ワンゲル・山岳部の活動とクラブ顧問の役割について

1989

                                                                    熊野谿 寛

 

はじめに

 山岳部及びワンゲル部などの山 岳等を活動の舞台とする活動は、一般のクラブ活動とは大きく異なった性格を帯びている。それは、活動の舞台となる山岳地域そのものが、他のクラブ活動とは 異なって、自然そのものの中にあること、従って天候の変化を始めとした自然の変化を避けることができず、逆にそうした自然そのものとのかかわりに活動の意 義が存在するものであることによっている。こうした特質を持つ山岳部およびワンゲル部などの顧問の役割には、当然他の運動部にはないものが要求される。こ れが最も問われるのは、「事故」や突発事態に直面した場合である。こうした場合の顧問の判断は、ひとつ間違えば常に「業務上過失致死・傷害」等の刑事責任 の追及、及び学校をも巻き込んだ「損害賠償請求」の民事訴訟に発展する。このことは同じ登山活動を行っても、一般の社会人や大学での山岳会での事故が、 「危険引受」の理論(自らが危険の可能性を自覚しながら登山−岩登りや雪山など−に臨んだのであるから、故意や重大な過失が存在しなければ責任は問えない とする法律上の理論)によって、通常は民事・刑事共に法的な責任を問われることがないのとは異なっている。未成年であり、しかも学校教育活動の一貫という 性格を持つ部活動としての山岳活動には、この「危険引受」の概念は一般に適用されない。このことは、これまでの「山岳遭難裁判」の多くが高校等の山岳部の 事故についてのものであることにも明瞭に現われている。

 しかし同時に、こうした裁判の 判例は、「山岳部の顧問の役割について」一定の法的及び社会的な基準を示していると考えることができよう。以下に、これまでの主な事例を検討し、山岳部の 顧問の役割を中心に、山岳部及びワンゲル部の活動のあり方を含め、どのような基準が必要であるか、考えてみたい。

 

1.芦別岳夫婦岩遭難事件(昭和27628日 発生)について

 

事件概要 芦別高校山岳部6人が 顧問に引率されて芦別岳に登山中、はじめての「旧道」コースを間違え、「地獄谷」に迷い込んだ。顧問は強引に前進を指示し、激流に阻まれると、夫婦岩を登 攀して旧道に戻ることを企てた。傾斜57度全長300mの岩場を下から見える30mだけと誤認し、岩登りの経験のない部員を登らせた結果、2名があと30mの地点で墜落死亡した。判 決は有罪、業務上過失致死で罰金3万円。

 

 この芦別高校遭難事件は、「業 務上過失」が問われた最初の裁判であったが、判決は顧問の責任について次のような基準を示し、有名になった。

 「・・・まず事前にコース・気 象状態・岩質・地形などについて充分調査を遂げたうえ、これらの諸条件に装備食糧その他の携行品を整える等周到な登山準備をし、登攀を開始した後であって も岩壁等の難所に遭遇した場合は、直ちに登攀することなく予め岩壁の全容を観察して前後の措置を判断し、かりに登攀可能と判断しても途中において危険を予 知する場合は、潔く引返す等、緩急に応じて応急の措置をとり、以って事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにA教諭はこれを怠った。」

  すなわち(1)事前の調査と準備 (2)コースを正しく設定し判断 する (3)危険箇所を未然に回避する という3つが顧問の「注意義務」であったとするのである。言 い替えれば顧問には、こうした判断を行なうだけの能力が要求されるのであり、その能力をこえた計画を立てれば、常にその責任を問われるということである。 しかし、この事例の場合の最大の問題は、コースを間違えたら確認できる所まで戻る、という登山の鉄則を踏み外した所にあるのではないかと思われる。

 

2.朝日連峰遭難事件 (昭和4245日 発生)について

 

事件概要 山形市立商業高校山岳 部4人が、顧問に引率されて朝日連峰で春山合宿を行なっていたが、途中から悪天となり一人が疲労して倒れたため緊急露営したが凍死した。翌朝、朝食もとら ずに出発したが、2名が空腹を訴え、顧問は衰弱していた残りの1名を小屋に避難させるため先行することにし、2名には食事をとってから来るように指示し た。しかし、2名は小屋に到着せず、その場で凍死した。6年間に渡り争われたが、判決は無罪。「注意義務違反を認めるにはたらない」とされた。

 

 この事件は「無罪」となった が、2つの点で注目された。

 その第1は、「課外活動として のクラブ活動」の業務性について、明確に認めたことである。これは「業務とは、本来人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行なう行為であって、かつそ の行為は他人の生命自体に危害を加える虞あることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによって収入を得るにあるとその他の欲望を充すにあるとは問わ ないと解すべきである。」(最高裁昭和33418日判決)という判例をふまえたものである。今日では、この点は疑い得ない判例として確立 している。

 第2には、検察が当時の遭難の 多発への社会的な批判の強まりを背景に、登山のリーダーの責任を厳しく問う姿勢に立ったことである。検察は、この事件の場合には「(1)悪天候、悪条件で避難する 義務、(2)適当な場所に不時露営する義務、(3)万一前進を続ける場合も状況に応じて臨機休養、摂食、採暖等の措置をとる義務、(4)救護のため必要な措置をな す義務」があったとしている。そして「自己の登山経験と生徒らの体力を過信するの余り、漫然生徒を引率してそのまま」前進した、と禁固8ケ月を求刑した。 しかし、判決は、「注意義務違反」については「基準行為」(通常、注意深い人ならばその状況でするであろう行為)を怠ったと「法的に評価できる」ことが必 要として、「これを認めるには足らない」として無罪とした。この背景には、このコースが毎年の春山合宿コースであったこと、顧問にはこのコースについての 十分な経験と知識があり、前進することが一番安全なコースであったと判断されたことなどがあると考えられる。従って「不幸な事故」と呼ぶことができるだろ うが、テント内での凍死は防げなかったとしても、翌日の2名については、「高校生の体力は精神的な衝撃によって急激に失われることがある」という特徴をど のように考えるか、リーダーの判断が問われる部分であろう。

 しかしこの事件は、逗子開成高 校八方尾根全員遭難事件などとは根本的に違う。逗子開成の事例(昭和5512月発生)では、後立山の冬山登山そのものが初めてであり、顧問にも十分な冬山の経験がな かった。このため、荒天にもかかわらず行動し、緊急露営の用意もなくテントに戻ることができないまでに前進し、雪洞を掘ることもなく下山を強行した結果、 沢筋に迷い込み全員が遭難死亡したものである。一晩で2m程度のドカ雪が平気で降る後立山の山域と広くて迷いやすいコースの特質を考えれば、この計画その ものに無理があった。さらに、荒天での行動についても論外である。この逗子開成の事件は民事で争われ、和解したが、判決であれば厳しく責任を問うものと なったであろう。(3.都立航空高専将棋頭雪崩遭難事故の場合参照)この場合は、顧問も死亡したため刑事責任は問われなかった。

 

3.都立航空高専将棋頭雪崩遭難 事故 (昭和52331日 発生)について

 

事件概要 都立航空高専山岳部が 春山合宿として中央アルプスの縦走を行った。しかし、途中で荒天となり、いったんは西駒山荘に避難した。予備の燃料及び食料も十分にあったが、「部員の家 庭で心配する」等の理由からエスケープして下山することに決定した。しかし、晴天が2日続いて凍結した後に吹雪で大量の新雪が積もった雪面は雪崩やすい状 態であった。将棋頭山の山腹をトラバースしている途中で新雪の斜面に密集して行動したため雪崩を誘発して部員8名のうち7名が死亡した。顧問2名は最後尾 におり、無事であった。

 遺族が学校と都を相手として損 害賠償請求を行った。顧問および都側は一貫して「不可抗力」を主張した。一審では原告の請求が棄却されたが、二審では山岳関係者の協力などもあって、顧問 の過失を認めて「公務員による損害」として都への賠償を命じた。

 

 この事件は、遺族による損害賠 償として本格的な民事訴訟となり、判決に至った事例である。また、同時に、同時期の静岡体文協八ケ岳遭難事件(いわゆる「安本訴訟」)、関西大倉山高校山 岳部八ケ岳遭難事件、及び先に触れた逗子開成高校八方尾根全員遭難事件などとともに、「無知による無謀遭難事件」の代表的な事例として問題にされた。特 に、朝日新聞の本多勝一記者などの記事では再三取り上げられて注目された。

 問題とされたことは、顧問教諭 の判断基準である。第1に、安全な小屋からの下山を「家族が心配する」などという理由で決定したことである。晴天の続いた後の新雪は最も雪崩の発生しやす い条件である。通常は雪が落ちつくのを待つのが常識である。次に、下山コースに将棋頭をへるコース(沢ぞいで雪崩地帯を通過する)をとったことである。稜 線から尾根をへて下山することが雪山の鉄則である。さらに、第3には、将棋頭の新雪の大斜面を大勢でかけ声さえかけさせて横切った事である。その際、雪面 の雪柱による弱層試験すら行っていない。雪面でのトラバースは通常は行わないのが雪山の常識であり、どうしても必要な場合は、弱層試験を行うことが簡単に できる。これらの点からすれば総じて、この顧問には雪山の行動についての基本的な知識と判断能力が全くなかったと判断される。こうした結果、山岳関係者の 多くが「無知による無謀遭難」として批判し、2審における原告勝訴・都側の敗訴となったと考えられる。従って事例としては逗子開成高校の場合と同様であろ う。また、同様の事例に近いものとして「安本訴訟」があるが、これも「一般公募」による「ハイキング」という名目で5月の八ケ岳(横岳〜赤岳)にアイゼン ももたない集団を連れていったための滑落死亡事故である。この場合も被告が責任を認める形で「和解」している。(春の横岳〜赤岳稜線は、冬よりも滑落しや すい状態にある。通常は雪山中級者がピッケル・アイゼンに加えてザイルを持参して取り組む課題である。)

 

 

4.考察 その1 リーダーの能 力について

 

 以上の事例をふまえるならば、 顧問には山行リーダーとしての能力と責任が問われていることが解る。しかもここで留意すべき点は、「社会人の山岳会」などでの雪山や岩登り中の事故などに ついては、「危険引受」の概念が成り立つのに対して、学校のクラブ活動ではこれが認められないと言うことである。従って、一般に山岳部等の顧問には、山行 のリーダーとして一般の山岳会のリーダー以上に重い責任が問われると考えることができる。

 それでは具体的に、どのような 能力が求められるのであろうか。この点について、これまでみた事例のあげている基準は、(1)山行への事前の調査と準備、充分な装備の準備、(2)行動中のコースの的確な指 示と危険の回避、(3)荒天での停滞や不時露営の的確な判断と準備、(4)メンバーの状態の把握と統 制及び救護の確保、に集約することができるだろう。

 それでは、このためにはどのよ うな能力が必要であろうか。山行技術面では、三重県高体連山岳部長などを歴任した吉住友一氏は、その経験をふまえて、「沢、岩、氷雪の技術」を中心に「や る、やらないは別問題。あらゆる事態に備え、また活動の巾を広げていくためにも、オールラウンドの技術を持つべきである。」として、次のような技術の習得 を顧問に求めている。

 (1)岩登りでは、四級から五級の岩場をフリーで登れる技術。他に確保技術等を含む。

 (2)冬山は、中央アルプスなり後立山連峰あたりの縦走を可能にする技術。

 

 この他にも、一般に登山の基礎 としてリーダーに必要な能力がある。これについて例えば、神奈川県勤労者山岳連盟では「初級リーダー学校」の教程として次のような課程を設けている。

 (1)氷雪技術 4月 雪上技術 について机上講習 5月 谷川岳マチガ沢での雪上訓練

   12月 富士山での雪上訓練 1 月 深雪技術机上講習 1月末 谷川岳での深雪訓練(雪崩回避判断含む)

 (2)岩登り技術 7月 鷹取山 での3点支持、確保、脱出などの訓練 8月 三ツ峠での登攀及び確保の訓練 

 (3)沢登り技術 9月 沢登り 全般についての机上講習 10月 2級程度の沢での泊を伴う沢登りとビバークの訓練

 (4)生活技術と安全確保など  5月 夏山気象について机上講習(気象通報含む)

   6月 遭難対策の机上講習 (山行リーダーの役割と組織など)

   7月 地形図の読み方机上 講習 7月 救急法講習会  11月 雪山の生活技術について机上講習 12  冬山の天気と気象 

 (5)理念 8月 登山の歴史について講習   11月  登山理念について講習

   2月 山岳会の教育活動について 講習

 

 こうした講習をへてリーダーと しての基礎を学ぶことができる。このうち特に議論になりうるのは氷雪技術と岩登りの技術であろう。しかし、高校での山岳部及びワンゲル部は、「冬山と岩登 り」は行なわないという前提をおいたとしてもなおこうした技術は顧問には必要である。まず岩登りについて言えば、どのような縦走路でも岩場はつきものだあ るのに、岩登りの基礎訓練なしにはこれらに安全に対することが困難だからである。現実に今日の遭難事故の最も多数は夏山の岩場などでの滑落が占めている。 これらは岩登り的な身のこなしを訓練されていれば、ほとんどが避けられた事故である。従ってその訓練ができるだけの基礎技術が必要である。さらに、氷雪に ついても、どこでもすこし高山に行けば夏でも雪渓があるという事を考えねばならない。雪渓は状態によっては冬の雪よりも危険であり、安全な登攀と下降のた めにも氷雪技術は必要である。さらに、天幕での縦走を指導するには、冬山での天幕縦走で無駄のない行動を身につけることが最も教育的である。

 さらに言えば、これらは一度に 習得できるものではないが、以上の技術を習得し向上しようとする姿勢を保つことができてこそ、生徒を登山活動において高め、安全を確保することが可能とな るのではないか。生徒が雪山を計画したとしても、それだけの力量があれば、権威を技術面でも保ち、無謀な計画をやめさせることもできる。

 

5.考察 その2 山行について の諸問題

 

 こうした顧問のリーダーとして の役割を前提として、山行において確保されるべき条件にはどのようなことがあるのだろうか。

 まず、判例などの事例を考える 場合に前提としなければならないのは、山行の安全と成功は顧問の技術及び経験によって大きく変わるという事実である。先の判例から要請されることは、「事 前の調査」が求められるが、それは「下見」を必要とする場合もあるし、「下見」したとしても必要なことがつかめない場合もある。しかし、基本的には、ルー トを顧問は直前でなくても.ルートの中心部は事前に経験し、事前にルートの状況、エスケープルートなどについてを含め、全貌をつかむことが求められる。

 次に求められるのは、適正な規 模の確保である。これもコースや幕営か小屋か等によって大きく違う。しかし、幕営山行では、10名程度を越えると食事にしても一度では困難になり、ミーティングを開くことに困難が生ず る。特に荒天時に全員を直接把握する事を考えると、10名程度が一度にテントに集まれる限度である。さらに行動の面でも、コースによっては長い 密集した行列は危険な場合もある。生徒のサブリーダーを生かすとしても、15名程度が一つの限界であろう。20名を越えるような山行は、小屋泊まりであっても困難であり、(小屋そのものも混雑の原因 となる。)そのような場合は、6人程度で1つの班を組み、顧問か経験のあるものがつかなければ統制は困難である。(例えば、県立湘南高校の場合、20名以 上なので、7名程度の隊を3つ組み、顧問も3名ついている。)統制の乱れは事故の原因ともなるので、第1の条件である。

 この他に、山行目的の明確化は 欠かすことができない。特に技術的な水準をふまえた目的が明確でないと、荒天時にエスケープするかどうかの判断などが混乱を呼びやすい。また、この目的を ふまえて、装備の準備・事前訓練・事前学習などが必要である。なにがその内容であるかは多くの項目があるが、何が必要かはルート研究と山行目的によって規 定されて来るということができるだろう。

 日程についても、特に長期の山 行は予備日を1日〜2日とることが常識的に必要である。

 最後に、こうした山行内容につ いて保護者に通知し、周知すること、参加承諾書を提出させることも必要である。これによっても「危険引受」の原理が適用されることはないが、都立航空高専 の場合の様に「予備日」の消化を嫌う場合が生まれやすいので、「予備日」の性格については充分に周知する必要がある。また、部員がクラブの山行と偽って個 人山行を行なう場合も過去にはあったので、承諾書の提出が特に必要である。個人山行については、どのように扱うかは難しい問題である。基本としては、これ を行なわずにすむ程度の山行と活動をくむことが望ましい。純然たる個人山行であっても、いわばクラブ活動に触発された山行としての性格は否定できない場合 も多く、事故の場合には道義的な指導責任が問われる。従って、基本としては個人山行は認めず、部活動を活性化することで対応し、これで対応しきれない部分 については、保護者の同意のもとで責任ある社会人山岳会などに加入して教育を受けることをすすめることが妥当であろう。