室堂〜穂高 大名山行
熊野谿 寛
「新婚旅行どこにいこうか・・・」「ヨーロッパアルプスならモンブランに行きたいな」などと言っていたものの、どうも山の神殿のアイゼンワークは心もとな
い。それに直前まで忙しい仕事でトレーニングもできそうにないということもあって、国内へ眼を転じましょう、ということになった。しかし、北海道は昨年こ
ぶしで行っているのでパス。そしてたどりついたのが全て小屋泊まり、金に糸目はつけない、立山から穂高まで雲ノ平経由というロング縦走。題して「大名山
行」でありました。
8月1日(火) 朝の7:30のあずさが大雨のため遅れ、30分ほど遅れて信濃大町には1100に到着。室堂に1425到着したものの外は激しい雨だった。ビジターセンターで計画書を提出し、1445雨具を着て出発。雪渓を
何度か通り、1530一ノ越小屋に到着した。雨がひどいので雄山往復を省略、うだうだと小屋で食事を待った。
風呂があったのは予想外ではあったが、最初から雨とは、ともう一つ気勢があがらなかった。とは言え、「新婚旅行で穂高まで行きます。」と言うと、同室のご
夫婦がたはみな、「いいわねー」と異口同音に言われるのは、下界とは逆である。(下界では「なにそれ!」と言われる。)やっぱり山の中・・・。
8月2日(水) 6時朝食で0625に出発する。雨も時折ぱらつく天気であるが、龍王岳へののぼりで雷鳥に出会う。鬼岳の下
りで大きな雪渓をトラバースする。一部下りが急なので軽アイゼンを装着した。0825獅子岳着。ここで「あらぁ」という声、なんと川崎労山の人たちだった。記念写真を撮り、
すれ違う。山は狭いものだ。
五色には1000到着。期待したほどの高
山植物はないが、天候は回復し立山がみえてきた。あちこちに雪田がひろがり、小屋は一つはしまっていた。ここで昼食とする。弁当まで頼んだので、なんだか
少々物足りない。
ここからが長い長い登り下りの
連続となった。単独行の男性と追いつ追われつしながら鳶山に1110、越中沢岳1250、と進み、スゴの頭1350あたりではもういい加減げんなりしてしまった。スゴ乗越の小屋が見えても一向に近くなら
ない。ビール、ビールとうめきながら乗越に1430、小屋には1525到着した。小屋は水が豊富で身体を濡れタオルで拭き、洗濯までしてしまった。食事もコン
ビーフシチューがとてもおいしく、大満足であった。
8月3日(木) 今日はやっとピークらしいピークに立つ日である。天気は快晴、いでたちも短パ
ンとなった。0605出発し、間山の登りにかかる。後ろに立山が、前方左に槍が見え始めた。0702間山到着。稜線は風が強
く、暑くはない。0844 北薬師、そしてついに0932薬師岳に立った。薬師沢側の斜面には雪渓が大量に残り、展望は槍も立山も美しく見えた。
ここで昼食をとり、1012まで大休止した。
下りは快適だが所々雪渓を横切
る。薬師小屋には1042
、太郎平小屋に1152に到着するとなんだか急
ににぎやかになった。ここからは急な下りをひたすらに下り、薬師沢小屋へ1405
に到着するころにはひたすら、ビールを心待ちにしていた。小
屋の手前は湿原が美しかった。小屋についてあとは、日課通りの(?)ビールと昼寝と洗濯の繰り返し、ただし短パンの足はひりひりと大変であった。
8月4日(金) 0555出発し、まずひたすらしんどい急な登りにかかる。岩も滑り、樹林の中は暑苦しい。そんな
苦しさを2時間も我慢して「アラスカ庭園」に0750到着した。ここからは三俣蓮華や黒部五郎などが美しい。そして続く奥日本庭園は、花が美
しい。いっぺんに元気になるから現金なものだ。途中アルプス庭園が雪渓ばかりだったりしたものの、花と展望を楽しんで雲の平山荘に0930到着した。山荘では高天
原に客をもっていかれるとかで、「風呂はつよいなぁ」とぼやいていた。ここで昼食をつくり、1020までのんびりして、高天原に向かった。奥スイス庭園らしきところは雪渓だらけでよくわか
らなかったが、そのうち急な高天原峠の下りにかかった。峠には1140到着。ここからは温泉をひたすら楽しみに進む。しかし、高天原へ入って呆然、あまりに美
しい湿原とニッコウキスゲなどの群落である。尾瀬のどことなく鑑賞用となった感じのものではなく、規模こそ小さいが、まさに神々の集う地にふさわしい美
しさである。小屋でビールを飲み、温泉に向かう。片道20分から30分かかるが、日焼けにひりひりの温泉は心地良かった。残念なのは小屋が混雑し、30人からのおばさん達がうるさ
くて大変だったことである。食事もあざみのてんぷらなどが出ておいしかったものの、混雑しているのに順番は「早いもの勝ち」であったのはどうもいただけな
かった。
8月5日(土) 0550出発。前日風呂に入ったら時間切れになった水晶池に向かう。なだらかな登りを歩き、0635 水晶池についた。と
ころが、なんと池は枯れていた。なんの間違いか、水晶水溜りで写真をとり、やや足どり重く、岩苔乗越に向かった。次第に樹林が混んできて、かきわけるよう
に進んだが、岩苔乗越を目前にして沢が迫るとようやく開けた。岩苔乗越への登り斜面付近は雪渓がいっぱいで、花が咲き乱れていた。ここでまた機嫌は良くな
るから人間、現金なものである。0840に乗越着。0922に祖父岳に到着すると、槍が雲に見えかくれしていた。再び雲の平におり、スイス庭園へ向
かう。1035についたスイス庭園は、思わず岩の上で寝ころんでしまうほど気持ちの良いところであっ
た。雲の平キャンプ地では雪渓からの水が引いてあり、綺麗なトイレまで整備されていた。雪渓が大きく、雪上訓練をしているパーティもかなりあった。ここで
昼をつくり、1145に雲の平を後にした。今度はのんびり定着の合宿で来てみたい所である。登山道のあちこち
が雪渓でうまっていたが、雪渓の雪解け水はとても冷たくおいしかった。三俣へ祖父岳を巻く道をすすみ、黒部川源流を横切って1355三俣山荘に着いた。
さてここで三俣に泊まるのには
目的があった。つまり、あのステーキである。混雑でおしこめられ、台風が接近していると聞いても、高天原の温泉と三俣のステーキは落しがたい。遅くまで
待ってのステーキの味はなかなかであった。
8月6日(日) どこでも小屋では気象通報をとる人は他にはいなかったが、大名でもなんでもと
にかくこれだけは毎日書いていた。そして全く予想通りに、台風が接近する。そろそろ彼女も疲れているようなので、無理すれば行動できる状態だがあっさり停
滞する。翌日は抜けて良くなるという予報と天気図だったので、彼女は一日昼寝。僕は「黒部の山賊」の本を読み終える。ほとんどの人は「鏡平まででも、」と
いって行動する。小屋は今日も混んだ。
8月7日(月)天気 雨。だんだん回復するというので様子を見て、「もう、この小屋は混むから
先へ行きたい」といわれ、7時すぎに出発とする。ところが・・・。信じ難いことに、出発しようと準備し、靴をとりに行くと朝まであった並べてひもまでから
げておいた彼女の靴が無い!!さぁ大変だ。小屋の人に話し、小屋中の人に自分の靴を持ってもらい残った靴は、濡れネズミの大きめの靴だった。ひどい奴がい
るものだ。小屋主の伊藤正一さんまで騒がせてしまったが、しかたない、これを履いて行くことにする。しかし、まわり人はみな親切で協力的であったのが、救
いである。そしてこの騒ぎの中、「あれぇ!」という声、見れば安田さんである。ご主人もいっしょ。もちろんファミリーみな勢ぞろい。これで2年連続して安
田さんに会ったことになる。本当に山はせまい!?
このようなわけで出発は0810となった。ガスの中だが
三俣蓮華に0855登り、双六岳に向かう。ふと見ると雷鳥がころころした子どもを連れて道の真ん中を散歩し
ている。1005双六岳に到着。双六の肩からの登山道は雪渓のため通行禁止で、巻き道を使う。1050に双六小屋につき、ここ
でラーメンを食べて靴を捜すが、見つからない。あきらめて、1120出発する。ガスのなか、単調な西鎌尾根を歩く。所々に雪渓があるがたいしたことはない。1420千丈沢乗越をすぎるとだ
いぶ彼女がへばる。それでもなんとか1518に槍ケ岳山荘に到着した。
8月8日(火) 一夜あければ快晴である。しかし、槍の穂先で日の出を見るには、4時には出な
くては渋滞で上まで登れないことは周知のことである。そこで怠慢に日の出は小屋の前で見て、朝食後に空いた槍に登ろうという事にする。0545に小屋を出て、0607槍の穂先に着いた。遠く
立山の方向も見える。あそこから歩いてきたのかと、感慨深い。そして小屋に戻り、0710今度は穂高に出発する。大喰岳0725、中岳0752、と離れるに従って槍が美しくなる。中岳の下り斜面にびっくりするほどの雪渓があった
が、道はそのわきで安心する。0845南岳で屏風の頭をながめ、昨年9月に新築なった小屋でコーヒーを飲む。雪渓はやはり1ケ
月以上も遅い感じで残っているとのことだ。0910にキレットへむけて出発する。なにせ人が多く、落石を落とす人もある。北穂の登りで単独
行の大学生が「落石を落としたので恐くて・・・、一緒に行って下さい」というので同行する。前回はガスと雨の中で通過したのだが、あの時の方が人は少ない
し、下も見えないので楽だったかな、などと思う。1133に北穂小屋に着き、昼食を作る。1210までのんびりして、北峰をへて奥穂に向かう。松濤岩を回り込むところが雪渓で埋まってい
たのにはびっくりした。単独行氏はいまにもスリップしそうなのでバックステップを少し教え、南稜を下ることを勧める。一人でテントかついで雪もある穂高に
初めて来たのでは降りた方がかしこい。奥穂は空身で往復すればいいのだ。ザイテングラードも雪で埋まっているとの話しであったので、南稜を降りる彼を見
送ってほっとした。
さて、しかし一難去ってまた一
難。今度は渋滞である。渋滞の先頭は、のんびり写真など撮って動かない中高年のおじさんである。困ったものだ。しばしこらえ、抜ける所で抜いてからは順調
だった。ガスがでてしまったものの、1413涸沢岳に着。奥穂の小屋に1435到着した。今回は、ここでたくさんみやげを下りボッカする運命なのでどうしてもここに泊
まる必要がある。1000円上乗せで6人部屋に入れるので、そのようにする。なにせここは穂高である。「金の切れ
目は命の切れ目」。6000円出せば個室なのだが、一般の部屋は空いていても詰めて行くという評判の通り、大変だっ
たようだ。そのようなわけで、この小屋はどうも気にいらないが、洗面台はホテルのようであるし、整っていることは確かである。
8月9日(水) 朝は10分少々でかけ上がって、涸沢岳の上で日の出を見る。朝日に染まる雪渓が美しい。涸沢の
カールもほとんど白い。そして0600過ぎに出発しようとするが、またまたあの昨日のおじさんが、梯子と鎖のところで止まって
は写真を撮っているための渋滞が起きているので、モーニングコーヒーとする。ここは穂高の小屋なのだ・・・と忍耐する。30分もすると空いたので出発。0659奥穂の上に立つ。360度のパノラマである。ここ
を0723に出て、ジャンダルムへ向かう。本当は西穂までの計画だったが、彼女も靴をとられたこと
だし、コースに不安があるということなので、ジャンダルムだけ往復することにしたのだ。馬の背は、なんだかバットレスの4尾根の方が易しかったような気が
する。浮き石が多いことと、鎖などのハーケンが錆びているのであまり善い気分ではない。0819ジャンダルムの上に立つ。展望はすばらしい。0840まで展望を楽しみ、0934に奥穂に戻った。そして
ふと見ればガスがわきつつあった。0953に奥穂を出て、今度は前穂に向かう。紀美子平に1055着し、昼食後1110に前穂に向かう。1137についた前穂のピークは
残念ながらガスで何も見えない。今回の長い山行で最後のピークなのに残念である。1153までねばったもののだめで、1217紀美子平に戻り、1235岳沢へ向けて下山する。最後まで山の中で送りたいので岳沢泊まりとする。1407岳沢着。奥明神沢が雪渓
で全て埋まっていたのが印象に残った。小屋は家族連れが多い。期待した風呂は今日はない、ふとんも夜でないと出てこない、ということで、ややがっかりの小
屋ではあった。
8月10日(木) ついに下山日である。のんびりと0645に岳沢をでて、0802に河童橋に着いた。朝か
らビールもなんなのでアイスを食べ、ビジターセンターを見学し、明神池を眺め、バスターミナルで観光客に見物されながら残りのジフィーズを作って食べた。
明神池ではなんと髪の毛にトリカブトの花をそれとは知らずに差している女性がいたのには、びっくりした。(そう教えられた時の本人はもっとびっくりしてい
た・・・、あれで高山植物を折らなくなるかな)みやげものを買い込んで、本当に下山したなぁと思う。
長いようで早かった山行〜最後は白骨温泉へ。う
だうだと風呂に5回も入り、すっかりゆであがった。ちなみに露天風呂はバス停下で誰でも無料で入れるものの、入らずじまいであった。かくて新婚旅行ならぬ
大名山行は終わった。
付録 山小屋番付
以下に今回泊まった小屋につい
て番付をつけてみました。独断と偏見ですが、食事、混雑度、その他で考えたので、小屋の人たちお許しあれ。
1位 スゴ乗越小屋 北アルプス
の中で最も不便な所と思うのに、すばらしい。なんと言ってもあのコンビーフシチューはおいしかったし、空いていたし、小屋の人も好感が持てた。水も豊富で
今回の山行の中で一番。文句無し。
2位 高天原山荘 温泉もさるこ
とながら食事もどうやって上げたのか冷や奴がでたり、あざみの葉のてんぷらに煮物など良かった。でも、食事の順番は指定した方が良いですよ。それと団体さ
んの連泊でも、寝るスペースは平等になるように再配置してほしいですね。
3位 薬師沢小屋 夕方になっ
て、「空いているのでこちらへどうぞ」と動かす気配りに感服。なめこ汁もおいしかった。欲を言うとトイレが少ないことと水は豊富なのに蛇口が少なくて大変
でした。
4位 三俣山荘 ステーキ、ケー
キセット、などそんなに高くもなくおいしかった。ムードは満点です。でも靴事件をよく考えて見ると、靴につける名札を配るとか、靴の置く位置を指定するこ
ともどうか検討してほしいものです。混むのはしかたないけど、あんな思いをする人が二度とでないために・・・。でも親切にさがしてくれてありがとうさんで
した。
5位 槍ケ岳山荘 大きいことは
いいことだ。小屋としての基本機能はきちんとしていましたし、つめこみもありませんでした。
以下はあまり印象の良くない小
屋です。
・一の越 風呂があるのはいいの
ですが、他はあまり印象にありません。
・穂高岳山荘 CDもいいでしょ
う。おみやげやさんみたいに沢山みやげもあります。が、食事は旅館みたいでした。考えてしまうのは、「金が有れば」なんとかなるという印象が強いからで
す。穂高が「観光地」化したなかでそういうニーズもあるのでしょうが、どうも抵抗が有ります。やっぱり北穂の小屋に泊まれば良かったかな。
・岳沢 静かで良い所です。で
もつかれた人は着いてすぐに寝たい人もいるのではありませんかね。