小川洋子著 『 ことり 』



 

              2017-05-25



(作品は、小川洋子著 『 ことり 』   朝日新聞出版による。)

          

  本書 2012年(平成24年)11月刊行。書き下ろし作品。

 小川洋子(本書より)
  
 1962年生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年「博士の愛した数式」で本屋大賞と読売文学賞、「ブラフマンの埋葬」で泉鏡花文学賞、2006年「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞受賞。作品に「完璧な病室」「アンネ・フランクの記憶」「沈黙博物館」「貴婦人Aの蘇生」「犬のしっぽを撫でながら」「物語の役割」「科学の扉をノックする」「原稿零枚日記」「人質の朗読会」「最果てアーケード」など多数。  

主な登場人物:


小鳥の小父さん
お兄さん
父親
母親

唯一家族でお兄さんの話す言葉を理解する7つ年下の弟。両親が没後、23年間小父さんとお兄さんの二人きりの生活が続く。
・お兄さんは11歳を過ぎた当たりから自分で編み出した言語(ポーポー語)をしゃべり始める。小鳥との交流ができる。
・父親は大学に勤めるも、お兄さんを恐れるように離れにある仕事部屋に逃げ込む。
・母親はお兄さんの買い物行きを貴重な社会訓練ととらえ、全部お兄さんに任せるよう小父さんに厳しく言いつける。

幼稚園の園長先生 小鳥の世話をしてくださるお兄さんや小鳥の小父さんに思いを寄せてくださる優しい人。時がたち新しい園長先生に代わり、その後は高齢者専用の病院に。自分が園長先生だったことももう忘れているらしかった。
若い司書のお姉さん 図書館の分館でアルバイトの若い司書。小鳥の小父さんが鳥の本ばかりを借りていることに関心を持って行動を見守っている。小父さんはこの若い司書との交流に淡い恋心(?)を抱くが・・・。
青空薬局の店主 お兄さんが唯一幼稚園の小鳥の世話以外に外出する先。棒つきキャンディーの“ポーポー”を買いに定期的に通っている小さな雑貨店の店主。お兄さんの言葉は理解できずいつも間違った色のキャンディーを渡している。
鈴虫老人 河川敷の公園で、小さな虫箱に鈴虫を入れ、その鳴き声を聞く老人。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 世の片隅でことりのさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い…。やさしく切ない、著者の会心作。 

読後感:

 読み続けようか、止めようかと迷ってしまった。特に予備知識なしで表紙のイラストと題名にひかれて取り上げたが、正直とまどっていた。
 読み進んでいくと次第になぜか落ち着いた気持ちと、弱者というかごく平凡に慎ましやかに生きている人の存在に、こんな人が心配も無く住んでいける世の中が幸せじゃあないかなあと。

 両親が亡くなり、お兄さんと小鳥の小父さんとだけは言葉が理解できる二人だけでの、決まりきった生活リズムを刻んでいる世界は、それが外部の影響を受けずに小鳥とのつながりでずっと続いていけて幸せな世界であったろう。人との交わりでは幼稚園の園長先生の優しさ、思いやりがさわやかである。

 お兄さんの死後では、図書館分館で鳥の本ばかりを借りたり、「ミチル商会 八十年史」を閲覧する小父さんと、そのことに関心を示してくれる若い司書との、鳥にまつわる会話をする時のうれしさ、そして自分がつとめるゲストハウスに誘って交じわすやりとりがなんともさわやかで、ほのかな恋心ともいえる気持ちが切ない。

 さらに時がたち、幼稚園とも疎遠になり、勤めていたゲストハウスも趣を変え、鈴虫の老人も姿が見えなくなり、幼児の誘拐事件の怪しい老人の見立てにもあい、ただ小鳥の世話に気持ちを捧げる時間の経過はやがて小鳥の小父さんの終焉がやってくる、時の移りが切なくも悲しい余韻を残した。
 

  

余談:

 本の題名の「ことり」とひらがなであることの意味が本中で推測された。普通は“小鳥”の筈が幼児の行方不明事件で小鳥の小父さんが“子盗り”として世間から疑われているところからのものらしいのでは。
背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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