『カイエ ――新しい文学の手帖』冬樹社刊 編集人・小野好恵 発行人・高橋直良
創刊号〜1979年12月号まで古川タクが表紙・目次、1980年1・2月号のみ山本容子表紙・目次。
1978年
7月号(創刊号) 80年代文学へ向けて
8月号 80年代芸術へ向けて
9月号 アルチュール・ランボオ
10月号 ビアズリー 世紀末の美学
11月号 ボルヘスとラテンアメリカ文学
12月号 SFから現代文学へ
12月臨時増刊号 島尾敏雄
1979年
1月号 ジャズの死と再生
2月号 ネルヴァル 幻視者の系譜
3月号 映画 文学から映像へ
4月号 映画II 映像から文学へ
5月号 麻薬 人工楽園の神話
6月号 ロートレアモン
7月号 坂口安吾
8月号 キース・ジャレット ジャズの新しい展開
9月号 エドガー・アラン・ポオ
10月号 ラテンアメリカ文学の現在
11月号 花田清輝
12月号 司馬遼太郎
1980
1・2月号 山下洋輔 ジャズは80年代を告知するか
1978年7月号 特集=80年代文学へ向けて
手帖
鼓直 ラテン・アメリカ文学素描
北中正和 パンクからパティへ
利光哲夫 三つの飛翔
作品
吉本隆明 小虫譜
谷川俊太郎 無言歌
入沢康夫 今ひとつの船旅の思い出
渋沢孝輔 懸り
清水昶 実朝の墓
翻訳
ボルヘス/鼓直訳 ボルヘス小詩集
ビュトール/清水徹+工藤庸子訳 ポール・デルヴォーの夢
連載
篠田一士 『回想の詩人達』1
高橋英夫 小林秀雄を歩く
井上ひさし 煉歯磨殺人事件(犯罪調書)
特集
三田誠広 個人的な感想
粟津則雄 小説家Xへの手紙
磯田光一 「温故知新」ということ
秋山駿 今日の感受性
佐佐木幸綱 非孤独の時代
大岡信+川村二郎 70年代の文学とは何か
中上健次+佐々木幹郎 80年代文学は可能か
桶谷秀昭 戦後および戦後の歴史について
富士川義之 小説の可能性を求めて
清水哲男 無邪気の研究
今井裕康 文学の終焉
飯田善国 死の影を避けて
上野昂志 中上健次論
エッセイ
島尾敏雄 那覇日記
津島佑子 一人の食事
澁澤龍彦 植物界のイカロス
評論
種村季弘 私の自転車修行
蓮實重彦 フィルム的磁力の誘惑―トリュフォー論
松本健一 抒情の宿命―萩原朔太郎論
連載
川本三郎 ニュー・ジャーナリズム論 (同時代の文学)
佐藤信 町へ来た潜水夫 (劇場と歯ブラシ)
倉本聰 ラフマニノフ三番 (いつも音楽があった)
樹木希林 屈折した芸能人 (らくがき帖)
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1978年8月号 特集=80年代芸術に向けて
手帖
西永良成 ベルナール=アンリ・レヴィと新哲学派
安原顯 思わずのけぞったウェザー・リポート体験
上野昂志 若者はやさしさがお好き!?
詩
吉岡実 父・あるいは夏
吉原幸子 恋唄
吉増剛造 一人の幼児が、亀を追っている
川田絢音 小詩集・公園
荒川洋治 清らかでまじりけのないさま
童話
天沢退二郎 蛙の神と猫王子
評論
池内紀 「冥途」とレオナルド
連載
川本三郎 「文学の活性化」について
佐藤信 今日は今日である
倉本聰 アカシアの雨が止むとき
樹木希林 もてあます世代
特集
高橋康也+鈴木忠志 80年代演劇へ向けて
武満徹+原広司 音楽・建築・現在
高橋悠治 人民が語りはじめるとき
山下洋輔 発作的セッション考
小室等 ボブ・ディランから日本語へ
北中正和 ロックの成熟
田川律 老眼鏡をかけたロック・シンガーたち
宇佐美圭司 一〇〇枚のドローイング
岡田隆彦 現代美術の非創造性をめぐって
松本俊夫 若い映画のゆくえ
佐藤忠男 ヒーローへの遠い道
原将人 カメラやプロジェクターを楽器のように使いこなすことから映画が始まる
利光哲夫 ボブ・ウィルソンと沈黙の演劇
今井裕康 現代芸術の転換は可能か
扇田昭彦 さりげなさの劇性
鈴木志郎康 観念を日常的に糺す場としてのマンガ
連載
篠田一士 『回想の詩人たち』2
高橋英夫 小林秀雄を歩く2
井上ひさし 女青髭殺人事件
翻訳
パス/鼓直訳 パス小詩集
ビュトール/清水徹+工藤庸子訳 ポール・デルヴォーの夢 (続)
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1978年9月号 特集=アルチュール・ランボオ
手帖
丸山匠 保革逆転のもたらしたもの
安芸光男 作曲家の不幸
鈴木志郎康 物体と物体の関係の出現へ
詩
北村太郎 秋のうた
清水哲男 薄明のフライパン
佐々木幹郎 地面
短篇
立松和平 タイガー・ヒル
グラビア
藤原新也 朝鮮半島の旅から―白菜について
連載
川本三郎 「モラトリアム時代」の文学
佐藤信 遠い記憶
倉本聰 カモナマイハウス
樹木希林 はずかしながら
特集
アルチュール・ランボー/渋沢孝輔訳 <地獄の一季節>抄
粟津則雄+出口裕弘+渋沢孝輔 ランボオと現代
佐藤朔 ランボー十八歳
入沢康夫 JOUEZ UN AUTRE―又は、ランボーと「私」
ジャン=ポール・ベルモンド/釜山健訳 ランボーは最高の強者だ!
平井啓之 待っていたランボー
安藤元雄 ランボーとその母
中安ちか子 客寄せ道化
イヴ・ボヌフォア/阿部良雄訳 ランボー再論
ツヴェタン・トドロフ/及川馥訳 「イリュミナシヨン」―テクストの複雑さ
稲生永 ランボーの黒い幻想―「地獄の一季節」試論
宇佐美斉 地獄めぐりと語り
奥本大三郎 天国と地獄
湯浅博雄 《Being Beauteous》―「イリュミナシヨン」における美の一考察
マルティン・ハイデガー、J-M-G・ル・クレジオ、ベルナール・ノエル、マルスラン・プラネ、ミシェル・ドゥギー/湯浅博雄訳
今日、ランボーとは…(アンケート)
評論
蓮實重彦 「無」のフィルム的生産、その過剰と欠如―小津安二郎論
松本健一 抒情の宿命―萩原朔太郎論(下)
エッセイ
寺山修司 時間は駒を動かして遊ぶ子供の王だ
桃井かおり センチの気分で
連載
篠田一士 『回想の詩人たち』3
高橋英夫 小林秀雄を歩く3
井上ひさし 肉屋の親方殺人事件
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1978年10月号 特集=ビアズリー 世紀末の美学
手帖
富士川義之 ファウルズの近作をめぐって
北中正和 アフリカのスーパー・スター
利光哲夫 方言劇二つ
詩
三好豊一郎 夏の淵
辻征夫 私は沈丁花が
見忠良 あじさい
連載
柄谷行人 手帖
対談
島尾敏雄+大城立裕 沖縄の文学と演劇をめぐって
評論
藤野雅之 沖縄文化の現在
連載
川本三郎 思想としての趣味
倉本聰 同期の桜
樹木希林 自意識過剰はスターになれない
特集
オーブリー・ビアズリー/中村健二訳 理髪師のバラード・三人の音楽家・詩第百一歌(カトゥルス作)
河村錠一郎 ビアズリー試論 その性と生涯と美
海野弘 余白の悪魔 ビアズリー・グロテスク
野島秀勝 「表面」とグロテスク 「わたしはビアズリーの時代に属している」
アーサー・シモンズ/諏訪部仁訳 オーブリー・ビアズレー
マックス・ビアボウム/金谷展雄訳 オーブリ・ビアズリー
フランツ・ブライ/池内紀+福地和子訳 オーブリー・ビアズリー
前川祐一 ビアズリーの時代 ワイルド、ビアズリー、ビアボウム
大澤正佳 遠くの音楽 ビアズリーとジョイス
小林司 ビアズリーのエロティシズムとその時代
池内紀 ピエロの帰還
ブライアン・リード/中矢一義訳 オーブリー・ビアズリー
中山公男 ビアズリーと色彩
岡田隆彦 「悪戯者のピエロ」ビアズリー
短篇
カルロ・エミーリオ・ガッダ/河島英昭訳 劇場
中井英夫 翼のあるサンダル あるいは蟾蜍の記
連載
篠田一士 『回想の詩人たち』4
高橋英夫 小林秀雄を歩く4
井上ひさし 入婿連続殺人事件
評論
野口武彦 花の名は人めきて 夕顔怪死事件の真相をめぐる国学者の所見
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1978年11月 特集=ボルヘスとラテンアメリカ文学
手帖
河島英昭 灼熱の歳月 イタリア文学の昨今
安原顯 音楽の持つ原初的な力と愉悦を復権したキース・ジャレット
上野昂志 「フェイク」の時代
詩
鈴木志郎康 目の縁に消える
池澤夏樹 我等が不満の国
短篇
片岡義男 白い町
連載
川本三郎 「恋愛小説」の不可能性
佐藤信 花は何の花
倉本聰 TEACHER'S PET
樹木希林 私のエジプト・ロケ
特集
ホルヘ・ルイス・ボルヘス/篠田一士訳 他者
ホルヘ・ルイス・ボルヘス/土岐恒二訳 隠喩
ホルヘ・ルイス・ボルヘス/中村健二訳 エドワード・フィッツジェラルドの謎
篠田一士+清水徹+鼓直 ボルヘスとラテンアメリカ文学の現在
澁澤龍彦 エレアのゼノン あるいはボルヘスの原理
川村二郎 ボルヘスと数
日野啓三 開かれた小宇宙
天沢退二郎 図書館幻想
山口勝弘 鏡の街、ブエノスアイレスにて
富士川義之 二人の魔術師 ナボコフとボルヘス
海野弘 街角のフォルクローレ
牛島信明 ボルヘスにおける没個性 スペイン文学との比較において
寺山修司 消えた書物 ボルヘスの映画<Les autres>に於ける父親の解体
岩成達也 ボルヘスの私的な目次
木村栄一 ボルヘスと<聖>なる他者
篠田一士 ボルヘス論のための栞
ジョン・アップダイク/千石英世訳 ボルヘス―図書館員としての
クロード・オリエ/工藤庸子訳 テクストと陰謀のテーマ
エルネスト・サバート/有田忠郎訳 二人のボルヘス
マリオ・バルガス=ジョサ/大熊栄訳 現実に背くもう一つの現実
サウル・ユルキエビッチ/野谷文昭訳 ボルヘス―円環の詩人
鼓直 評伝ホルヘ・ルイス・ボルヘス
エッセイ
桃井かおり 季節風なんかに負けないで…
評論
出淵博 天使たちの交わり 「超自然の歌」をめぐって
連載
井上ひさし ドルース=ポートランド株式会社事件
高橋英夫 小林秀雄を歩く5
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1978年12月号 特集=SFから現代文学へ
手帖
諏訪優 いわゆるビート派の昨今
安芸光男 演奏の時代?
鈴木志郎康 ポップアーチストの変貌
作品
粒米哲蔵 かきつばた
白石かずこ MALIK・ALI
ジャスパー・ジョーンズをめぐって
東野芳明+磯崎新 ジャスパー・ジョーンズをめぐって
宇佐美圭司 テクスチュアが異化する
短篇
中井英夫 あるふぁべてぃく
グラビア
島尾伸三 二階電車の窓から―香港という街
連載
川本三郎 既知・常識化したSF
佐藤信 物語
倉本聰 タコ八の歌
樹木希林 セコイ実像よりましな虚像
特集
J・G・バラード/山野浩一+野口幸夫訳 ウエーク島へ飛ぶわが夢
アーシュラ・K・ル=グイン/山田和子訳 終り
石川喬司 書かれざる傑作
河野典生 発想の核についてあいつが独断的に話した
今江祥智 ブラッドベリ断章
山野浩一 内宇宙の構造
巖谷國士 映画とSF 『二〇〇一年宇宙の旅』
富山太佳夫 ル・グィンその他
私市保彦 世界崩壊の象徴としてのSF ヴェルヌからバラードへ
今井裕康 サイエンス・フィクションあるいは隠れたる神
ミシェル・ビュトール/及川馥訳 空想科学小説成長期の危機
アントニイ・バージェス/橋本槙矩訳 銀河の痴人国
村上陽一郎 事實(ファクト)と虚構(フィクション)
林光 触手のゆくえ
真鍋博 理想の電離層
窪田般彌 SF作家アポリネール
スタニスワフ・レム/沼野充義訳 まるで茸取りの名手のように
連載
柄谷行人 手帖II
短篇
カルロス・フェンテス/鼓直訳 二人のエレーナ
フリオ・コルタサル/杉山晃訳 真昼の島
評論
飯田善國 認識の中の幻視
エッセイ
中山ラビ 時代遅れの生きざま
連載
篠田一士 『回想の詩人たち』5
高橋英夫 小林秀雄を歩く6
井上ひさし 松山城放火事件
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1978年12月臨時増刊号 総特集=島尾敏雄
島尾敏雄 昭和十八年日記
島尾敏雄+庄野潤三 あのころのことでも…
島尾敏雄 図書館の日曜日(グラビア)
吉本隆明 『死の棘』の場合
粟津則雄 「死の棘」をめぐって
針生一郎 『死の棘』における生活者と表現者
森川達也 文学と宗教のあいだ
上総英郎 『死の棘』―デモンの眼
種村季弘 夢の舌
高橋英夫 夢と記述
奧野健男 「紀夢誌」「夢日記」
金井美恵子 記述者の躓き
宇佐美斉 『夢日記』について
松本健一 <生活>と<夢>の交叉する場処
宇波彰 二重化したイメージ
飯吉光夫 現実の制約と夢
桶谷秀昭 文体についての印象
田中美代子 思想形成者の遍歴
本村敏雄 加計呂麻島呑之浦 島尾敏雄と戦争
月村敏行 島尾敏雄論序説 内面の確信者とは何か
芹沢俊介 島尾敏雄論
有田忠郎 違和と治癒 島尾敏雄と小川国夫
大城立裕 ヤポネシア論の宿題
新川明 琉球弧と島尾敏雄
岡本恵徳 私にとっての琉球弧
川満信一 未来の縄文
埴谷雄高 不安の原質
吉行淳之介 赤線地帯の島尾
阿川弘之 三日月さんの顔
中薗英助 寄留者
小川国夫 私信―島尾敏雄様
津島佑子 最後に残る感想
吉田満 島尾さんとの出会い
磯田光一 隊長の贖罪
飯島耕一 南島論を読む
鈴木志郎康 浮び上る土地
利光哲夫 ワルシャワの島尾さん
青山毅編 島尾敏雄年譜
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1979年1月号 特集=ジャズの再生と死
手帖
橋本槙矩 西アフリカ―現代文学の桎梏と伝統
北中正和 シンセサイザーは万能楽器か?
上野昂志 映画のおもしろさとおもしろい映画
詩
谷川俊太郎 よしなしうたふたつ
飯島耕一 ある老人/望遠鏡/港の午後
中江俊夫 不作法者
特別対談
蓮實重彦+中上健次 制度としての物語
連載
川本三郎 「成熟」の「喪失」 江藤淳をめぐって
佐藤信 オペラの日
倉本聰 主われを愛す
樹木希林 世に棲む日々
特集
渡辺香津美 ふと、あたりを窺えば
矢野顯子 いま思うこと
鈴木いづみ 阿部薫のこと…
山下洋輔+村上龍 80年代のジャズは可能か
内藤忠行 Keith Jarrett(グラビア)
清水俊彦 マイルス・アヘッド マイルスの歩み『イン・ア・サイレント・ウェイ』以後
油井正一 八〇年代に向けて
海野弘 ジャズ・ヨーロッパ・一九二〇年代
高島誠 ジャズとアメリカ現代詩
色川武大 ジャズとの個人的な関係
山田太一 ただ讃美していればいいのだが
立松和平 DANCING古事記
河野典生 ジャズはどこにあったか
かんべむさし 洋輔トリオのおもしろさ
山尾悠子 円盤上の虫
久保田二郎 恐らく、ジャズに関係のない私見、五章
武市好古 限りなく人間であり続けるジャズについて…
田川律 放蕩息子は帰ってきたか?
河内紀 ジャズ伝説
青木和富 ウェザー・リポート 80年代のジャズは可能か
短篇
大西赤人 夏の少年
入沢康夫論
高橋康也 言葉の上/下の言葉
今井裕康 入沢康夫あるいはなぜ詩は怒りか
連載
井上ひさし 浴槽の花嫁殺人事件
柄谷行人 手帖III
高橋英夫 小林秀雄を歩く7
ページの冒頭へ↑
1979年2月号 特集=ネルヴァル 幻視者の系譜
手帖
工藤正広 『ドクトル・ジヴァゴ』とオリガ・イヴィンスカヤ
安原顯 Who's Whoレーベルのこと
利光哲夫 ヨーロッパ演劇散見
詩
清岡卓行 悪夢のカトラン
北川透 風媒火片10・11
連載
川本三郎 「一抹の悲哀」 開高健『オーパ!』
佐藤信 坂の上
倉本聰 銀座の雀
樹木希林 はみでた子たち
特集
ジェラール・ド・ネルヴァル/篠田知和基訳 獄中記
河盛好蔵 ボードレールとネルヴァル
佐藤朔 黒い太陽
天沢退二郎 ネルヴァル/ペルスヴァル 『オーレリア』と『聖杯の物語』
支倉寿子 エリュアールの見たネルヴァル
中村真一郎+篠田一士+入沢康夫+井村実名子 ネルヴァルと日本文学
菅野昭正 回想のネルヴァル
入沢康夫 鍵と烏と角燈 ネルヴァルの死んだ場所
稲生永 女王の幻 ネルヴァルの女性神話
井村実名子 幻のフュナンビュール
アンドレ・ブルトン/入沢康夫訳 透し彫り(抄)
アントナン・アルトー/田村毅訳 『幻想詩篇』論
ギヨーム・アポリネール/宇佐美斉訳 ネルヴァル奇聞
ジャン・ジロドゥ/小副川明訳 ジェラール・ド・ネルヴァル
篠田知和基 狂気の言語―ミクロ・レクチュールの試み
田村毅 ネルヴァルを読むアルトー
有田忠郎 前世の記憶 ボスコとネルヴァル
大浜甫 ヘレネ、アリラ、リリト
小林茂 ウィーンの恋 反カサノヴァから反ドン・ジュアンへ
フランソワ・コンスタン/橋本綱訳 『幻想詩篇』の二大ソネ
出淵博 「螺旋」と「渦巻」 ネルヴァルとイェーツ
土岐恒二 『幻想詩篇』傍題
飯吉光夫 ネルヴァルとドイツ文学
エッセイ
桃井かおり なにげない日々を重ねて…
短篇
中井英夫 影の狩人
連載
井上ひさし 岩手山麓殺人事件
柄谷行人 手帖IV
高橋英夫 小林秀雄を歩く8
ページの冒頭へ↑
1979年3月号 特集=映画 文学から映像へ
手帖
富山太佳夫 変貌するアメリカの批評風土
安芸光男 民族音楽とオペラと
鈴木志郎康 イメージを飛ばす彫刻群
詩
渋沢孝輔 呪法
岡田隆彦 ぬめった時間
岩成達也 ダンボール紙に関する未整理なメモ
評論
松本健一 虚構としての歴史 小林秀雄
海野弘 パリI―大通りが横町を貪り食う(四都市物語)
グラビア
加納典明 星と眼―山口百恵と桃井かおり
連載
川本三郎 「地方青年」の現在
佐藤信 陰謀
特集
丸山健二 小説と映画
野呂邦暢 『家族の肖像』を見て
田中小実昌 映画を見るのが好きだから
村上龍+川本三郎 文学から映像へ
ロブ=グリエ/岩崎浩訳 ヴィオレットの物語
マンディアルグ/鈴木啓二訳 『愛のコリーダ』のエロティシズム
トリュフォー/山田宏一+蓮實重彦訳 すばらしい構成力を持った映画作家ブニュエル
パス/野谷英昭訳 ブニュエルの哲学的映画
蓮實重彦 『奇跡』の奇跡 ドライヤーの場合
佐藤忠男 演技とカメラの弁証法
上野昂志 映画の現在、あるいは表現の空白
四方田犬彦 イミテーション・ゴダール
鼓直 映画とラテン・アメリカ作家
グリーン/中村健二訳 『モダン・タイムズ』
ボルヘス/鼓直訳 映画論 『市民ケーン』『ジーキル博士とハイド』
インファンテ/杉山晃訳 『死刑台のエレベーター』
カイヨワ/野村正人訳 『愛の亡霊』について
作品
黒井千次 持ち物
岩田宏 囚われた女
エッセイ
中山ラビ 目のうちに浮かぶ風景
連載
井上ひさし ベンダーホテル大量殺人事件
柄谷行人 手帖V
高橋英夫 小林秀雄を歩く9
ページの冒頭へ↑
1979年4月号 特集=映画II 映像から文学へ
手帖
沼野充義 スタニスワフ・レム、あるいは序文の精神
北中正和 ボブ・マーリー&ウェイラーズの夢と現実
利光哲夫 石と血
詩
清水昶 こうしちゃあいられないのだ
見忠良 炎によせて
作品
カルペンティエール/鼓直訳 選ばれた者たち
連載
川本三郎 「物語」の根拠―「紀州」へ 中上健次論
佐藤信 躊躇
倉本聰 私は泣いてます
樹木希林 菩薩にきらわれても
特集
寺山修司 草迷宮
寺山修司 映画、目をとじるために
淀川長治 RANDOM TALK
飯島正 ルノアルについてのノート
大島渚 映画を撮りたくない
増村保造 文学的映像と映画的映像
東陽一 メモ・「少年」と「映像」について
大森一樹 映画の「味」
黒沢明+武満徹 映画と音楽
山口昌男 『ローラ・モンテス』のアルケオロジー
蓮實重彦 ルノワール、または横笛の誘惑
海野弘 暗箱のなかの都市 ドイツ映画・一九二〇年代
金井美恵子 作家の肖像・作家のドラマ
トリュフォー/山田宏一+蓮實重彦訳 イングマル・ベルイマン
藤本義一 映画とおれ
山田太一 六年ぶりの大船行
別役実 見ることの遠近法
立松和平 映画の原風景
真崎守 映画の脈搏
原将人 カツドウヤさん出てこい
松本俊夫 了解の構造と身体
小野耕世 コカコーラ進化論とカレル・ゼーマンの新作
佐々木幹郎 悲しみの把手 ハンガリー映画について
松浦寿輝 ヒッチコックの「劇場」 緊張と攪乱
鈴木啓二 フェリーニ+シムノン・新作『カザノヴァ』を語る
短篇
中井英夫 愚かな血
岩田宏 囚われた女(承前)
桃井かおり 夢、不思議な夜に…
連載
井上ひさし 背振山騒擾事件
柄谷行人 手帖VI
高橋英夫 小林秀雄を歩く10
ページの冒頭へ↑
1979年5月号 特集=麻薬 人工楽園の神話
手帖
松浦寿輝 美術史を壊すこと?
安原顯 ニセの祝祭空間でしかなかったEW&F公演
上野昂志 映画的空間、あるいは愛の物語
詩
天沢退二郎 <桟橋>にて
荒川洋治 じゅうそうよ、じゅうそう
短篇
宗谷真爾 みごもり観音
連載
川本三郎 ラテン・アメリカ文学の「熱狂」
佐藤信 死に真似
倉本聰 青い山脈
樹木希林 つらいわあ…
特集
鮎川信夫 麻薬不感症
磯田光一 陶酔願望のアポリア 覚醒との関連をめぐって
色川武大 麻薬について
村上龍 限りなく透明に近いブルー
小林司 精神分析を創ったコカイン 薬と文化のかかわりを探る
ベンヤミン/飯吉光夫訳 あるハシッシ服用者の話
ゴーチエ/及川馥訳 阿片のパイプ
河村錠一郎 ペヨーテ、そして世紀末
野島秀勝 断章―麻薬幻想
富士川義之 阿片夢の風景 ド・クインシー小論
奥本大三郎 ランボオの人工の楽園
池内紀 宇宙幻想 ピラネージの「牢獄」
多田智満子 蓮食いびとの食べた蓮
岡谷公二 「人工天国」について 旅と麻薬
渋谷毅 良い気分になりたいから飲む
ビュトール/及川馥訳 人工楽園
ヘイター/中村健二訳 阿片とロマン派のイメージ
パス/野谷文昭訳 麻薬と文学
久保田二郎 ドラッグ・カルチャー
田川律 ロックとドラッグの蜜月は終わったか
エッセイ
中山ラビ あたし、あせってます――ハイッ
短篇
野呂邦暢 水のほとり
青野聰 山上戯話
連載
柄谷行人 手帖VII
高橋英夫 小林秀雄を歩く11
ページの冒頭へ↑
1979年6月号 特集=ロートレアモン
手帖
木村栄一 円環の時間
安芸光男 聴いているものと聞こえているもの
鈴木志郎康 死の意識を切り裂こうとする芸術 エゴン・シーレ展
詩
白石かずこ ニーナへの手紙
清水哲男 赤いコップ
短篇
黒井千次 履き物
中井英夫 薔薇と柩と
評論
松本健二 方法としてのイロニー 保田與重郎
連載
川本三郎 二つの「青春小説」 村上春樹と立松和平
倉本聰 赤とんぼ
樹木希林 やさしい男とやさしい女
特集
栗田勇 ロートレアモンと私
小中陽太郎 ラ・プラタ河のロートレアモン
渋沢孝輔+阿部良雄+豊崎光一 ロートレアモンをどう読むか
アラゴン/松浦寿輝訳 ロートレアモンとわれわれ
プレネ/豊崎光一訳 彼自身によるロートレアモン
ソレルス/岩崎力訳 ロートレアモン再論
出口裕弘 現場のロートレアモン
豊崎光一 ロートレアモンと楕円球またはタルブの花
土岐恒二 言葉の壁・夏の沼 ロートレアモンとコルターサル
渡辺広士 絶望と希望の弁証 ロートレアモンについての二章
阿部良雄 ひとでなしの詩学
バシュラール/及川馥訳 ロートレアモン、筋肉と叫びの詩人
ドゥギー/及川馥訳 マルドロールの引用
豊崎光一編 イジドール・デュカス/ロートレアモン伯爵書誌
短篇
立松和平 春雨
翻訳
パス/野谷文昭訳 新たなアナロジー 詩とテクノロジー
連載
井上ひさし ピルトダウン人偽造事件
柄谷行人 手帖VIII
高橋英夫 小林秀雄を歩く12
ページの冒頭へ↑
1979年7月号 特集=坂口安吾
手帖
檜山久雄 なおのこるこころの傷
北中正和 ロックの可能性と限界 ディーヴォ
利光哲夫 パズルと講義
詩
江森國友 山水(部分)
清水昶 やがて朝が
藤井貞和 小夢(トリチビ・ヌースカ)
池澤夏樹 葡萄
短篇
コルタサル/木村栄一訳 悪魔の涎
エッセイ
中山ラビ あらためて生身だってこと
連載
佐藤信 緑いろのもの
倉本聰 とんとんとんからりと隣組
樹木希林 偶然のように起った必然
特集
坂口安吾 不可解な恋に就て
小林秀雄 坂口安吾
高橋義孝 坂口安吾のこと
川崎長太郎 坂口と小田原
田辺茂一 旧い友達
古山高麗雄 安吾氏の背中
尾崎清子 覚醒剤と手紙
江口清 思い出すままに
安岡章太郎+中上健次 坂口安吾と同時代
粟津則雄 坂口安吾一面
笠原伸夫 花の闇、光の呪 『桜の森の満開の下』
高橋英夫 墜ちる人間 安吾と小林秀雄
松本健一 デカダンスと合理
上野昂志 肯定の運動
奧野健男 理想的自我への意志
杉森久英 坂口安吾の戦前と戦後
津島佑子 「狂人遺書」に至るまで
野呂邦暢 原城址にて 愚行と宿命
野口武彦 花かげの鬼哭
佐藤忠男 “ジロリの女”考
樺山紘一 熱度ある存在者の文学
宇波彰 《反市民》の文学
池内紀 「風博士」異聞
柳父章 「教祖の文学」における甘えの構造
由良君美 坂口安吾または透明な空白
奥本大三郎 短距離ランナーの孤独
福島章 坂口安吾の病跡
短篇
かんべむさし これからの手紙
評論
海野弘 パリII―コサック、パリを襲撃す
新連載
寺山修司 市街魔術師フーデニの逃亡(パンドラの匣)
今井裕康 谷川俊太郎と沈黙の神話(同時代を読む)
連載
井上ひさし 連続以上妊娠事件
カイエ総目次 1978年7月号−1979年6月号
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1979年8月号 特集=キース・ジャレット
手帖
島田太郎 ニュー・フィクションVS.モラル・フィクション
安原顯 ブルーノートの未発表アルバムを聴く
上野昂志 柳町光男『十九歳の地図』
詩
北村太郎 一日の終り
仲地裕子 焼道
短篇
中井英夫 黄泉戸喫(よもつへぐい)
野呂邦暢 ドライヴインにて
鼎談
筒井康隆+相倉久人/山下洋輔(ゲスト) 悪への想像力
連載
今井裕康 筒井康隆と自意識の遊戯
佐藤信 集合地
倉本聰 モルダウ
樹木希林 輪廻転生
特集
八木正生 ONLY A PIANIST
鈴木宏昌 鑑賞するジャズ
飯田善國 曖昧なのは音ではなく
レダ/鈴木啓二訳 ジャレットの驚異
ウィリアムズ/諸岡敏行訳 ジャレット―ザ・マラソン・マン
ゾロトゥルマン/飯吉光夫訳 キース・ジャレット―形式と時の彼方で
油井正一 これでよいのかキース・ジャレット
清水俊彦 キース・ジャレットについてのノート
川本三郎 未知なる自己に導かれて
青木和富 方法としてのキース・ジャレット
内藤忠行 Keith Jarrett 光と影
ソレルス他/岩崎力訳 僕はジャズ奏者になりたかった
コルタサル/木村栄一訳 ジャズの楽しみ ブラウン、アームストロング、モンク
追悼・瀧口修造
渋沢孝輔 瀧口修造氏を偲ぶ
宇佐美圭司 未来へ
追悼・ジョン・ウェイン
蓮實重彦 ジョン・ウェインという記号
インタビュー
村上春樹+川本三郎(聞き手) 私の文学を語る
翻訳
フィッツジェラルド/村上春樹訳 哀しみの孔雀
評論
阿部良雄 ひとでなしの詩学(承前)
岡井隆 賢治の歌私注(一)
連載
井上ひさし 愛国者H十七号事件
寺山修司 母親に変装したがるアラバールの芝居
高橋英夫 小林秀雄を歩く13
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1979年9月号 特集=エドガー・アラン・ポオ
手帖
鼓直 ボルヘスと映画
安芸光男 批評の基準は何か 劉詩昆の演奏会を聴いて
鈴木志郎康 サーカスの美技を見るような戦慄と興奮 荒川修作展
詩
渋沢孝輔 花鳥画
吉原幸子 病院にて(二)
短篇
宗谷真爾 ずいずいずっころばし
対話
青野聰+山下洋輔 ジャズ・文学・放浪
連載
今井裕康 那珂太郎と山口昌男または祝祭としての虚無
佐藤信 狼なんて怖くない
倉本聰 潜水艦の唄
樹木希林 釈迦に説法
特集
J.L.ボルヘス/土岐恒二訳 エドガー・アラン・ポー
大庭みな子 追跡者
山野浩一 階段の横の壁
中井英夫 殺人者のいる夜
山田智彦 崩壊のイメージ
佐伯彰一 劇作家失格
富士川義之 目への偏執
島田太郎 「アッシア家の崩壊」 ポーの作品群というコンテクストの中で
八木敏雄 SFとしての『ユリイカ』
酒本雅之 密閉空間の芸術
亀井俊介 ポーの家
富山太佳夫 落差の効果
L.ハーン/富山太佳夫訳 『鴉』 ギュスターヴ・ドレの挿絵について
E.クイーン/佐藤良明訳 ユリイカ・ポー 探偵小説の父
島田謹二 ポーの初期物語の読み方 「ペスト王」を一例として
磯田光一 詩学のファウスト ポー私観
小野二郎 『アルンハイムの地所』傍註 The landscape gardenについて
中田耕治 タンタロスの悲しみ
種村季弘 機械学的退行
池内紀 もう一つの「ユリイカ」
中井久夫 ポーの庭園ものをめぐって
B.ショウ/諏訪部仁訳 忘れられた百年祭
J.コルタサール/土岐恒二訳 詩人及び短篇作家としてのポー
評論
海野弘 パリIII―パリ深夜案内
河内紀 聴覚レッスンPART1
新連載
桃井かおり しなやかな馬のように(アフター・アワーズ)
グラビア
武田秀雄 アルタミラ
短篇
エンリケ・A・ムレーナ/鼓直訳 猫
連載
井上ひさし 信濃川バラバラ事件
寺山修司 愛犬の友あるいは犬を姦した男たち
高橋英夫 小林秀雄を歩く14
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1979年10月号 特集=ラテンアメリカ文学の現在
手帖
越智道雄 “豪州性”固執からの脱却
北中正和 ドイツ生まれのロックの新星 ニーナ・ハーゲン
利光哲夫 予定調和の観客
詩
鈴木志郎康 深夜、ばちゃばちゃと
短篇
中井英夫 男色家の朝の歌
黒井千次 落し物
評論
糸圭秀実 不可能な説話者
連載
柄谷行人 手帖IX
倉本聰 タジマモリの唄
樹木希林 ひとの歯の痛さなんて…ねえ
特集
山野浩一 ラテンアメリカ文学の幻想性とSF
鼓直 最近のラテン・アメリカ小説
カルペンティエール/野谷文昭訳 春の祭典
オネッティ/牛島信明訳 実現した夢
ガルシア=マルケス/鼓直訳 幽霊船最後の旅
プイグ/鼓直訳 午後四時
木村栄一 イスパノアメリカの現代文学と神話的世界
海野弘 ダンシング・タウン
富山太佳夫 Rememberカルロス・フエンテス論序説
コルタサル/木村栄一訳 通りすがりの男(解説・木村栄一 迷宮としての短篇集)
ドノソ/内田吉彦訳 チャールストン(解説・内田吉彦 ドノソの短篇小説)
フエンテス/吉田秀太郎訳 古いモラル(解説・吉田秀太郎 フエンテスの作品)
ボルヘス/土岐恒二訳 フローベールと彼の模範的運命
バルガス=ジョサ/杉山晃訳 『眼球譚』とゴシック小説
パス/野谷文昭訳 批評について(解説・野谷文昭 詩・批評・知的空間)
追悼
桶谷秀昭 中野重治の死
評論
宇佐美圭司 全体性を求めて―クレーへの逆流 反転する世界の想像力と表現
ノンセンス・フォト
田淵章三 ウ、さぎ師
連載
寺山修司 作中人物に逃げられて探偵を雇ったレーモン・クノー
桃井かおり 事件はこんなふうにして…
高橋英夫 小林秀雄を歩く15
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1979年11月号 特集=花田清輝
手帖
飯吉光夫 パウル・ツェランの伝記
安原顯 スタン・ケントンの死を悼む
鈴木志郎康 自然に呼吸する人工的実在 「カルダーの世界」展
詩
飯島耕一 女体ほか二篇
荒川洋治 眉間を割る極東の一日
新連載
マラルメ/渡辺守章訳・解 芝居鉛筆書き
ノンセンス・フォト
田淵章三 開花
連載
今井裕康 金井美恵子または物語の作者と作者の物語
佐藤信 赤い夜
倉本聰 茶色の小瓶
樹木希林 雨が降りつづけるもんで考えこみました
特集
飯沢匡 花田氏の警告
杉浦明平 清輝、太郎、唐九郎など
唐十郎 「俳優修行」を読んだ頃
樺山紘一+川本三郎 花田清輝を読む
野口武彦 箱と玉の虚実 『室町小説集』と小説言語としてのレトリック
野島秀勝 歪んだアンシクロペディスト 花田清輝の悲しみ
宮内豊 アンチ・モラリストのモラル
磯田光一 厭世家と博愛精神 楕円の二つの焦点について
池内紀 贋作復興期の精神
有田忠郎 玩具と装置あるいは修辞について 『復興期の精神』へのノオト
松本健一 〈知〉の袋小路
上野昂志 外部へ
連載
桃井かおり うらぎりは突然やってくる
評論
入沢康夫 ネルヴァルの死んだ場所・補足
セリエ/小林茂訳 ブルトンとネルヴァル
短篇
立松和平 遠いブリキ屋
野呂邦暢 赤毛
連載
柄谷行人 手帖X
高橋英夫 小林秀雄を歩く16
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1979年12月号 特集=司馬遼太郎
手帖
鈴木啓二 ジャズを語るビュトール
北中正和 出口を求めて長い道のり イーグルスの新譜
上野昂志 ものとしての原爆 長谷川和彦『太陽を盗んだ男』
詩
白石かずこ 十月のある日、郵便受けの前にワンダー・ウーマンが
短篇
中井英夫 緑青(ろくしょう)
R.ヴァルザー/赤司英一郎+山下敦訳 短篇集(ヴィルケ夫人/二つの物語)
解説・池内紀 気がかりなヴァルザー
ノンセンス・フォト
田淵章三 風船3箇分
連載
今井裕康 修辞的なこだわりまたは吉岡実への助走
佐藤信 砂の中に
倉本聰 紀元二千六百年
樹木希林 童話が読めなくって困ります
特集
司馬遼太郎+橋川文三+野口武彦 『翔ぶが如く』と西郷隆盛周辺
藤本義一 おおきな人
富士正晴 司馬遼太郎の文章
会田雄二 現代小説としての歴史文学
山本七平 思想の虚構性と現実
尾崎秀樹 歴史・人間・技術 『胡蝶の夢』にふれて
佐藤忠男 司馬遼太郎論
松本健一 〈鳥瞰〉という方法
粟津則雄 楽天と合理 『坂の上の雲』をめぐって
藤島宇内 山県有朋の『世に棲む日日』
渡辺京二 『翔ぶが如く』雑感
飛鳥井雅道 幕末の内乱と司馬遼太郎 「漢」の世界
松浦玲 史料と文学的加工 歴史と歴史小説について
東野芳明 『街道をゆく』をゆく
桶谷秀昭+岡井隆 司馬遼太郎をどう読むか
連載
マラルメ/渡辺守章訳・註解 ハムレット
写真と読み物
奏英夫 隣の町、ニューヨーク
常盤新平 遠い、遠いニューヨーク
連載
桃井かおり 友情と愛情の輪のなかで
寺山修司 浴室の覗き趣味の男クロソフスキーの哲学的映画
柄谷行人 手帖XI
高橋英夫 小林秀雄を歩く17
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1980年1・2月号 特集=山下洋輔 ジャズは80年代を告知するか
手帖
富山太佳夫 メタフィクション アメリカのSF
安芸光男 10年目のフォーク・ソング
利光哲夫 演劇の国際化
作品
佐々木幹郎 こすっからいプクプギ
山野浩一 φ(ファイ)
評論
エルネスト・サバト/安藤哲行訳 タンゴ、ブエノス・アイレスの歌
奥本大三郎 ネルヴァルの詩の中の蝶と蛾
対談
川村二郎+中上健次 保田與重郎、賤者=賢者の文学
連載
佐藤信 運河
倉本聰 賛美歌第四八九番
樹木希林 80年代こそは…なんて思わないけど
特集
五木寛之 山下洋輔万華鏡
青野聰 創造の市場
立松和平 山下洋輔トリオ体験
河野典生 山下については語りたくない
鈴木沙那美 音が見える Yosuke, Invitation, Side B
筒井康隆+山下洋輔 ジャズ・文学・80年代
油井正一 山下洋輔との十二年
平岡正明 プロレタリア独裁とジャズ・準備稿
相倉久人 山下洋輔1967
長野敬 書斎で聴いたジャズ
青木和富 山下洋輔 戦略としてのフリー・ジャズ
谷川晃一 逆ロデオのピアニスト(文とイラスト)
泉谷しげる 75・8・31を語る(文とイラスト)
鏡明 一人ぐらいジャズのわからない山下洋輔ファンがいたって…
奧成達 山下洋輔VS.三宅榛名の夜のこと
高平哲郎 文句あるか! このぉ…
作品
フアン・ルルフォ/杉山晃訳 コマドレス坂
ノンセンス・フォト
田淵章三 幸せのうしろ
日本文学論
モーリス・パンゲ/田村毅訳 サドからミシマへ 犠牲のファンタスム
岡井隆 賢治の歌私注(二)
連載
桃井かおり 日常がいまもどってくる
高橋英夫 小林秀雄を歩く18
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補注:
☆1978年10月号「あじさい」及び1979年4月号「炎に寄せて」の作者の苗字の最初の文字は、「あめかんむり」の下に「金」+「鳥」が正しい。
☆1979年10月号「不可能な説話者」の筆者の苗字は、「糸圭」と表示してあるが、一文字で「すが」が正しい。
☆1980年1・2月号、佐々木幹郎「こすっからいプクプギ」のタイトル中の「ク」は、小さい文字で表記すべきである。
以上3点、作成者のワープロでは表示できなかったので、この目次を転写・転用するときにはご注意下さい。
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