ズッコケ発明狂時代

原作本あらすじ

解説


<原作本あらすじ>

現代はリサイクルの時代。
ハカセは、限りある資源を有効利用すべく、花山団地のごみ置き場をあさっていた。
使えなくなった電気製品や、小型の機械類を集めて、夏休みの自由研究に大発明をするのだと言う。
しかし拾って来る物といえば、他人にとっては使い物にならないガラクタばかり。父親に一喝されてしまった。ハカセはハチベエのところへ行き、ハカセが拾ってきたものを、ハチベエの家の倉庫で預かってくれないかと持ちかける。

ハチベエは、発明をして特許が取れれば大金持ちになれると聞いて、即座に発明に興味を示した。横で話を聞いていたモーちゃんもなにか発明をしようということになり、こうして、倉庫の「ハチベエ発明研究所」は誕生した。

ハチベエは、タバコを吸うときにいつもライタ−が見つからない父親を見て、自動的に火のつくタバコを考えた。薄暗い倉庫でいいアイデアがないかと、タバコとライターとにらめっこしていたところ母親が入ってきて、こっそり隠れてタバコを吸おうとしていたものと勘違いされてしまう。両親にこっぴどくしかられて、ハチベエの第1の発明計画は断念せざるを得なかった。

モーちゃんは、朝起きるのが苦手なので、なかなかベルが止まらない目覚まし時計を考えていた。
一方ハカセは、永久運動機なるものを研究中。
またハチベエは、ラジオつき傘という第2の発明に着手した。試作品をつくったところ、電気店のおじさんにほめられて、ハチベエは有頂天となる。
モーちゃんは、まくらのなかに目覚まし時計を入れればいいのではないか、とこれまたさえたアイデアを出す。
いまだ何も発明できないのは、ハカセだけだった。

ハカセは、父親の会社の部下に頼んで、ハチベエとモーちゃんの発明品は特許が取れるようなものなのか、きいてみることにした。
その発明マニアによると、ハチベエの発明品は、そもそも傘の使用頻度が高くないし、ラジオをつけると防水の問題があって、商品化は難しいのではないかとのこと。おまけに、毎年80万件の特許出願があっても、商品化され利益になるのは2千件にも満たないという現実を聞かされて、三人組はがっくり。

家に帰るころ、雷雨がおそってきた。
雨足は強くなり、雷がハチベエの家のうらの電柱に落ちたようだ。
家が停電したので、ハチベエは倉庫にもぐっていた。
すると、棚からかすかな物音がする。
音の正体は、壊れた液晶テレビだった。

8月に入った。ハチベエの家の倉庫。
雷雨の日に、壊れた液晶テレビから音がしていたことを、ハチベエはハカセに話した。
このテレビ、どうにか直せないかと言うハチベエに、ハカセはガラクタの電卓を取り出してきて、テレビのパネルと適当に接続してみた。
すると、液晶画面から画像が浮かびあがってくるではないか!
ハカセの実験は見事成功したのである。

しかしこのテレビ、どうやら1ヶ月先の行楽地のレポートをしている。
テレビの番組表を調べても、そのときそのような放送はなかったことから、ハカセはこのテレビが未来の電波を受信していたのではないかと言い出す。

そんなことは信じないハチベエだったが、部屋にもどってみると、また例のテレビがついていて、とある人気歌手の婚約発表の報道をしていた。1階の居間のテレビでは、こんな放送はやっていない。だいいち夜の8時だというのに、番組は「朝のビッグショー」であった。

これは本当に未来が映るテレビかもしれない。ハチベエは真剣にそう思ったのである。

ハカセの解説によると、このテレビは、四次元の空間を通り抜けた電波を受信しているのだという。落雷でこのテレビに高電流が流れて、未来の電波が流れ込む空間のひずみができたのかもしれないとのこと。

三人組が話し込んでいるところ、またテレビが映り始めた。大阪の火事のニュースである。未来がわかる三人組は、早速火事があったという家に電話し、これから火事が起こることを告げたが、相手にはイタズラ電話と思われて、怒鳴られただけだった。

ハカセは、2台目の未来が映るテレビをつくろうと考え始めた。
最初のテレビがそうであったように、未来の電波を受けるためには、雷のエネルギーが必要だ。かつてベンジャミン・フランクリンが雷のなかでたこを上げ、雷の電気を蓄電させたのと同じようにすればいい。ハチベエ、モーちゃんは危険だからと反対するが、研究に危険はつきものだからと、ハカセはゆずろうとはしない。

つくえの上の液晶テレビが再び発光しはじめた。
どうやらまた未来のニュースが流れている。
ハチベエは何の気なしにそれを見ると、花山第二小学校の6年生3人が、落雷にあって重体、ひとりは危篤状態になったという。そして事故にあった3人はといえば、それはまぎれもなく、ハチベエ、ハカセ、モーちゃんだったのである…。

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<解説>
ズッコケシリーズ第31作目。1995年刊。
昨年11月に文庫本も出ました(ズッコケ文庫Z-31)。

このシリーズ独特の、予想もつかないストーリー展開と、これまたお得意の、超時空の話が織り交ざった、典型的な「ズッコケ」作品だと思います。

ズッコケシリーズの物語の特徴として、計画が頓挫する、テーマが途中からから逸脱していく、というのがあります。

ハカセが立てた発明計画は、当のハカセがなにも発明できないで終わってしまいますし、日用品を組み合わせたハチベエの発明も、とても特許など取れる代物ではないことは、物語の前半でわかってしまいます。これで三人組の発明計画は、ほぼズッコケたことになりますね。

そして物語後半では、未来の番組が映るテレビの話に方向を変え、最後は、三人組が迫り来る災難から必死に逃げまわるというクライマックスを迎えるのです。

ただ、逸脱といっても、前半と後半で話が分断しているわけではありません。途中から出てくる未来テレビも、ハカセの発明計画の(思いもしない)副産物ですから、物語の軸はちゃんと通っているのです。

ズッコケシリーズは第1巻を除き、すべて4つの章に分かれています。
これはいわゆる「起承転結」という、物語構成の定石にのっとって書かれていることを意味しています。

特にこの「発明狂時代」は、「起承転結」が明確です。「起」はハカセの発明計画、「承」は三人組の(とりわけハチベエの)発明の顛末、「転」は四次元テレビの発明、「結」は未来の災難からの逃避、ということになりますね。

物語をどれだけ面白くするかは、特に「転」と「結」にかかってると思います。アッと言わせる展開、予想もつかない結末というものが、エンターテインメント小説の基本であり命でもあるのです。

三人組が未来が映るテレビにふりまわされていくのは、意外な展開と言えますし、雷に打たれる運命の三人組がどうなるかということは、まさに予想もつかない結末であると言っていいわけです。

このように、「発明狂時代」は、構成的にも内容的にも、まさにエンターテインメント小説の王道を行くものであることが、よくわかると思います。


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<ドラマ放送後の感想>
原作とは内容が大幅に変わっていましたね。
冒頭で、発明を志すというところはあったものの、ハチベエ、モーちゃんの発明の話は全部削られて、もっぱら未来テレビのお話に焦点が当てられていました。

また、原作では、ハチベエは未来テレビを独り占めしたいという下心はあるのですが、それによってハカセと大喧嘩をするということはありません。あれはドラマだけのものですね。

嘘をついてハカセと喧嘩をしたハチベエは、ハカセに謝りに行きます。一方ハカセは、テレビが捨てられたと聞いて、どしゃ降りの処分場でテレビを探します。ハカセはハチベエが嘘をついていたことも、そこで落雷に遭うことも知らなかったのです。唯一ハチベエだけが、未来テレビを見てこのことを知っていて、自分の身の危険を知りながらもハカセを助けに行くわけです。

ハチベエの謝る勇気と友人を思う気持ちが、落雷に遭う運命をも変えた、とも理解できる内容で、原作とはちがった結末ですが、ドラマならではの気の利いたアレンジが活きた、とても面白い話だったと思います(5月20日)。



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