スイスで見つけた宝石たち

〜スイス・アルプス地方の小さな土場にて〜

[スイス・アルプス]

えいもん

※甲虫全般についての記録であり、クワガタムシは出てきません。



1.輝くタマムシを逃す

7月中旬の好天の日、スイス・アルプスの観光地グリンデルヴァルトへ車で向かう途中、道路のわきに土場(材置き場)が見えた。 そこは車の一時待避所になっていたので、すかさず車を停め、同乗している妻に断りを入れて、早速土場で虫を探してみる。

[土場1] [土場2]
   
土場に積まれたブナなどの切出し材 薪用の材の積み場もある


材の上を丁寧に見て回ると、やがて日差しに眩しく輝く小さな甲虫が降り立った。タマムシのようだ。撮影しようと近づいて カメラを構えると、タマムシは材の上を落ち着きなく歩き回り、そして不意に飛んで行った。「しまった」と内心大いに悔やむ。 ここ欧州に来て2年が過ぎたが、タマムシの仲間には思うように出会えていない。しっかりと捕まえるべきだった。車の中で 待っている妻には申し訳ないが、こうなったらタマムシがまた飛来するのを待つしかない。

すると、別の甲虫が飛んできて、材に止まる。トラハナムグリだ。トラハナムグリはパリ近郊の平地でも見られるが、 それとは黒紋の模様が異なる別種のようである。

[トラハナムグリ]

Trichius fasciatus:トラハナムグリの一種


次に、赤い甲虫が飛んできた。急いで追いかけると、幸い土場の脇に止まってくれた。初めて見るカッコウムシである。 赤と濃紺の縞模様がたいへん美しい。

[ハチノスカッコウムシ]

Trichodes apiarius:カッコウムシの一種


材に跨りながらタマムシの飛来を待っていると、材の陰でかすかに動く虫の気配に気付いた。目を凝らすと、樹皮に似た保護色の模様を 身にまとったカミキリムシであった。後で調べると、北海道特産のヤマナラシモモブトカミキリと同種のカミキリとのことである。

[ヤマナラシモモブトカミキリ]

Acanthoderes clavipes:ヤマナラシモモブトカミキリ


そうしているうちに、待望のタマムシが再び飛来する。材の上に止まった後の動きは、先ほどと同じくとても速い。 悪いことに、撮影するのかそれともとりあえず捕まえるのか、自分も中途半端な気持ちのままだった。そして、 またしても逃げらてしまう。


2.ルリボシカミキリに遭遇

このままではこの場を離れることができない。タマムシの再度の飛来を待ちわびながら、薪用の材の積み場を何度も見て回る。 すると、ふと材の隙間から大きめのカミキリが顔を覗かせたのに気が付いた。水色に黒い斑、ルリボシカミキリである。 欧州で一度は出会ってみたかったカミキリだ。隠れ込まれないよう祈りながら生態のままを撮影し、そして指で捕えて再度撮影した。

[ルリボシカミキリ1] [ルリボシカミキリ2]
   
Rosalia alpina:ルリボシカミキリ 欧州の乾いた気候に似合う水色をしている


次に土場の傍らのセリ科の白い花を見て回ると、また色鮮やかなカッコウムシがいた。先ほどのものと比べてやや大きく、 赤と濃紺の縞模様も少し違う。どうやら別種のようだ。

[アオオビカッコウムシ]

Trichodes alvearius:カッコウムシの一種


ここで目にする甲虫は、なにもパリ近郊で見ることのできないものたちばかりではない。自分にとってなじみ深い トラカミキリも、材の上に顔を出している。

[トラカミキリ]

Clytus arietis:トラカミキリの一種


その他にも、よく見ると色鮮やかな昆虫たちがじっと息をひそめている。

[ガ] [セイボウ]
   
濃い青が美しい蛾 青と赤に輝くセイボウ(青蜂)


残念ながらその後はもうタマムシは飛んで来ず、妻をあまり待たせてもいけないので、いったんは諦めるしかなかった。 観光を続けるため、当初の目的地であるグリンデルヴァルトへと車を走らせた。


3.ヤツボシカミキリが顔を出す

[グリンデルヴァルトでの風景]

グリンデルヴァルトでの風景


グリンデルヴァルトでアルプスの壮大な眺めを堪能した後、帰りに再び同じ道を通る。すでに16時頃であったが、 タマムシを諦めきれずに土場のところで停車。夕方近いせいか、虫の飛来状況は昼過ぎほどはよくない。

残念ながら、しばらく待ってもタマムシは姿を現さない。しかし、そうしているうちに、ふと材の陰にカミキリの影を発見。 そこは手を伸ばせるところではなかったので、材の表面に出てくるのを息を殺してじっと待つ。 そして出てきたところを一も二もなく手で捕らえる。すると、それは淡い水色が美しい上品な趣のカミキリであった。 ヤツボシカミキリの近縁種、いや学名からすればヤツボシカミキリの本家なのかもしれない。貴重な種であると直感した。 ここはスイスだが、後で調べてみると、少なくともフランスでは希少種のようである。

[ヤツボシカミキリ]

Saperda octopunctata:ヤツボシカミキリの近縁種


これに気をよくして、土場を後にしてその日の宿へ向かう。しかし、タマムシが心残りであることに変わりはない。


4.黄色いカミキリ、そしてついに・・・

翌日は、別の場所でロープウェイに乗ってアルプス観光を続ける。幸いこの日も天気が良く、絶景に酔いしれることができた。

[スイス・アルプスの眺め]

スイス・アルプスの雄大な眺め


その後、さらに別のロープウェイに乗るために、昨日訪れたグリンデルヴァルトへ再び向かうことにした。 そうすると、昨日の土場をまた通ることとなる。それを意図した訳ではけっしてなかったのだが、この際妻を拝み倒して、 タマムシに再度チャレンジだ。

日差しの強い昼下がり、タマムシが飛来する条件は整っているように思えたが、簡単には来てくれない。 すると、黄色いカミキリがフワっと飛んで来た。急いで追いかける。運良く材のそばの繁みに着地してくれた。 黄色と黒が織り成す模様がたいへん美しいカミキリムシであった。

[黄色いトホシカミキリの一種]

Saperda scalaris:トホシカミキリ属の一種


この土場には昨日以来、様々に彩られた甲虫たちが集まってきている。赤、青、水色、黄色等々。 他方、パリ近郊で見られる普通種でも、ここで見ると新鮮に思える。

[アカハナカミキリ]

Corymbia rubra:アカハナカミキリの近縁種(♂)


あとは、タマムシを待つばかりである。

そして、そのタマムシがついに飛んで来た。もはや躊躇することなく手をかぶせる。ついに手の中に確保し、撮影することに成功した。

[キンヘリタマムシ]

Scintillatrix rutilans:キンヘリタマムシの一種


思えば、最初にタマムシを逃したばかりに、何度か通ったこの土場。そのお陰で、様々な昆虫たちと出会うことができた。 これらスイスの昆虫たちとの縁は、タマムシがもたらしてくれたと言えるだろう。


けっして昆虫探索目当ての旅ではなく、純然たる観光旅行であった。それでも、雄大な自然の下、道沿いのちょっとした場所でも、 きらめくような昆虫たちとの出会いがあった。どれも、眩しい陽光の中で宝石のように輝く虫たちだ。 合計して1時間半もいなかったこの小さな土場が、この夏における最も目映い思い出を自分に残してくれた。

[土場3]

思い出の土場


ご意見、ご感想、お問い合わせは、こちらのメールアドレスまでお送りください。 

えいもん:eimon HP



くわ馬鹿2006年下半期号目次へ