グランディスオオクワガタの飼育



【 はじめに 】

 その虫の名前を知ったのは、恥ずかしながら、ショップの販売リストでした。
なんでも、最初に発見されてから今日まで、ずっと存在が確認されなかった程の幻の虫だそうで、文面には「再発見」の文字が書かれていたのを記憶してます。 当時、やっとこさ国産オオクワガタの飼育が緒についたばかりの私には、そんな学術的な価値よりも、見出しに書かれた「世界最大のオオクワガタ」の文字ほど血が沸き立つものはありませんでした。 もちろん値段も相当なもので、やや無粋な話になりますけれど、東京でもクワガタムシを扱うショップは稀でありまして、某デパートには山梨県産のオオクワ成虫が、50万とか60万円で売られていた時代ですから、グランディスがどれだけしたかは、推して知るべしといったところでしょう。

 そんなグランディスですが、ずばり人気的には同時入荷のアンタエウスに大きく軍配があがった形になりました。 おそらくシャープな国産オオクワガタを見慣れた人達からすると、なんとなくグランディスは全体が野暮ったいと感じたのかもしれません。 大型化すれば所謂、大歯形になると思われていた内歯は、期待に反してどれも中歯の域をでない。 極めつけは「なんだか知らないけど、なかなか産卵しない」ということでしようか。 未だによく分からないこの虫を私が書くのも僭越かもしれませんが、そこはそれ。広い心でお読み下さい。


【 成虫の産卵 】

 基本的な産卵用セットは、国産オオクワガタと同じです。国産オオクワガタの飼い方を知ら ないという人は、亀有カブトさんの「オオクワガタ飼育マニュアル」を是非ご一読ください。 そろそろ改訂版を出さなくちゃ(亀有氏談)という話しですが、なんのその。年数を経てなお色あせない内容は、如何に秀逸であるかの証明でもありましょう。

A : 温度について

(1).常温で飼育した場合

 最初に温度に関して申し上げますと、関東地方で飼育した場合は、気候が温暖になる4〜6月の間でしか産卵してません。 気温にしておおよそ20度〜25度ぐらいです。気温がそれ以上あがると、成虫は活動し続けますが、どういうわけか産卵行動がピタリと止まりました。 単純に温度の影響だけを考えるならば、条件が同じ秋口にも産卵してよさそうなものですが、これまた何度試みても未だ成功に到っておりません。

(2).冷房管理で飼育した場合

 (1)の結果を踏まえて、エアコンで理想の温度を保てば、もしかすると産卵数がアップするのではないかと考えました。 そこで5月頃より室温を22度前後で管理したところ、1ケ月超過後に数十頭の幼虫が得られまして、いちおう予想通りになりました。 すぐに2回目のセットをしたのですが、その数日後に♀はあっけなく死んでしまいました。 手のひらに乗せた感覚だけで申し訳ないのですけど、♀の体は驚くほど軽くなっていたことも付記しておきます。

B : 産卵木について

 よく朽ちたクヌギかコナラを用います。 欲をいえば、直径にして10cm以上はある、出来るだけ太めの物をお勧めします。 もしも何らかの事情で細い物しか入手できないとしても、数本まとめて両端を針金等で縛ってしまえば、十分に代用可能です。 それでも心配だという方は、砂埋め霊糸材を使うと良いでしょう。 霊糸材を使う時は、両側コーティング状の端をあらかじめ切り落としておいた方が、後々の割り出しが容易になります。 霊糸材の利点は、加水時間が10分程度で済み、すぐ使用できるという意味で私は重宝しています。


【 幼虫の飼育 】

 産卵が困難だったことを思うと、幼虫は驚くほど環境変化にも強く、アンタエウスのような羽化不全もまず起こりません。 幼虫飼育は国産オオクワと全く同じ菌糸瓶で、難なく育つことが可能です。 どれぐらい強いかというと、一時流行した安価な菌糸瓶100本に、菌糸飼育が可能といわれる一部のノコやニジイロの外国産幼虫を入れたところ、ほとんど死んでしまいました。 唯一生き残っていたのが、グランディス幼虫だったことからも、相当な生命力と感じざるを得ません。

 もちろん大型個体を目指す方ならば、こうした安易な方法をとらずに、幼虫に適した菌糸瓶を独自に模索していただきたいものです。 上記の安価な菌糸瓶は現在存在しないようですからご安心を。とは言え、菌糸瓶はどこの物を使うか悩みどころですよね。 私自身もこれまで、大型個体が羽化したという噂だけは何度も耳にしてますけれど、実際に確認できた範疇で申せば87mm が最大で、菌糸瓶は「Big Bang」だったのを覚えています。

 菌糸瓶の交換頻度も、だいたい国産オオクワガタと同じです。 常温で飼育した場合は、初齢幼虫を投入した翌年の夏前後までには、ほとんどが羽化していることでしょう。 例外的に20度程度に抑えて、幼虫期間を丸2年費やすことで85mmに達した個体もおりました。 しかし、この程度ならば、1年で羽化させることも可能ですので、自分の環境に見合った菌糸瓶を模索するのが、最良なのかもしれませんね。

 羽化した個体は、その年に産卵することはあまりないようで、次の年の4月頃まで個別に管理します。稀に活発に動き出すこともありますので、餌切れに注意してください。 もっとも、これに関しても個体差や状況を異にするからなのか、餌交換を数ケ月怠っても元気な成虫もいますので、私にはなんともいえません。 気づくのが遅れ、弱ってしまっていたとしても、ゼリーに顎を突き刺し、半強制的に餌を食べさせやれば、復活することも少なくありません。 もしそんな個体がいたら、諦める前に是非お試しを。


【 亜種タイワンオオクワガタ 】

 グランディスの飼育を語る上で一番面倒くさい、否、悩ませられるのが亜種タイワンオオクワガタです。 私は研究者でもなければ分類学者でもない、いち飼育マニアですので、種の括り方は大勢に因りたいと思っています。 しかし飼育に関する限り、タイワンオオクワガタは、グランディスよりも国産オオクワガタに近しい感覚で、よく産卵するし、よく育ちます。 大昔に材飼育なんていう方法も試みて、当時は異常と思えるほど大腮の太い個体が育ち、飼育を断念したほどでした。 また外観的にもタイワンオオクワガタには2通りあって、前胸背板の形状がグランディスに酷似しているものとクルビデンスに似たものとがありまして、その両方を飼育した経験は私はなく、上記の話はクルビデンスタイプの話としてご理解ください。 いずれにせよ、原名亜種グランディスとは産卵の趣が異なるようですので、未経験者はそこのところを混同しないようにご注意下さい。


【 まとめ 】

 所謂「鳴り物入り」で登場したグランディス。 それだけに当時から様々な噂話を耳にしましたが、今更それを取り上げるのは私の本意ではありませんし、これをお読みの方を徒に迷わせるばかりですから、主眼を私自身が体験し、見た事柄に絞って書かせていただきました。 決してここに書いた内容が全てではありませんから、誤解を生じませんよう切に願うばかりです。

 さて、当初ラオス産しか知られていなかったこの虫ですが、その後になって周辺の国々からも見つかるようになったようで、つい先日はインドから入荷したばかりの♂成虫を見てきました。 大腮こそラオス産に似ていますが、前胸背板はクルビデンスというこの虫は、果たして飼育方法が異なるのでしょうか。 グランディスというと「体内時計がしっかりしている」的概念が流布されているようですが、それはいったいどんな意味なのでしょうか。 冷蔵庫内で成虫を低温管理すれば、産卵時期をある程度までコントロール出来ることなのでしようか。幼虫の餌は、本当に菌糸瓶がベストなのでしょうか。

 考えれば考えるほど疑問は尽きず、正体が皆目見当もつかない虫ですが、ひょっとすると未だ発見されていない仲間がいて、将来いろいろなことが解る時が来たとしたら楽しいですね。


【 終わりに 】

 グランディスについて何か書けることがあるかもしれないと思い立ち、それから早一年以上が過ぎていました。 あまりにも思い入れが強すぎて文章にならず、この間、何度も投げ出そうとしたものです。 その度に某氏から、さり気ない叱咤激励をいただき、どうにか形にすることが出来ました。 いつもご迷惑をお掛けしてスミマセン。

 末尾になりましたが、最後までお読みいただけて有難うございました。


2007.7.15 藍の風





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