植物雑記
         vol.5   サボテン科・属別解説 6
                    「E」      
                 
'10年12月30日         
       

 

<エキノマスタス属 Echinomastus>

 刺サボテンの最高峰であり、難物としても有名な英冠(Echinomastus johnsonii)や、同じく稀品として古くから
珍重されてきた桜丸(E.intertextus)が含まれる、北米産の小型サボテンの仲間です。あたらしいサイテス上の分類(TheNew Cactus Lexicon)では、スクレロカクタス(Sclerocactus)に含まれる形となり、この属は消滅しましたが、園芸的な便宜上、ここではこれまでの分類に従って記述します。
 エキノマスタス属の各種は、アメリカ合衆国〜メキシコ北部にかけて数種が分布していますが、いずれも栽培植物として魅力的なものばかり。 外見的には、小型のフェロカクタス(Ferocactus)、刺のより強いテロカクタス(Thelocactus)といった印象で、実際、両属の植物とは遺伝子レベルでも類縁性が指摘されています。しかし、栽培者にとってこのグループの最大の特色といえば「栽培困難」なことでしょう。もっとも、一定の栽培テクニックや観察眼が求められることこそが魅力でもあります。それに、難物サボテンには違いありませんが、同じ北米原産のスクレロカクタス・白紅山や、ペディオカクタス・天狼ほど高いハードルではありません。種から育てて花を咲かせることが、十分期待できます。


02N-littlefield16S.jpg
英冠(E.johnsonii)ユタ州、セントジョージの南で

 さて、この仲間の看板スターといえば、英冠(E.johnsonii)です。藤紫、赤、オレンジ、黄・・・またはそれらが入り混じった色鮮やかな刺をイガ栗のように密生し、地肌は殆ど見えません。花は大輪の桃色ですが、黄色い花をつけるコロニー(E.johnsonii ssp.lutescens )も存在します。属中もっとも北に分布し、カリフォルニア、ネバダ、
ユタ、アリゾナの四州が接する一帯、モハーヴェ沙漠が原産地で、だいたいは岩がゴロゴロしている緩斜面などを好んで生えています。石の少ないところで見かけることはあまりありません。産地は寒暖の差が甚だしく、冬の夜は軽く氷点下、夏の陽射しの下では摂氏40度を超えます。それだけでなく昼夜の温度差も大きい。雨量も年間100ミリ前後と極めて少なく、植物にとっては過酷な環境です。おそらく彼らは、雨水だけでなく岩肌や自分自身に結露した水滴も糧として生き延びているのではないかと思われます。


emjohncultflS.jpg
英冠の開花(E.johnsonii KY9802 Washington CO,UT ・・・実生から約10年)

 むかし私が読んだサボテン本に、真鶴サボテンドリームランド(今はもうない)の右田重雄氏が、英冠について
「輸入されると珍品ゆえに奪いあいである。しかし半年と栽培した方がない」と書いていました。有名なシャボテン誌には、輸入されたばかりの英冠の野生株を接ぎ木してなんとか生かした話なども載っていました。当時は自生環境も理解されていなかったし、栽培不可能に近かったんだと思われます。業者での扱いもほぼ絶無。しかし、どうしても手に入れたかった私は「大阪エキゾチック」の輸入種子を買って、実生から3、4年くらいまで、育てたことがあります。当時、中学生で、あれが難物栽培の原点だったかなと。
 栽培するうえでの注意点はやはり過湿です。実生苗は春〜秋まであまり水切れないように育てますが、実生3年以降の苗は、早春〜入梅前までに3、4回灌水するだけで、だいたいの場合は残りの8か月くらい、たまに霧吹きしてやるほかは断水して過ごさせます。もっとも、こうした消極的栽培法では早い成長は望めず、私の栽培場では実生から開花まで(径7−8cm)10年近くかかっています。
 もうひとつ、成長や開花のカギは春先の高温です。早春、温室内の最高温度が連日40度を超えると、英冠は元気に動き出します。2月から3月に晴天が続くと、昼夜の温度差が大きいご機嫌の環境になるようで、成長ペースも良く花も沢山咲かせてくれます。しかし、いくら暑くても夜の温度が下がらないのは日本の夏は苦手のようで、成長がストップします。我が家の温室では、日照面などで春先の高温確保が難しいこともあり、成長期が短くなっている面もあるので、より理想的な環境があれば、より早く大きく育てることは可能だと思います。
 用土については、石灰岩がゴロゴロしている環境に生えているため、アルカリ分を多く混入した高pHのものを
使っている方も多いようです。昔のサボテン本にもそうせよと書いてありました。しかし、乾かし気味に育てる場合、高いpHは微量要素の欠乏障害を起因しやすいので注意が必要です。私もかつては石灰質を多く混入した土を使っていましたが、いまは赤玉と軽石などを主体としたノーマルな用土で、問題なく育っています。


eminterflS.jpg
桜丸(E.intertextus SB421 Presidio County, Texas, USA)

 マスタスでもうひとつの有名種といえば桜丸(E.intertextus)です。英冠のような派手さはありませんが、整った球体を桜色の稠密な刺で包む美種で、英冠にはない、高貴な感じをたたえた難物サボテンです。
基本種・桜丸(E.intertextus ssp.intertextus)は、刺が球体に沿うように密生するのに対し、亜種とされてきた
英丸(E.intertextus ssp. dasyacanthus)はより刺が荒くささくれ立ち、ワイルドな印象があります。両者の違いは曖昧で、いまでは同一種と見なされていますが、昔の本に出ているような典型的な「桜丸」はなかなか得難くなっています。同属の英冠に比べて、花つきがよく、桜色の上品な花を早春に群開します。タイプ(産地)によっては、花弁が薄緑がかり、柱頭が濃桃色という、なんともいえない味わいの花があります。自生地はアメリカのアリゾナ州、ニューメキシコ州、メキシコのコアウィラ州など。栽培は英冠よりはやさしいですが、根がとても弱いこと、接いだり甘やかして育てると、丈が伸びて美しさが損なわれます。


Emelectpantano12bS.jpg
紅簾玉(E.erectocentrus)アリゾナ州、ツーソンの南で
 
 この桜丸と、英冠の中間的な種が、アリゾナ南部に生える紅簾玉(E.erectocentrus)です。幼時は桜丸に似て、刺は球体に沿って伸び、痛くありません。成株になると、側刺はそのままですが、中刺だけが鋭く天を突くようになります。刺色は深い赤紫色、花は桃色〜黄緑白。あまり知られていない種ですが、実に美しいサボテンで、この仲間で最も奥行きのある鑑賞価値を感じます。自生地の大株は、イチゴを逆さまに置いたような不思議な円錐形に育ちます。この姿と、上に突きだした中刺の雰囲気が実に良いのです。
 近縁のアキュネンシス(E.erectocentrus ssp.acunensis)は、側刺も含めてより刺がバラつくタイプですが、
今では同一種と考えられています。鑑賞上は微妙な違いがあって、双方育てたくなりますが。
紅簾玉は属中もっとも分布範囲が狭く稀少で、ワシントン条約では付属書Tに該当します。


Emwarnockiihotspring3S.jpg
エキノマスタス・ワルノッキー(E.warnockii)テキサス州、ビッグベンド国立公園で

 同じく桜丸に近い種でテキサス州中心に分布するのがワルノッキー(E.warnockii)です。和名もついておらず、日本ではあまり知られていませんが、自生範囲も広く、テキサス南西部の山を歩けば無数に出会います。英丸の刺をさらに荒々しくしたようで、肌色は青みがかかり、刺色は白〜灰色で花も白。いぶし銀の味わいがあり、美しく作ればとても日本人好みの種類です。自生地で見ると実にかっこいい植物。同じくテキサスからメキシコにかけては、藤栄丸=マリポスエンシス(E.mariposensis)という種類があり、より小型で繊細な刺が密生する女性的な植物です。種も小さく実生苗の姿も少し違うので、ちょっと別属の雰囲気もあります。


emungui-gl607S.jpg
紫宝玉(E.unguispinus GL607 South-West Jimenez,Chihuahua,Mexico)

lauisb525S.jpg
'ラウイ'(E.unguispinus fa.laui SB525 Salinas, SanLuisPotosi,Mexico) 上記紫宝玉とは同種のタイプ違いということになる

 アメリカには自生せず、メキシコのみに分布するのが紫宝玉(E.unguispinus)と、今はそれに包含された白栄丸(E.unguispinus fa.durangensis)です。湾曲した中刺が強壮な印象を与えるサボテンで、赤茶〜茶緑色の渋い色あいの花を咲かせます。紫宝玉のなかで中刺のとくに鋭いタイプは、古くから「虎爪玉」などと呼ばれ、名品とされてきました。最近ではこれに近いタイプがラウイ(E.unguispinus fa.laui)の名で広く育てられています。いずれも産地による刺や花の変異が大きく、さまざまな顔、タイプがあります。産地違いの種子を色々と実生すると、バラエティに富んだ標本が得られる楽しみがあります。栽培の面でもアメリカ産のエキノマスタスに比べると丈夫で育てやすいものです。
 また、メキシコのクワトロシェネガス産で、アメリカの種子業者「メサガーデン」のフィールドナンバー
「SB452」として頒布されてきた種に、最近ヒスピドゥス(E.hispidus)の名前がつきました。姿はワルノッキーと
マリポスエンシスの中間のようで、濃ピンクのストライプ花を咲かせる、これもなかなか魅力的な植物です。
 これらのエキノマスタス属の栽培については、英冠のところで長々書きましたが、他の種についても、基本は
同じような性質と考えて良いと思います。強光線と昼夜の温度差が大事。いずれの種も根が丈夫ではないので
過灌水と、必要以上の植え替えは好みません。というか植え替え時に発根がうまくいかずにこじれるケースが
しばしばあるので注意して下さい。

 なお、冒頭にも記しましたが、最近の分類ではこのエキノマスタス属は、アンシストロカクタス属(Ancistrocactus)、グランデュリカクタス属(Glandulicactus)などと共に、スクレロカクタス属(Sclerocactus)にまとめられてしまい、CITESなどでもスクレロとして扱われています。
 しかしアメリカのサボテン研究の第一人者、アンダーソン(E.F.Anderson)などは、外形的特徴や塩基配列分析等をもとに、独立した属として取り扱うべきだと、著書"Cactus Family"でも主張しています。ここでは栽培者の観点からも、エキノマスタスを独立属として取り上げました。ちなみにアルファベットだと、Echinomastus の次は Echinopsis ということになりますが、こちらにはロビビア属を含めるのかどうするのか・・・悩ましいところです。






              
         

                         BACK       NEXT