甲斐駒の遥かなる頂

~黄蓮谷アイスクライミングをめざして~

 私にとって甲 斐駒ケ岳は特別な山だ。山を始めた頃、南アの主な山には何度かの縦走で登った。でも、不思議と甲斐駒に行く機会がないまま、岩や沢等に関心が移ってしまっ た。そして、「甲斐駒には、日本有数の谷や岩がある。もったいないから甲斐駒には、岩や沢から行ける時まで山頂をとっておこう」と決めた。

 数年前、山岳 会の北沢峠集中山行に向けて黄蓮谷から初めての甲斐駒ヶ岳に立った。尾白川の林道から沢に入り、下部を抜けると坊主の滝が堂々とそびえていた。「冬ならば この滝が凍って登れるらしい」と誰かが教えてくれた。アイスクライミングじゃあ縁がないな、とその時は思った。しかし、その後、アイスクライミング手ほど きを受けた。いつしか、「坊主の滝を登攀して黄蓮谷から冬の甲斐駒ケ岳に立ってみたい」との思いが生まれた。この何年か、ZENさんに声をかけて計画を立 てようとしたが、日程が調整できずに来てしまった。

 去年、広河原沢左俣で下の大滝15mをリードして阿弥陀岳御小屋尾根に出た。荷物と装備一式を背負って、冬の谷から山の頂に至るアイルパイン・アイスの充実感を全身に感じた。そして、来年こそは黄蓮谷・右俣をめざしたい、と思った。

 11月初旬、 富士山頂の気温は昨年よりも高かった。だが、二週目に昨年より一週間遅れで寒気が入りだした。昨年は11月半ばに結氷した裏同心ルンゼが、この具合なら 11月23日頃には結氷するだろう…と予想してアイストレを計画した。満さん、ノリさんと出かけたシーズン最初の裏同心は予想通りに結氷し、氷が雪に埋ま らずにテカテカときれいに光っていた。

 翌週は、広河原沢・右俣に入った。やや結氷が遅く、誰も手を付けていない武藤返しの滝をボコボコにしてから、クリスマス・ルンゼに行ったが、水を被るのでリードはあきらめた。

 

 そして、二週間後に広河原沢・3ルンゼに向かった。二週間の間に雪が降り、河原の雪を被った石が歩きにくかった。ここは、大きな氷の滝はあまりなく、三段の大滝もロープを使わなかった。むしろ雪を被った岩やベルグラの岩などを登るのが難しく、ラッセルや、最後のツメでのルートファインディングが印象に残った。阿弥陀岳の山頂に立ち、満さんは「初めての阿弥陀岳山頂だ」と言っていた。

 いよいよ、天 皇誕生日の連休にもう一日加えて黄蓮谷だ!…そう決めて準備を始めた。だが、週刊寒気予報を見ると、週の半ばに二つ玉風に南岸低気圧が通過する。寒気の具 合から見ると、大量の降雪となる可能性がある。もともと、「冬の谷」は雪崩の巣で、足を踏み入れてはならない場所だ。黄蓮谷の場合、x30㎝以上の降雪が あった直後は危険と言われ、本格的な雪が降ったら滝も埋まってラッセル地獄だけが待っている。

 週の半ば、天候は河口湖で積雪19㎝にもなる大雪。さらに下界で雨が降り続き、山の上は当然ながら雪だろう。「今年の黄蓮谷は中止」と決めたが、後ろ髪をひかれる思いは消えない。FACEBOOK・アイスクライミングのグループに愚痴を書いたら、「中止が妥当」とプロガイド級の方がコメントしてくれた。「12月第3週くらいまでがよい」「11月に雪が降る前に結氷した時に登ったら、氷のナメが素晴らしかった。」とも。

 結 局、今年の連休は、八ヶ岳でジョウゴ沢と南沢大滝に出かけた。ジョウゴ沢大滝では、やはり「黄蓮谷に今年も行きそこなった」という労山の仲間に会った。翌 日、初めての南沢大滝を緊張しながらリードした。スクリューのセットに課題を残したが、50mの大滝をリードできたことは喜びだった。だが、八ヶ岳からの 帰りの車内でスマホを確認すると、「黄蓮谷で雪崩事故。4パーティ11名が入山中に雪崩が発生し女性1名が重傷。ヘリで救助」とのニュースが伝えられてい た。心の中を複雑な思いが交錯した。

雪の量が増えると山頂をめざす黄蓮谷の時期は終わりだ。11月から12月のわずかな期間、来年こそは憧れの谷に入り、坊主の滝を登攀して冬の甲斐駒に立ちたいと思う。遥かなる頂を夢見ながら、今年の雪山シーズンはまだ始まったばかりである。