子のほうが主流となり、呼び方は「狛犬」が定着したわけです。ですから、現在、中国獅子と日本の狛犬は似てしまっていますが、「狛犬という文化」が定着し、独自に発展したという意味においては、「狛犬は日本独自の文化である」としておきたいところです。
狛犬は「高麗犬」だから、ルーツは朝鮮半島では?
いいえ。高麗の文字をあてることからそうした説が根強くあるようですが、「高麗」と「こま」犬とは関係がありません。
狛犬の「狛」という字については諸説あります。
1)「狛」は本来、中華思想(中国が世界の中心だとする思想)では「周辺の野蛮な地」を指していた。従って、狛犬は「中国の外(野蛮な異国の地)に棲む正体不明の怪しい犬」という意味で、想像上の霊獣。
2)「狛」は今では中国でも使われなくなった言葉だが、本来「神獣」の意味。犬に似ていて頭部に角があり、猛々しい姿をしている。
いずれにしても、中国のものであり、朝鮮とは関係ありません。日本では「こま」という音から「高麗」を連想し、「こま犬」=「高麗犬」=「朝鮮の犬」といった誤解が広まったようです。高麗は中国では「カオリー」と発音するので「こま」とは何の関係もありません。
また「こま」の「犬」ではなく、あくまでも「こまいぬ」という空想の動物なのです。「犬」ではありません。
その意味では、獅子(ライオン)も、昔の日本人は実物を見たことがありませんから、同じように空想上の動物だったのです。
このへんの誤解は広辞苑、大辞林などの辞書にもそのまま掲載されてしまっているようで、早めに訂正を徹底させたほうがいいと思われます。
もうひとつの説は、朝鮮にある「ヘテ(ヘチ)」が狛犬のルーツではないかというものです。
ヘテは真贋を見極める能力がある霊獣で、魔除け、守護獣として愛されています。野球の「ヘテ・タイガーズ」の親会社である韓国の財閥グループの名前でもあります。ソウル特別市はヘチをシンボルにしています(右の図)。
しかし、このヘテのルーツは中国の「カイチ」という霊獣ですので、もし、日本の獅子・狛犬のうち、狛犬のほうがヘテを真似たものだったとしても、ヘテのルーツはカイチであり、中国が先ということになります。
沖縄のシーサーは「狛犬」なの?
獅子像をルーツにしたものという意味では同じですが、沖縄のシーサーは阿吽になっていないものが多いようです。意味合いも、村を守る、家を守る、火事を避けるなど、より庶民的な信仰と結びついています。
厳密に分類・定義したがるのは人間の習性で仕方がないのですが、狛犬の歴史を考えれば、狛犬という存在は非常に曖昧で自由なものなのですから、決めつけずに、現に存在する狛犬やシーサーをそのまま楽しむという姿勢が、疲れなくてよいと思っています。
狛犬が神社に置かれるようになったのはいつ?
当初、狛犬は宮中のもので、次に天皇家とも縁のある有名な神社へと伝わりました。その後、さらに時代を経て、一般の神社に入ってくるようになります。
きっかけは、神社に神像を置くようになったことだとも言われています。日本古来の神道では、必ずしも形のある神を祀るわけではなかったのですが、仏教の影響を受け、仏像に代わるものを欲しがるようになりました。そこで、神像が誕生するのですが、これは生き神としての天皇を模して作られることになりました。
神像が設置されたため、それを守る霊獣として狛犬も置くようになったのでしょう。すでに宮中では天皇の守護獣として獅子・狛犬が定着していましたから。
現在、私たちが慣れ親しんでいる狛犬は、江戸時代に入ってから急速に変化を見せ、多様な形に発展しました。また、呼び方も、単に「狛犬」となりました。
この時期には、そもそも「こまいぬ」を見たことがない石工が造る狛犬が増えたため、素朴な「犬」のような狛犬が全国各地で造られるようになりました。これは宮中の「獅子・狛犬」とは別に、新たに「こまいぬ」という言葉から発生した別起源の狛犬と呼ぶこともできます。
そうした素朴な狛犬を狛犬ファンは「はじめタイプ」と呼んでいます。「はじめ」型狛犬は、やがて伝統的な狛犬の姿形・様式と融合していき、江戸を中心に、さらにバラエティに富んだ狛犬分化が開花していきます。
現在、私たちが実に様々な形の狛犬を楽しめるのは、江戸時代の庶民パワーのおかげと言えます。
石造りの狛犬はどれも新しいの?
日本最古の石造り狛犬は、東大寺南大門にある狛犬で、建久七年(1196)と言われています。鎌倉時代ですね。
ただ、これは中国(宋)から呼んだ石工に宋の石を使って作らせたもので、形も阿吽になっていません。石造りの中国獅子であり、正確には「狛犬」ではありません。
石造りの国産狛犬で最古のものは、京都府宮津市の籠神社の狛犬(鎌倉時代説、安土桃山時代説などあり、年代は特定されていない)、山梨県旧三珠町の熊野神社の狛犬(応永12年2月の銘が腹部に刻まれている。1405年だから、600年以上前)あたりだと思われます。これより確実に古いという証拠がある石造り狛犬の情報がありましたらぜひお知らせください。
石造りの狛犬は、狛犬が神社の参道に置かれるようになった江戸時代以降に主流になりました。狛犬がバラエティに富んだものになっていくのもこれからです。
参道に置くようになると、庶民が奉納するという形になり、ここで狛犬は宮中から一般大衆の世界に降りてきたわけです。
石造りの狛犬に重文がほとんどないというのは、やはり年代が新しいからということがあるでしょう。
狛犬探しをしていて、偶然古い狛犬を見つけるのはわくわくしますが、かといって時代が新しいから大したことがないということはありません。デザインや技術の面では、むしろ大正から昭和初期くらいがいちばん円熟していたと思われます。芸術として狛犬を見たとき、逸品はこの時期のものに多いような気がします。
戦後になると、岡崎型の大量生産狛犬の時代になり、一気につまらなくなっていきます。現代では、新規に奉納される狛犬のほとんどは中国製です。
狛犬に雄雌の区別はあるの?
狛犬が大衆化してからは、様々な説が生まれました。最も多いのは、向かって右の獅子は雄、左側の狛犬は雌というもの。狛犬の中には、股間にくっきりと男根や女陰を刻んだものもあります。
逆に、阿像は弱いから吠えているので雌だ、などという説もありますし、守護獣は戦う獣なのだから両方雄だ、などなど、諸説あります。こうした説は、理屈をつけたがる人間の業が生み出したもので、これが正しいと決めつけられるようなものではないと思っています。
狛犬の分類はどのようにすればいい?
形からの分類ができるのは主に江戸以降です。石造り狛犬の歴史が非常に浅いので、この分類方法もまだ確立されておらず、また、学術的にもなかなか認知されていません。
狛犬が庶民の文化になってからは、実に多くの石工たちがいろいろな狛犬を彫りました。当然、誰も本物の獅子(ライオン)を見たことがありませんから、田舎に行くと、空想だけで彫ったと思われる狛犬がたくさんあります。
狛犬を彫ってくれと注文されても、真似るものがなければ、どう彫っていいのか分からなかったでしょう。従って、地域ごと、時代ごとに、おのずと似た形の狛犬が作られるようになります。
狛犬の基本的な分類については、当サイトにもある
「分類編」をご参照ください。
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