宮本輝著 『海岸列車』

 

              2017-02-25



(作品は、宮本輝著 『海岸列車』   集英社文庫による。)

          

  初出 「毎日新聞」朝刊、1988年1月3日〜1988年8月12日。
 単行本 1989年9月、毎日新聞社刊。
         この作品は1992年10月文春文庫として刊行される。

 本書 2015年(平成27年)1月刊行。

 宮本輝(本書より)
 
 1947年3月6日兵庫県生まれ。77年「泥の河」で第13回太宰治賞を受賞しデビュー。78年「螢川」で第78回芥川龍之介賞、87年「優駿」で第21回吉川英治文学賞を受賞。2004年「約束の冬」で第54回芸術選奨文部科学大臣賞文学部門を、10年「骸骨ビルの庭」で第13回司馬遼太郎賞受賞。また同年、紫綬褒章を受章。主な著書に「錦繍」「青が散る」「流転の海」「ドナウの旅人」「宮本輝 全短編」「水のかたち」「いのちの姿」など多数。  

主な登場人物:


手塚かおり(25歳)
兄 夏彦
(30歳)
伯父 民平
お手伝い フク子
母親 光子

両親が離婚後、父親は2年後病死。母親は他の男と結婚、消息絶えている。
山陰の鎧
(よろい)駅の貧しい村に住むという噂。
かおりと夏彦は養子縁組をして伯父の民平(独身)を親代わりに育てられる。
・妹のかおりは大学を卒業して3年、伯父の民平が設立した<モス・クラブ>の会長に。
・夏彦は中年女のヒモとして生きている。「俺はいったい誰の子なんだ」と。貢がれた320万のティファニーの腕時計をする。
*<モス・クラブ>は会員800人限定の経済力のある女性の団体。

高木澄子(すみこ)
娘 泉
(18歳)

夫はなくなり、その財産で過ごす。夏彦を遊び相手(?)に。
夫からは突然暴力を振るわれ、「自分の過去の恋愛は断じて隠しておかなければならないときが必ず来るもの」と。
娘の泉は大人っぽい高校生、手塚夏彦と澄子の関係を認め、「お母さんに親切にしてあげて」と。

関口礼太 夏彦の学生時代の友人。新聞記者。3ヶ月前岩手盛岡支局より東京に戻ってきた、東京本社学芸部。

戸倉陸離(りくり)
(42歳)
妻 享子
(きょうこ)
娘 亜矢

国際弁護士。高校生の時両親を交通事故死で亡くし、その後努力してハーバード大学に入学。片田セツの父(教授)の縁で享子と知り合う。
・妻の享子は心臓の持病持ち。
・亜矢は3歳。

片田セツ
二人の息子

戸倉の事務所のスタッフ。若い女との生活に走った夫と離婚。女手ひとつで二人の息子を育てる。

・ボウ・ザワナ
・デダニ・カルンバ

戸倉陸離がニューヨークに留学中の無二の親友。
・ボウ・ザワナ(ビルマ人) 祖国に帰って3年、病死。
・デダニ・カルンバ(アフリカ人) 

劉慈声(リュウジセイ)

戸倉の友人の中国人。
周長徳 中国系のアメリカ人(華僑)。シュレーンホテルグループを経営。ケニアのナイロビにナイロビ・シュレーン財団を設立。本部に日本人のブレーンを求めている。ボウ・ザワナが命を救った謂われがある。それがキッカケで戸倉陸離と知り合うことに。
モス・クラブの人間

・乾喜之介  副会長 乗っ取りを画策。
・白坂 経理部長 かおりの味方。
・石越司郎 業務部次長。
・武藤志乃子 かおりの秘書。昔乾の愛人。

今泉智子(ともこ)(64歳)

手塚民平と30年以上の付き合い。お互い60近くになっても友情でつながっている。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

(上)
 山陰本線にある無人駅「鎧」。幼い時に自分たちを捨てた母がいる場所――。育ててくれた伯父の遺志を継いで仕事に奔走する妹・かおりと寂しさを紛らわす兄・夏彦。揺れる心情を鮮やかに描く長編小説。
(下)
 会社を支えてくれる国際弁護士・戸倉への想いに悩むかおり。まったく新しい生き方を模索する夏彦。それぞれの愛の形、それぞれの人生。さまよえる二人に魂の救いはあるのか…。宮本文学の傑作。(解説/唯川 恵)

読後感:

 久しぶりにミステリーとか刑事物を離れ、年末から正月に掛けてじっくりと読ませる小説を手にした。宮本輝作品は読者に著者の知識とか教養を与えてくれる作品が多く、時に手にしたくなる作家の一人である。

 さて、今回は若き25歳の手塚かおりが<モス・クラブ>という経済力があり、知識欲のある女性会員メンバー制のクラブの会長を伯父の急逝によって引き受けざるを得なくなり、奮闘する姿が描かれている。彼女の回りの支援者が存在し、その人達との関係で色々と考えさせられることがある。
 やはり周りに居る友達の存在が大切であることを物語っている。

 一方、兄に当たる夏彦の生き様はかおりとは真逆、中年女のヒモの生活で優雅に過ごしているように見えるが、その実内面に存在する虚しさとも言えるものが余計に極端な方向に向かわせる。
 後半はどんな風に展開していくかが見物である。
 そしてかおりは<モス・クラブ>の中国旅行の下見に行き、戸倉陸離との関係を恋に一段落をつけ後半へと進める。

 さて後半に入り、夏彦およびかおりの先行きは戸倉との関係、兄妹の母親を巡る事情がメインに進む。夏彦は中国九龍での命を救われる出来事で大きく変化を来す。かおりも中国旅行の下見で戸倉との関係で動揺を隠せない。二人の運命を大きく動かす力が新しい活力となり母との再会に向け動き出し、母の変化に思いを馳せ、伯父との関係に反省し、新たな世界に向け動き出すことに。

印象に残る言葉:

  劉慈声が手塚かおりに手帳の一枚をちぎり差し出した言葉
 ――天降大任於斯人、必先労其筋骨、苦其心志―― (孟子の言葉)
 意味は「天は、大任を帯びた人間に対して、必ず先に、その筋骨への労と、その心や意志への苦しみを降らせる」

  

余談:

 新年を迎えて本書を読むにつけ、新しいことにチャレンジする動機付けを得たようである。かおりの決意、夏彦の新しい世界へのチャレンジを後押しすることとなった、母親の過去の生活体験を現わし出している顔つきを見、周長徳のテープを聞いて、そういうキッカケがそうさせたことを思うと、人生色んな人と接し、自らの経験を重ね合わせて人は大きくなっていくことを感じた。  

背景画は、海をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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