荻原 浩著 『明日の記憶』



 

              2017-05-25



(作品は、荻原 浩著 『明日の記憶』   光文社による。)

          

  本書 2004年(平成16年)10月刊行。

 荻原浩(本書より)

 1956年生まれ。広告制作会社を経て、1997年、「オロロ畑でつかまえて」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。軽妙洒脱、上質なユーモアに富んだ文章には定評があり、行間に人生の哀歓が漂う。次々と新しいテーマに挑む、現在最も注目されている作家。本作は、「自分の頭の中をほじくり返すようにして書いた」と言う、若年性アルツハイマーがテーマ。第18回山本周五郎賞受賞。2005年刊行の「あの日にドライブ」は第134回直木賞の候補になる。著書は他に「神様からひと言」、「メリーゴーランド」等がある。 

主な登場人物:


佐伯雅行
<わたし>
妻 枝実子
娘 梨恵
(りえ)

広告代理店第二営業局の部長、50歳。自宅は横浜。この所物忘れがたびたびあり、業務に支障が出始めている。
父親は
71歳でアルツハイマーを発症、75歳で亡くなっている。
・妻の枝実子は4つ年下。
・梨恵 インテリア・コオディネータ、24歳。妊娠5ヶ月、結婚式を1月末に予定。

佐伯の5人の部下たち

・安藤 入社以来ずっと佐伯の部下。ずけずけものを言う。
・園田 部のチーフ。
・生野 入社半年の新人女子
23歳クリエーター志望だった。

渡辺直也 梨恵の婚約者。設計事務所を持つ建築家。気のいい男。
木崎先生 わたしが通う陶芸教室の先生。40代の手前。
河村 クライアントのギガフォース(家電メーカーが立ち上げた会社)の宣伝課長。何かとわたしに電話をかけてよこす。
吉田医師 精神科の医師。佐伯を診断、若年性アルツハイマーと結論。
児島

大学時代の友人。48歳で肝臓がんで亡くなる。それまで陶芸を続け何度も工芸展で入選を果たしている。
わたし、奥多摩にある民窯を連れられて訪れたのをきっかけに陶芸を始めた。

菅原 奥多摩の日向窯の老人。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 最初は物忘れ程度に思っていたが、人ごとだと思っていたことが我が身に起きてしまった…。若年性アルツハイマーの初期症状と告げられた佐伯には、記憶を全て無くす前に、果たさねばならない約束があった。 

読後感:

 実に切実な問題である。妻に説得されて精神科を受診。精神科の医師のテストに自分では突然のことで動揺していた、そんな筈はないと思いながらも自宅に戻って同じように確かめる。
 医師に若年性アルツハイマーであると診断を下され、会社にも知らせるべきと言われても、会社には知られたくなくて密かに対策を講じる姿。勿論結婚前、身重の時期に娘に知らせることなどできないでいる。

 次第に進む症状、圧巻は渋谷での得意先との打ち合わせに向かい、自分がどこにいるのか判らなくなって会社に電話、新人女子の生野に”助けてくれ”と泣きつくまでに。
 少しでも進行を遅らせようとする為、家庭では妻の枝実子が考える手立てに、会社での間違いをしないようにとの涙ぐましい努力。
 ただ心の安らぎをと陶芸に励む姿。死のことを考え、さらには自分が死んだ後の妻の先のことを考えたりと切なくもつらい。

 それはいずれ自分自身や妻にも起こるかもしれないという気持ちがあるから余計に身につまされてしまう。
 ラストのシーンでは今までの思いがあふれ出てきて涙が止まらなくなってしまった。
 昔児島に誘われ訪れた奥多摩の登り窯のある場所で、やはり痴呆になっていた菅原老人とのやりとりの中でアルツハイマーのことなど忘れて一緒に無心になっている姿。気持ちが解放された状態になり、いよいよ妻の見知った顔さえ判らなくなって交わす言葉の後ろにあるものを想像してしまって・・・。


印象に残る場面:

 昔今は亡くなっている大学の友人児島に誘われ陶芸の世界に夢中になった奥多摩を訪れ、やはり痴呆と診断されても「俺が自分で決めること」として生きる菅原老人と共に一夜を過ごした時を過ごした佐伯が得た心境を綴った箇所:

 時間が止まったようなこの山の中にいるせいだろう。
 今は記憶を失う恐怖心は薄かった。
 自分の病気も、もう恐れはしなかった。私自身が私を忘れても、まだ命が残っている。そのことを初めて嬉しいことだと思う。

(感想)
 そしてその後見知らぬ人とかわす切なくもさわやかなシーンが詩的で感動を呼び起こさせる。改めてそのシーンを読み返すとまた涙がこみ上げてきた。

  

余談:

 主人公もアルツハイマー病に関して本を何冊も購入して色々と調べたりしているが、作品に記述されていることも参考になり、改めて考えさせられることが多かった。
背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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