志水辰夫著 『みのたけの春』
               


              2017-11-25



(作品は、志水辰夫著 『みのたけの春』   集英社による。)

          
 
 本書 2008年(平成20年)11月刊行。書き下ろし作品。

 志水辰夫(本書より)
 
 1936年高知県生まれ。出版社勤務を経て、1981年「飢えて狼」でデビュー。86年「背いて故郷」で日本推理作家協会賞を、2001年「きのうの空」で柴田錬三郎賞を受賞。他の著書に「裂けて海峡」「行きずりの街」「いまひとたびの」「あしたの蜉蝣の旅」「道草ばかりしてきた」「生きいそぎ」「青に候」など多数。  

主な登場人物:

榊原清吉
(さかきばら・せいきち)
母 おさと 養生中。
奉公人 与助

西山村に住む郷士、20歳。父親のは48歳で亡くなり、入山講から借金をして養蚕(ようさん)で家計を立て直すも未だ借金返済が残っている。尚古館に入門。榊原家はもともと右筆(ゆうひつ)の家柄。

諸井民三郎
祖母 つる
・かよ17歳
・さなえ15歳
・又八 13歳
・文吉 11歳

河内村に住む五尺八寸の大男、21歳の郷士。「ころり」で祖父と両親、兄の大黒柱を一度に亡くし、今は一家の大黒柱。剣の才があり尚古館館長の橘川雅之が惚れ込む。
貞岡陣屋の役人新村格之進に因縁をつけられ斬ったことから運命が変わる。
・兄が追われる身となり、かよを中心に4人の姉弟の運命も翻弄されることに。

武川庄八(むかわ)
父 正衛門

静谷村に住む19歳、労咳で伏せっている。武川家は大庄屋。武芸は駄目だが聡明さ図抜けていて、医者になろうと思っている。
片桐秀輔

姫路酒井家の家臣。柳澤宋元の名を聞き、ときどき聴講に来ていた。
父親は七百石の馬廻役という要職にあったこともあり、秀輔は武家社会のしきたりをよく知っていた。

橘川雅之(きっかわ)
弟 高倉忠政

尚古館(しょうこかん)という私塾を開く。剣道の師。
学問の方面は泣き所、師として柳澤宋元が来てくれ後の三省庵に。
・高倉忠政 丹波篠山の郷士、高倉家に養子に行き名を忠政に。

柳澤宋元
妻 さかえ(没)
娘 みわ

佐久間象山と並び称された高名な学者、4年前故あって貞岡に来て今の三省庵を始める。「ころり」で妻のさかえ亡くなる。さかえを失ったことで宋元人となり変わる。
塾生:内田政太カ 三省庵の塾頭。石渡孝臣、田中順三郎、中村久作、斉藤国弥、榊原清吉、武川庄八、諸井民三郎、高橋末春、宮原富之助等
・みわ さかえの早死に後、母親代わり嫁かず23歳。おだやかで品良く、美人だが「ころり」のせいで左ほほにあばたの跡。

石渡孝臣 鹿島神社の神官。議論好きで平田篤胤に私淑。幕府に攘夷を迫るため志士の義挙に呼応して三省庵を出て行く。
田中順一郎 石渡の言うがままに従う。
中村久作 明るく人気者、1つ年上の義兄順一郎に逆らえず、久作も加わる。
斉藤国弥 出石の仙石家、父親小普請組に属す。父親が亡くなり、徒士小頭の役職を継ぐため江戸に出て行く。
新村格之進 貞岡陣屋の役人、公儀の武士。三人居る手附の代官代行格、いちばんうるさ型。郷士を見下す振る舞いで清吉、民三郎と以前諍いを起こす。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)
 
 
時は幕末。北但馬の農村で暮らす清吉は、病身の母と借金を抱えながら、つましい暮らしを送っていた。変わりばえのしない日々のなかに、己の生きる道を見出そうとした男の姿を描く、傑作時代小説。 

読後感:

 時は幕末、時代背景や舞台の環境を見ていると島崎藤村の「夜明け前」を読んでいるかの錯覚に陥った。北但馬の片田舎の雰囲気が舞台として目の前に広がる。
 時に悲しみの場面、いみじくも武士を切ってしまった諸井民三郎の身の上に起きた出来事とその家族の生き様、榊原清吉の友達として何でもないこととして、民三郎の家族のことや祖母の葬儀のことに寄り添う姿。そのことに感謝を表す17歳のかよや民三郎の言葉が涙を誘う。

 不幸は続くもので友達の武川庄八も続いて亡くなり父親が話す言葉にも哀感が漂う。
 その後高倉忠政の片腕として働く民三郎の姿に接し、昔の民三郎とは変わってしまったと感じ、さとす清吉の願いもむなしく時が流れていく。清吉と民三郎の交わりはお互い立場が異なるも、二人のやりとりには時の流れを感じつつも底辺に流れる想いが伝わってくる。

 やがて世の中の動きは貞岡にも変化をもたらす。
 京都での天誅組の暴挙、生野の変などで尊皇攘夷の動きに石渡孝臣が先導し,田中順三郎、中村久作を誘い三省庵を出ていく。清吉は誘われたが、病に伏せる母親を置いては行けず断る。
 柳澤宋元は優秀な人間が去って行くと共に、友を捨てて江戸を逃げ出し、京都も逃げ、妻を死に追いやり、娘のみわをも親のエゴ(?)で嫁がせもせずにいることで己を責め、酔いつぶれやがて脳卒中で床に伏せる。

 時勢は次第に変化、蛤御門の変後橘川雅之の弟高倉忠政も投獄され、民三郎も捕らえられる。
 橘川雅之から弟の高倉忠政は変わってしまったけれど、罪を少しでも軽減したいと、民三郎に罪をかぶって自害する様説得してくれと兄弟の情を訴えられた清吉の決断は?

 ここでも自分の生き様を試される清吉は脱走した民三郎との最後の再会に出向いて行く。
 榊原清吉は初めは評価されなかったが、諸井家に対する心遣いや、優秀な人間がどんどん去って行く三省庵に残り、次第にその人となりを評価され、頼りにされる姿が作品の中で輝いてくる。 

  

余談:

 榊原清吉と諸井民三郎の友情とも言える付き合い方、清吉の家の貧しくても逞しく生きていく様子、柳澤宋元の寂しさに隠された様子とみわに対するすまなさ、みわに対する清吉のほのかな憧れ、民三郎の姉弟の絆の深さ、橘川雅之の兄弟愛など作品から感じられる情緒がしんみりと伝わってきて読んだ後の余韻が心地よい。
背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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