荻原 浩著 『月の上の観覧車』

 

              2017-06-25



(作品は、荻原 浩著 『月の上の観覧車』   新潮社による。)

          

 初出 トンネル鏡          小説新潮2009年7月号
    金魚             小説すばる2009年12月号
    上海租界の魔術師       小説新潮2010年7月号
    レシピ            小説新潮2010年4月号
    胡瓜の馬            yomyom vol.18
    チョコチップミントをダブルで 小説新潮2011年1月号
    ゴミ屋敷モノクローム     小説新潮2010年1月号
    月の上の観覧車        小説新潮2008年7月号

 本書 2011年(平成23年)5月刊行。

 荻原 浩(本書より)
 1956年、埼玉県生まれ。成城大学経済学部卒。広告制作会社勤務を経てフリーのコピーライターに。97年小説すばる新人賞受賞作「オロロ畑でつかまえて」でデビュー。2005年には「明日の記憶」で山本周五郎賞を受賞した。ほかに「押し入れのちよ」「四度目の氷河期」「アイウエオ漂流記」「砂の王国」など著書多数。
 
 

主な登場人物:

<トンネル鏡> 東京から故郷への列車、トンネルを通るごとに窓に映る自分の顔を見つめながら母のこと、嫁の恭子とのことが走馬燈のごとく・・。時の移ろい。

一郎 <わたし>
妻 恭子
娘 千尋
(ちひろ)
母 佐和子

故郷は日本海に面した上越、故郷を出て30年。故郷からの脱出は母からの脱出だったが・・。東京で証券会社に入社。
・恭子 母が60歳になり、東京で一緒に住もうとするも、ほんの一時期仲のいい嫁と姑みたいだったが・・。
・母 父は漁協の職員、ギャンブルに目がなく、わたしが3歳の時交通事故で亡くなる。女手ひとつで息子を育てあげる母。背高く色白、歌がうまい。家では死んだ夫に当てつけるように毎晩、休日は昼でも冷や酒を飲んでいた。

<金魚> 七恵が死んでから、世界は色を失った。故郷での夏祭りの思い出が・・。

藤本達人<私>
妻 七恵

東京の住宅メーカーの営業職、43歳。七恵が死んでそろそろ1年。会社には内緒で精神神経科に通院。
・七恵 同郷、同じ高校のクラス、地元の夏祭りに一緒に行く。七恵は父親の反対押し切って東京にやってきて、やがて結婚。
妊娠が分かったとき同時に悪性腫瘍見つかる。

<上海租界の魔術師> マジシャンであった祖父との交わり。祖父の葬儀の時わたしはやっぱり、この世に魔法があることを思った。

(かなめ)<わたし>
祖父
 ”ジェームス牧田”

18歳の女の子。父は二番目の奥さんと結婚。わたしは祖父にお母さんを出してとせがむ。母はわたしが幼稚園の年中組の時亡くなった。
・祖父 70年以上も前、マジシャンで中国の上海にいた。三番目の奥さんに逃げられ私たちの家に。わたしはかわいがられた。
祖父の愛した女性は・・。

<レシピ> レシピを見ると男のことやその時々のことが思い出される。味覚の好みの違いをジョークのネタにできるのは、恋人や婚約者同士だった頃まで、暮らし始めると・・・。

里留子
夫 顕司
息子 祐輔(ゆうすけ)

福井から上京。レシピノートを見ると男に作った時の思い出、結婚して顕司との生活上のこと、息子の祐輔が生まれてからのこと。
顕司とはやがて離婚を考える。

<胡瓜(きゅうり)の馬> 今の家庭に不満はないが、40歳を機に故郷での初めての同窓会に出席のため、盆休みに父親の迎え火を兼ね帰郷。昔付き合っていた沙那のことが気に掛かり・・・。

水野修二<私>
妻 佑子
娘 菜々実

実家は山の中、大学で東京に出。父親は5年前死に、お盆休み一人で先に帰る。目的は同窓会で沙那に会うため。
・佑子 実家は福岡。イベント企画会社勤務。お盆と正月にそれぞれの実家を訪れことにしている。
・菜々実 小学5年生。

沙那 私と同郷、小学3年の時母親を亡くしている。中学2年の時まで男友だちみたいに私の家でごろごろ。

<チョコチップミントをダブルで>

離婚して1年に一度娘と会える日の計画を考えることで仕事に耐えられる康介に、綾乃の示した行動は・・・。
康介

母子家庭で一人っ子だった康介、史絵と結婚するとき「絶対に、幸せにしてみせるから」と約束したが・・。
一人暮らしを始めて3年。年に一度だけ娘の綾乃に会える条件で。

史絵(ふみえ)
娘 綾乃

10年間夫婦だったが、娘が生まれ、「あなたの夢を、私たちにも見ろっていうの?」と別れた妻。
・綾乃 13歳、

<ゴミ屋敷モノクローム> ゴミ屋敷の住人関口照子の説得に当たる私、ようやく撤去にこぎつけたが、出てきた物にこめられていたものは・・・。
市の生活環境課勤務。ゴミ屋敷の苦情処理で関口家を訪れる。本来の仕事は市主催のエコ関連フェアの企画書作り。
関口照子 76歳で一人暮らしの老婆。
<月の上の観覧車> 誰にでも、死者とつかのま出会える瞬間がある。私はそう信じている。月の出る夜一人観覧車に乗り出会ったものは・・・。


妻 遼子
息子 久生
(ひさお)

広島のスパリゾートの社長。老舗旅館の三男、会社が所有するリゾート施設の付帯施設の遊園地、アトラクションの一つに観覧車がある。
・遼子 私が東京で芸術学部に進んでいたとき、舞台女優の卵の4つ年下の遼子と出会う。

佐久間 ベテラン秘書。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 
もし人生が2度あれば、自分は許しを乞うだろうか。逃げ出したかった寂しい故郷、守れるはずなどない約束。彼女が隠していた悲しみに、あの頃も気付かぬわけではなかったのに…。苦しくて、苦しくて、愛おしい8篇。  

読後感:

 八話の短編集であるが、人生のことを改めて見つめ直させ、哀愁を感じさせる逸話の数々。特に印象深かったのはと揚げるにはみんなそれぞれの思いが生じてきて本当にいとおしい8編であった。それでもいくつかを揚げることに。
<トンネル鏡>
 母のいる故郷から脱出したい思いで大学入学を機に東京住まい。帰ってくるように催促する母、憎まれ口をきき、当てつけがましい母に帰省も滞りがち。母も年になり、一緒に住もうとしたが、仲のいい嫁と姑の関係はほんの一時。女二人、キッチンを戦場に小さな王国の覇権争い。味方につけるのは年若き王女千尋。母は敗れふるさとに、次に恭子は次の敵を見いだした、私だ。その顛末は・・・。
 なんとも日常的で普遍的な話題で、ざっくりと胸をうつ。
<金魚>
 妻の七恵が死んでから、世界を失った私。色がなくなり会社に内緒で医院通い。
 休職をして故郷に、七恵とのこと、夏祭りの日のことを思い出に・・・。
 思い出が深いだけ、人はその喪失感でこんなにもなるものか。
<胡瓜の馬>
 今の妻や娘たちとの家庭に不満はない。そんな折、40歳を迎えるときに計画された高校三年の初めての同窓会。小学校から中学と男友達みたいに僕の家でごろごろしてた沙那。僕が大学で東京に出てきてからは縁遠く。そんなことで気になる存在だった沙那に会いたいこともあり出席。
 沙那の人生はいったいどんな思いで過ごしていたのだろうか? 詳細が語られないことが余計に心情を推し量られてうるうるとしてしまった。
<ゴミ屋敷モノクローム>
 ゴミ屋敷の状態の中で暮らす関口照子という老婆を市役所の生活環境課の私は苦情処理に訪れる内に老婆の人となり、素性を知ることとなる。ゴミ撤去に立ち会い出てくる物にこめられていた思いが何故か読んでいる内に彼女の人生そのものを映し出しているようで、これまたジ〜ンときてしまった。


印象に残るフレーズ:

<レシピ>
・一緒に生活するのは、難しい。どんな男とも。
 味覚の好みの違いを、ジョークのネタにできるのは、恋人や婚約者同士だった頃まで。暮らしはじめると、たかが食べ物のことが、時として大問題になる。映画や音楽の流行は移ろい変わっても、人間の舌は変えられない。
・出産経験すると女は別の生き物になる。子どもと入れ替わりに、違う何者かが体の中に入ってくる感じだ。
・男の人生の大半が定年退職で終わってしまうのだとしても、女の一生はまだ半分ちょっとを過ぎたばかりだ。
<胡瓜の馬>
「寿命っていうのは、消費エネルギーの総量のことを言うんだってさ。ハツカネズミって二年ぐらいしか生きないだろ。あれ、活動が激しすぎてエネルギー消費が早いからだそうだ。心拍数がゾウの何十倍だかの速さなんだ。ハツカネズミにしてみたら、一日はゾウの一ヶ月ぶんの長さなんだよ」
 吉岡の言葉に、漫画同好会に入っていた家電メーカーが頷いていた。
「人間も同じだよな、きっと。俺らが子どもの頃の漫画家を考えてみ。早死にが多いんだ。みんな六十ぐらいで逝っちまう。昔の漫画家ってめちゃくちゃ仕事かかえて、徹夜の連続の生活を何十年も続けたヒトばっかりだから。人の一生分の昼を生きちゃったんじゃないかな。生き急ぎってやつだ」

  

余談1:

 多くの編に人の死(しかも若くして亡くなった)が入っていて、何故か感情が入り込んできて人生そのものを感じてしまう。また離婚しての男の方の話は分かれて暮らす娘のことが気に掛かって仕方のなさが分かる気持ちがして感情移入してしまう。こういう作品はやはり心静かに読書できる環境で読めるのが幸せという所かな。
余談2:

 
表題の<月の上の観覧車>の件、本の表紙として絵になるし、表題としても魅力的であるが、どういうものか8編の中では一番感動が少なかったように感じた。それでは他の題材で本の表題にふさわしい物はと言うと、これまた首をかしげざるを得ない。中身には感動してしまったが、本の題にするには余りにも普通すぎて引きつける力がないところからこの題に決まったのかしら。そういう自分もこの題にひかれて手に取ってしまったのだから。
背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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