高村薫著 『土の記』

 

              2017-03-25



(作品は、高村薫著 『土の記』   新潮社による。)

          

 初出「新潮」誌上に2013年10月号から2016年8月号に連載。単行本化にあたり、加筆修正。
 本書 2016年(平成28年)11月刊行。

 高村薫(「冷血」より)
 
 1953年大阪生まれ。国際基督教大学卒。処女作「黄金を抱いて翔べ」(90年)で第三回日本推理サスペンス大賞を受賞。意欲的なテーマの選択、徹底した取材による細部の真実性、緊密な構成と豊かな人物造型から生まれる硬質なロマンティシズム。

   

主な登場人物:


上谷伊佐夫(72歳)
妻 照代
娘 陽子
陽子の娘 彩子

大宇陀の漆河原(うるしがわら)の上谷本家の婿養子。東京の大学を出、早川電機(シャープの前身)勤務。当地の住人になって40年。
照代はバイクを運転途中、ダム工事のダンプカーに跳ねられ九死に一生、植物人間に。今年の1月8日亡くなる。
陽子は東京の大学を卒業後、コロンビア大学へ留学。

上谷隆一
妻 和枝
戒場(かいば)の隣の額井集落の上谷の分家。

倉木吉男
妻 久代
娘 初美
娘婿 俊彦
孫娘 アリサ

上谷の外戚に当たる。県庁勤め(河川課)の公務員。
久代は照代より5つから6つ年下の妹。奈良女子大英文科出、宮奥の裕福な土地持ちの家に嫁ぐ。週3日は介護と身の回りの世話に伊佐夫の家に通っていた。

ヤエ 上谷の家の隠居。

桑野
息子 真斗と真也

伊佐夫の隣の住人。農繁期には息子が伊佐夫の田んぼや伊佐夫が小学校に貸している田の種まきや収穫時に手伝いに来る。
松野 半坂(はんざか)の自動車修理工場の主人。
木元ミホ

桑野の一軒下の木元の家の娘。一週間ほど前に突然大阪の嫁ぎ先から戻ってきた。あんな亭主の子供は産みたくないと言っていたが、生まれたのは双子。
両親は認知症も始まっている老夫婦。

山崎邦彦 橿原(かしはら)のダンプカーの運転手。16年前酒酔いで上谷照代のバイクと衝突事故を起こし、業務上過失事故で執行猶予付きで有罪確定。照代の亡くなった年病院で死亡。

佐野由紀夫
妻 晴美

伊佐夫の兄。東京の国立に在、長患い中。

平井利治
妻 俶子

早川電機時代の元同僚。妻の俶子が新興宗教にはまり、勤め先や同僚にまで勧誘に押しかけるようになり、女房と子どもを連れて故郷の気仙沼に帰えった。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)
(上)
 関西の一流メーカーに就職して、妻の里に身を落着けた伊佐夫。妻の不貞と死の謎、村人への違和感を飼い馴らしつつ、緑したたる田園で老いてゆく…。ラスト数瞬が目を奪う長篇小説。
(下)
 雨の下でにわか農夫はじっと息を殺し、晴れれば嬉々として田んぼへ飛び出す…。始まりも終わりもない、果てしない人間の物思いと、天と地と、生命のポリフォニー。ラスト数瞬が目を奪う長篇小説。

読後感:

 主人公の上谷伊佐夫なる人物は齢72歳に、妻照代の16年にわたる継続的なリハビリ世話も漸く終わり、1月初め逝った。女ばかりの家系で自分の代で本家は絶えることも後押ししているのか、照代がやっていた農家の仕事も照代が元気な内に少しずつ慣れ、今は集落の仲間達とも苦手な付き合いをこなせるように。今は茶の木と田畠の1年の作業をこなせるようになっている。しかし、その作業の時々、雷の日、一人でいる最中、色んな記憶が甦り、妄想の中に身を置く状態が続く。

 そんな走馬燈のような描写が文中隙間なく延々と時間を超越し、昔の時代に戻ったりと、目の前に現実にあるがごとく展開する。
 はたしてこの著者はどういう意図があって記述しているのだろうかと考えてしまう。でも止められない。主人公の年齢が近いことと、回りの近しい人が次々と亡くなっていくこと(1年に4人も死と向き合っている)、そして妻の照代の不貞疑惑、久代の告白言、若い頃の恋愛ごと等。
 老いが迫った主人公の思いがどうしても離さない。
 そして紹介記事にあるラスト数瞬が目を奪うとは?
 物語は約2年にわたる集落での、よそ者の主人公上谷伊佐夫(旧姓佐野)の40年にわたる人生で齢72歳になっての集落での過去から現在に至る諸々のことを綿密に記述しながらも、実に多彩に色んな分野のことについて展開されている。東北の大震災のこと、原発のこと、アナログからデジタル放送への切り替え、伊佐夫の病気についても。
 
 特に米作りについての繰り返される作業と難しさの詳しいこと。読者には辛いところであるが。それでも読み進んでしまったのは、時に入り込んでくる生々しくもある現実的な話が引きつけから。
 ほとんど空白なく詰めて記されている文章は読み応え十分。大長編である。

  

余談:

 高村薫作品は大概読んできたが、「晴子情歌」からの「新リア王」「太陽を曳く馬」の3部作、「冷血」で何か悟りを開いたような作風を感じたこと。今回の内容にも地質に関することや田んぼの農作業の一部始終、墓石の材質とか彫刻の作業、墓石の設置に関することとか、実に色んなことの詳細知識を得られたことも興味深かった。この後どんな作品を目にすることが出来るか楽しみである。
 さらには自分の出身地であった奈良の様子も一時期のことを呼び起こされたようで懐かしかった。   

背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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