住野よる著 『君の膵臓をたべたい』

 

              2017-09-25



(作品は、住野よる著 『君の膵臓をたべたい』   双葉社による。)

          

 本書 2015年(平成27年)6月刊行。

 住野よる(本書より)
 
 
大阪府在住の専業作家。高校時代より執筆活動を開始。本作がデビュー作。   

主な登場人物:


名前:志賀春樹

高校生、山内桜良のクラスメート。本好きで友達はいない。
二人の図書委員の内の一人。
草船のごとく、強い力には逆らわず流される僕。
人との関わりを最初から諦めて生きてきた。

山内桜良(さくら)
お母さん

膵臓の病気で余命いくばくもない高校生。膵臓の病気が判ってから“共病文庫”として日記をつけている。それを僕に見られ、図書委員に名乗りを上げて付き合い出す。
砕氷船のように自ら道を切り開く彼女。

恭子(キョウコ) 桜良の親友。僕は病気のことは知らせなかった。
タカヒロ クラスの学級委員。桜良の前の恋人。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 偶然、僕が拾った1冊の本。それは、クラスメイトである山内桜良が綴っていた秘密の日記帳だった…。“名前のない僕”と“日常のない彼女”、そんなふたりが織りなす物語。圧倒的デビュー作。  

読後感:

 図書館の予約が圧倒的に多かったが臆せず申し込みようやく手にする。読み始めてすっかり魅了される。僕と彼女のごく自然なやりとりや話題に。彼女の発想がすごい。明るく、たくましく、それでいて他人の気持ちを理解している。
 はっとするような話題をさらっと投げかけ、僕の反応を楽しんでいる。それでいてどこかに悲しみがにじんでいる。こんなやりとりをすらすらと描写する著者の心理がすごいと思う。

 ほんとにデビー作?と驚くばかり。
 桜良の性格か、コロコロと変わる言葉、表情、冗談だかまじめなのか、意地悪なのか、皮肉屋なのか、それが病気からくるものかも知れないと思いつつ、本音がちらっと現れたり、それで僕が惑わされる場面が素晴らしい。

 そして人との関わり方を知らない僕が、桜良によって確実変わっていき、一方で真反対の桜良が僕の良さを感じ、生きている喜びを感じていることがひしひしと伝わってくる過程に感動。

 ラストの意外な結末や桜良の母親とのやりとり、そして今まで描写されなかった僕の家庭の、両親の思いやりがさらりと描写されていてこれまたうるうるときた。

 桜良の親友、キョウコとの間も興味の尽きない出来事が愉快。
 暗くならず、死の恐怖を押しつけたりせず、明るく気丈に振る舞う姿に、逆に秘められた恐怖、生きたいと思う気持ち、泣きたい気持ちがひしひしと伝わってくる。一方で気を遣いながらも感じさせないで普通にやりとりの出来る僕の存在はもうなんとも言えない。生きていることのありがたさをじっと考えさせる作品である。
 

印象に残る言葉:

・桜良が僕の、「僕をどう思ってるの」の質問に答えて:
「教えたら人間関係、面白くないでしょ。人間は相手が自分にとって何者か判らないから、友情も恋愛も面白いんだよ」
・僕の、桜良に「君にとって、生きるっていうのは、どういうこと」の問いに:
「生きるってのはね。きっと誰かと心を通わせること。そのものを指して、生きるって呼ぶんだよ」
「誰かを認める、誰かを好きになる、誰かを嫌いになる、誰かと一緒にいて楽しい、誰かと一緒にいたら鬱陶しい、誰かと手を繋ぐ、誰かをハグする、誰かとすれ違う。それが生きる。自分たった一人じゃ、自分がいるって分からない。誰かを好きなのに誰かを嫌いな私、誰かと一緒にいて楽しいのに誰かといて鬱陶しいと思う私、そういう人と私の関係が、他の人じゃない、私が生きてるってことだと思う。私の心があるのは、皆がいるから、私の体があるのは、皆が触ってくれるから。そうして形成された私は、今、生きている。まだ、ここに生きている。だから人が生きてることには意味があるんだよ。自分で選んで、君も私も、今ここで生きてるみたいに」

  

余談:

 本の題名の「君の膵臓を食べたい」はショッキングな表現だが、作品の中で、「人に食べてもらうと魂がその人の中で生き続けるって信仰も外国にあるらしいよ」と桜良の言葉が心に残る。  
背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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