谷川岳の二日間

〜一ノ倉沢烏帽子沢奥壁南稜・幽の沢V字状岩壁右ルート〜

10月13日 ひどい雨で土合駅泊となった翌朝、一ノ倉出合にテントを張ってから岩場に向かった。「20人くらいは入ったよ」と出 合で写真をとる人に言われ、順番待ちを覚悟。ひどい雨でのため岩場やテールリッジでビバークした人たちが、次々と降りてくる。ノリさんの知り合いが中にい たから、山の世界は狭いものだ。それにして、今日はビバークしないで降りられるだろうか。滝を右岸から巻いてから懸垂で下ると、ロープがからまる。あれま あ、幸先が悪いぞ。


  ところが、テールリッジから中央稜取りつきのテラスに行くと、「南稜??いいなぁ、今日はガラガラですよ」と言われた。ちなみに中央稜は大渋滞中だ。本谷バンドを少し外れながらも辿ると、確かに先行は誰もいない。他にはすぐ後の三人だけだ。よかった。

南 稜テラスで支度して登攀開始。左から岩を越えたところで、屈曲するので短くピッチを切った。目の前のチムニーはビショビショに濡れている。ノリさんは、し ばらく考えたが、エイヤっと越えていった。次のピッチはフェースだ。慎重にリードして上で左側に入ると、またまた濡れていてヌルヌルする。後続パーティ は、ガイドかインストラクターが二人を連れているのか、よくルートを知っている。「この先はリッジだから乾いていると思うが、慎重に」と話していた。その リッジのピッチはノリさんがリード。でも、最後の確保点はもとひどくビショビショだった。

「何これ??!!」なんと大粒の水滴が宙を舞っているではないか。「雨??」 と思うと雲はあるが違う。「浸み出しですよ」と後続パーティに言われる。岩から浸みだした水が、強い風で舞い、大粒の雨のようになっているのだ。当然、岩 場はビチャビチャ。水を避けて登ろうとしたら、滑って尻を打った。どうやら水が光っている所が正規のルートらしい。そこを越えると、最終ピッチだ。A0してでも登れるだろうか。慎重に足を置いて登るが、岩をつかむ指は冷たくて感覚が鈍く、力が入らない。それでも、あと数mで終了点という核心部まで来た。

だ が、次の一歩がどうしても出せない。悪戦苦闘したが、役者不足だ。ノリさんに「おります」と言って、残置ハーケンにシュリンゲをかけて、ロープで懸垂し た。だが、後続パーティのトップは、ここをスルスルと登って行った。力量の違いだ、バランス・クライミングの力量が足らないな、と痛感した。

し かし、一ノ倉沢は「登った」だけでは無事に終わりではない。下りこそが、長くて怖いのだ。重たいロープに懸垂で手間取りながらも南稜テラスに下り、テール リッジを慎重に下った。沢を渡る処まで戻ると、南稜ですぐ後ろにいた三人組が、懸垂して沢を下っていった。行きに懸垂したルートの登り返しがつらそうなの で、そのあとを追いかけた。途中、固定ロープもあり、シャワーを浴びるところもあったが、15時半頃に一ノ倉沢出合に戻ることができた。ここで、本当に「お疲れ様、生還したね」と握手だ。夜はウエケンが合流して、キムチ鍋を囲んだ。


10月14日 朝寝坊して5時に起きたので、出発は6時半近くになった。今日は幽の沢に入るので、旧道をしばら辿る。二年前の教訓で、秋の幽の沢では、アプローチは沢靴が一番だ。きれいなナメ滝を登ってカールボーデンに出ると、ちょっと今年の紅葉はまだ早い感じがする。それはともかく、岩場を見るとたくさんの頭がヘルメットで光る。おやおや、今日は渋滞になりそうだ。

カー ルボーデンのツメあたりでロープを出して、三人ツルベでの行動を始めた。トラバース手前までウエケン、トラバースはノリさんとピッチをすすめたが、二組前 の学生さんがともかくゆっくりで、トラバースに一時間以上も待った。聞けば、一年生の彼は初めてのホンチャン。先輩に連れてきてもらったらしい。しかし、 やっとV字状にたどり着いたら、先行の先輩はルートを外して悪戦苦闘している。無理そうなので、「もっと右だよ」と下から叫んで教えた。次のW+の 立ったピッチをウエケン、そしてトラバース気味にハング下を巻く部分をノリさんがリードして、左にルンゼを曲がるピッチで先行の二人組を支点の関係で抜い た。天気は曇りとなり、なんと言っても風が冷たい。待っている間に身体がガタガタと震える。ウエケンが草付き突入の手前までリード。ここのテラスで昼と なったので待つ間に行動食をとった。そして、上越名物草付壁がご登場。嫌な草付だが、こういう場所だと沢屋で鍛えたノリさんは、生き生きとしている。終了 点の数m前でロープが足らなくなって切ったが、さらにノリさんに行ってもらって、13時半頃に終了点に出た。

こ こで、一番先頭のパーティに追いついて挨拶した。一息入れてロープを仕舞い、後は草付きと踏み跡を登れば登山道だ。しかし、ここも踏み跡は明瞭とは言え ず、決して侮れない。露岩を越え、熊笹をつかんで進んだが、ふと気が付くとルートを外した様だ。どうやら左に踏み跡らしき草の分け目がある。でも、戻るに は足場がない部分があり、トラバースは露岩を横切る処が悪そうだ。戻ろうとしたら案の定足が滑って、草付きの編み跡を数mほど滑った。いやはや、トラバースすべきだったな、こりゃあヒヤリハットだ。あまり沢に行ってないから勘が鈍ったな。ぶつけたところは痛いが、とりあえず少しすりむいた程度で怪我はなく、草付きをつめて14時過ぎに登山道に出た。目の前に武能山がドカンと格好も良く見えていた。

堅 墨尾根は登山道と言っても、「崩壊があるので要注意」との事だ。河原までの間も滑るが、芝倉沢沿いの部分で道は二か所が崩壊していた。慎重に降りて出合に 戻り、今度は天下の舗装がない貴重な「国道」を一ノ倉出合のテントに向かう。出合でテントを撤収し、避難小屋に半ば常駐しているおじさんに挨拶してから下 ると、もう真っ暗だった。

それでも、土合のベースではノリさんの魔法のおかげでビールを入手して乾杯できた。帰りの上越線が宴会となった事は言うまでもない。谷川は、最初から最後までを通じて山なんだ、上越の山って岩だけとか、沢だけとか、じゃない。それを改めて身体で感じた二日間だった。