ドゥルーズのシミュラークル論は、ある時期までのドゥルーズの中心概念であった。そのシミュラークル概念は、たとえばボードリヤールのものとはまったく違う射程を持つ。後の『シネマ』のイメージ論をも意識しながら、彼のシミュラークル論を検討する。


「プラトンとシミュラークル」

  1. プラトンのイメージ論
    ○『ソピステス』235-236
    真似る技術には二種類
    1)似像(eikon)を作る技術(eikastiken)
    モデルの長さ・幅・奥行きについて比率が正しい

    2)見かけだけを作る技術(phantastiken)
    ソフィスト=在らぬ者がある と 称する腹話術師

    ソフィストの反論
    影像とは何か
    水や鏡に映った像、絵に描かれた像、彫刻につくられた像
    (Deleuze) 存在が非存在にからみあう。l'etre s'enlace au non-etre = あらぬものがなんらかの仕方であること

    父親殺し(父パルメニデスの哲学に反するのではないか)(241D)
    =あらぬものが何らかの仕方であること、あるものが何らかの仕方であらぬことを認めること


 

  1. 分割という方法

    1 プラトニズムの転倒
     ニーチェ的な問い。
    たんにプラトンを批判する理論を提出するのではなく、プラトンの動機付けをあばくこと
    そのため、ソフィストをソクラテスと区別できないところまで押し詰める(「私的な場で短い議論によって働くイロニスト」とはソクラテスそのひとのことではないのか)315
     プラトニズムにとって危険な議論。
     プラトニズム自体が、プラトニズムを転倒させる契機をはらんでいることを示すこと。

    2 分割の方法の真の目的 (312-313)
     イデアの理論の動機=選択し分類する意志、差異を作ること。(差異の目録)

    分割の方法(ソフィスト、ポリティコス)diairesis=弁証法(問答法)のすべての力を集めて、別の力とそれを融合させる。

    ふつうの解釈=たんなる種への分類?不当な三段論法?(アリストテレス『分析論』前、31章、後、第二巻5章)

    分割の真の目的(ドゥルーズの解釈)=系統を選ぶこと。selectionner des lignees, distinguer des pretendants, dintinguer le pur et l'impur, l'authentique et l'inauthenthique.


    参照:

    1. 加藤信朗、『ギリシア哲学史162-』219c7=「形相相互の連関を表し出すこと」と「探求の主題をこの網の目の内に位置づけること」は同時である。普通は前者は後者のため。後者は実は前者のため。
      納富論文
      多様性:あるひとつのモデルにおいて、たとえば「若人の狩人」として規定する際にすり抜けてしまうこと、そこに顕在化する
      差異に由来
      差異が考察の場と視点を動かしていく
      モデルの論法:表出関係にあるものの間の同一性と差異を追う探求の方法
      一般抽象概念には回収されない
      言葉はひとつの動き:語りそのものが差異づけの働きである。


    探求の主題がそれによってなる、いくつかの形相を輝かせること。
    形相相互の同族性と異他性

    eidolopoiike
    ソフィストの存在が捉えがたい者であること。(多頭の怪物)

    3 神話と哲学(313)
    分割そのものの不可欠な要素
     ディアレクティケーと神話の力を結合する。

     『パイドロス』
    魂の自己運動と不死性
    翼の生えた馬と御者
     天界でどれだけ真実ontos on, idea を見たかによって、哲学者、美を愛する者、詩人、恋する者からソフィストまで振り分けられる 理念的な対象のイデア性

    神話と哲学の区別そのものを越えたものが哲学。

    分有されないもの(単純者)はすべて、自己自身の力で分有されるものを存在せしめ、分有される存在はすべて、自己に先立つ分有されない実在につながっている

    分割は概念の種別化ではなく イデアの正統化である

    ソフィスト
    一瞬のきらめきのなかで、シミュラークルがたんなる偽のコピーではなく、コピーの概念そのものを問題にすること。



 

  1. イデア論とシミュラークル
    区別
    copies-icones (eikon)
    simulacres-phantasmes (Sophistes, 236 b, 264 c)

    コピー:事物から他の事物へ ではなく、事物からイデアへ
    イデアが、関係と比例を含み、内的な本質を構成しているから
    使用者、生産者、模倣者(国家、602)

    太陽の比喩(岩波上、82)
    epekeina tes ousias
    太陽が見る者と見られるものにたいして持つ関係と同じ
    線分の比喩(国家、6巻、509 d-511)(加藤、155)

    シミュラークル=非類似を内的な不均衡として隠し持っているもの

    シミュラークルはコピーのコピー、不十分な類似性ではない。
    シミュラークルとコピーの質的な差異。
    シミュラークル=類似なきもの。類似はひとつの効果にすぎない。分散性、差異に基づいてつくられ、非類似性を内在化する。他というモデル、そこから内的な非類似性が派生する。




    ソフィストの絵画論
    『ソピステス』235-236
    真似る技術には二種類
    1)似像(eikon)を作る技術(eikastiken)
    モデルの長さ・幅・奥行きについて比率が正しい

    2)見かけだけを作る技術(phantastiken)

     観察者はシミュラークルそれ自身の一部であり、シミュラークルは、その視点とともに変化し、変形する。

    322 以下
    「互いに似ているものだけが異なる」「差異だけが互いに類似する」

    プラトニズムの転倒
    シミュラークルを上昇させること、さまざまなコピーのあいだに、その権利を認めさせること

    シミュラークルは頽落したコピーではなく、オリジナルとコピー、モデルと複製というカップルを否定する肯定的な力を持つ。


 

  1. ソピステス』と現れの存在論
    ソピステス=ソフィストとはどのような存在か?
    魚釣り師のモデル
    1. ー 具体的な了解のモデル(プラトンのイデア論が日常的な言語了解の地平に降りていく)
      ー ソフィストのとらえがたさ、運動性。
      「或者が多くのことの知者として現れているのに、ひとつの術の名で呼ばれる場合、この現れは健全ではない」232
       ソフィストの多様な現れ(phantasma) 232 a 「ソフィストとは何か」というロゴスによる定義に逆らうもの
      「知者として現れるが、そうではない」

    現れを操る者ソフィスト
    画家のモデル  234 c

    1. 1)存在しないものを、存在へともたらす
      2)像eidolon 製作

      像制作者の分類
      1)エイカスティケー・「長さ、幅、深さにおける実物の比率の均整に従って、さらにそれぞれに相応した色彩を加えて、模造の生成を遂行する」235 d
      2)パンタスティケー

    困難 ソフィストは見きわめがたい人間 236

    1. 「知者として現れるが、そうではない」
      「何かを語ってはいるが、真実をではない」
      「ないもの me on」ないものが、なんらかの仕方であること 
      「真正のものに似せられた、別のこのようなもの」
      像は実際にないもの(ouk ontos on) だが、実際にある estin ontos 240

    現れの存在論

    1)現れの相対主義的な定義 現れは、そのまま実在である
    2)現れの多様性、不信 懐疑論、不可知論
    現れの同一性と多様性、確実性とまどわし
    現れが現れである限り、それは現れとして自覚されない。

    3)現れは実在であるが、実在ではない。現れそのものの実在が、否定の契機をはらむ
    多様な現れを通じて現れる一者
    ひとつの現れは、それ自体のなかに、他の視点への移行の可能性をはらんでいる。

    弁証法 多なる現れを通じて、一者が顕現する過程の言葉の動き。


 

  1. ドゥルーズの立場
    DELEUZE
    シミュラークル論第二段落

    1)コピーとシミュラークル
     コピー:類似(とりわけ比率について)に基づく。イデアの同一性に依拠
     シミュラークル:内的な不均衡をはらむ
             モデルは同一者ではなく、他者

    シミュラークルとは、不完全なコピーではない


    2)使用者、生産者、模倣者というヒエラルキー
    シミュラークルは、視点の多数性を含む。観察者それ自体が、シミュラークルの一部であること。観察者自身が、他者になること。


 

  1. 参考文献
    ー ジル・ドゥルーズ、「プラトンとシミュラークル」『意味の論理学』、岡田弘、宇波彰訳、法政大学出版局、pp. 311-328.
    ー ジル・ドゥルーズ、『差異と反復』、pp. 102-117、198-201.
    ー プラトン、『国家』『ソピステス』『ポリティコス(政治家)』
    ー 加藤 信朗、『ギリシア哲学史』、東京大学出版会、pp. 162-172.
    ー 納富 信留、「自己を制作する言葉──プラトン言語論序説」、哲学会編『言語と現実』、有斐閣、1991、pp. 39-58.
    ー SHUHL, Pierre-Maxime, Platon et l'art de son temps (Arts plastique), Paris, PUF, 1952.
    ルクレチウス『事物の本質について』(岩波文庫)
    エピクロス『ヘロドトス宛の手紙』(『エピクロス』(岩波文庫)所収)
    ミシェル・セール『物理学の誕生』(法政大学出版局)