〜 イッカククワガタ採集記 〜

(その5)



開けた場所の切り株

興奮と失望が微妙に交錯した感覚を抱きながら、その小さな林から出て、牧草地の隣の広い小麦畑に沿って続く道を、ゆっくりと歩いてみた。開けた場所 の大空の下は、林内と違ってすがすがしさを感じる。小麦畑と反対側の道沿いには、そこにあった林を伐採したばかりなのであろうか、粗 朶が積まれていた。そしてその粗朶の合間には、先ほどの切り株の木よりもさらに大きな木であったのであろう、朽ちた太い幹と、その先 にはその幹の根元であったと思われる、大きな切り株が見えた。

[太い朽ち木] [大きな切り株]
   
太い朽ち木が横たわっている その先にあった大きな切り株


この大きな朽ち木と切り株は、周囲に落ちている枯れ葉や実から推測すると、クリであるらしい。クリも図鑑によればイッカクのホストと なる木のはずである。ワラをもつかみたい心境の自分としては、遠くからでも目立ちそうな場所であるにかかわらず、とりあえずトライし てみるしかない。(注:後日、その切り株の樹種の再確認を試みたところ、ブナであるようにも見えた。)

大きな朽ち木は、太さが70−80cmは優にあるであろう。ただし、日差しの良いところに放置されているためか、表面はボロボロであり、多 足類が入っていたり、既に土化してしまっているところも多いような状態であった。ちょっと割ってみると、小さな赤いコメツキムシが現 われ、青いオサムシが出てきたりもした。しかし、クワガタの食痕は、この大木を引っくり返しでもしない限り、拝めそうになかった。

[赤いコメツキ] [青いオサムシ]
   
赤いコメツキ 青いオサムシ


仕方がないので、大きな切り株の方に移ってみる。こちらの方は、多くの部分は朽ち果てていたが、ところどころに適度に湿っている 朽ち木の「肉」がまだ残されているようであった。早速朽ち木の根元の部分に斧を入れてみると、赤茶色の食痕が走る。もしやと思い、慎重に 追っていくと、何と…。

[コルリ♀]

大きな切り株から出たコルリ♀(画面左端)


何と、またもやコルリクワガタであった。藍色の♀である。コルリが、よもやこのような大きな切り株にまで入っているとは。もはや驚き を通り越え、「呆れた」と思うよりなかった。狙ってもいないコルリが次々にルアーケースに溜まっていくのは、一体全体何なのだろう?

その切り株の他の部分を削ってみる。そこは日差しがよく当たる部分だったのであまり期待はしなかったが、樹皮の直ぐ下に小さな赤茶色の 食痕が走る。しかし、この状況であれば、まずはコルリだと普通は思うだろう。食痕の先にほどなく小さな穴がポコッと開いた。果たして また藍色の成虫か、それとも今度は幼虫か。ところが…。
 

[決定的瞬間ピンボケ画像]

決定的瞬間の画像は、往々にしてピンボケとなる・・・


ところが、そこには、黒い小さな甲虫の頭部が覗いていた。思わず、斧を持つ手を止めた。ゆっくりと頭を持ち上げ、そのまま空を見上げ た。

あらためて確認するまでもない。今、自分の前には、長く追い求めていたものがあった。しかし、それを取り出す前に、一息入れたいと思った。 空を見上げていた頭を戻し、今度は目を水平方向に移してみる。早春の陽光の中、のどかな牧歌的な景色が広がっている。時間が停 まってくれればいい、と思った。何故なら、この一瞬こそを、これまで長く長く待ち侘びていたのだから。

[採集ポイントの風景1] [採集ポイントの風景2]
   
切り株の向こうに、 のどかな景色が広がる


そして、ポケットからゆっくりとピンセットを取り出して、目を再び材にやり、小さな穴から黒い甲虫を摘み上げる。これまで画像でしか 見たことがなかったイッカククワガタが、目の前に姿を現した。♀である。もう一度、大きく息をついた。とうとう巡り会えた。高揚感と 安堵感が奇妙に入り混じった気持ち。周囲に人は誰一人いなかったが、声を上げることもなく、ガッツポーズをするでもなく、周囲の景色 に自らを溶け込ませるかのような、不思議と静かな心境であった。

[イッカク♀] [手上のイッカク♀]
   
割出し直後のイッカククワガタ♀ 手のひらに乗せてみる


落ち着いて、さらに材を削いでいく。また小さな穴が開き、再び黒い甲虫が姿を現す。ピンセットで摘み上げると、幸運なことに、今度は ♂だった。小さいながらも角がある。角のあるクワガタムシを手に乗せてみる、これも、待ちに待った瞬間であった。

[蛹室の中のイッカク♂] [イッカククワガタ♂]
   
蛹室内のイッカク♂ 割出し直後のイッカククワガタ♂

[手上のイッカク♂]

同一個体を少し別の角度から


その後、慎重さを保ちながらも淡々と材を削り続け、結局、成虫を2♂♂3♀♀を割り出すことができた。

[食痕]

パラレリと同じ材に混棲していた。太い食痕はパラレリのもの

[蛹室の中のイッカク] [蛹室の中のイッカク]
   
イッカク成虫が、 次々と出てくる

[イッカク2♂♂3♀♀]

2♂♂3♀♀。体長は♂で12-13mmほどで、コルリとほぼ同じ


初めて採集する種であるだけに、幼虫も確認しておかなければならない。下の画像がイッカククワガタと思われる幼虫である。 幼虫が見つかったのは、結局、2令または3令と思われるものが1頭と初令または2令と思われるものが1頭のみであった。幼虫は、 さすがにクワガタらしき姿をしているが、その特徴として、コルリ幼虫と同じような大きさでありながら、下の画像のとおり、 明らかにコルリ幼虫よりも細長い。他方、数少ないネット上の画像で確認した限りでは、イッカク幼虫の尻はパプアキンイロクワガタの 幼虫の尻のように細くなっているものと思っていたが、そうでもないようだ。ただし、下の画像の幼虫は体に透明感があるため、 2令か若3令の可能性があり、イッカク幼虫の特色がはっきり出ているかどうか分からない。こうして見ると、 マダラクワガタ幼虫を大きくしたもの、あるいはスジクワガタ幼虫にも似ているように思えるが、どうだろうか。 この幼虫は、残念ながら飼育できる用意が全くないため、埋め戻しておいた。

[イッカクと思われる幼虫1] [イッカクと思われる幼虫2]
   
イッカクと思われる幼虫 その幼虫の顔面


この時点で時刻は15時を回っていた。朝から採集を始め、昼食も抜き、中腰の姿勢を長く取っていたため、さすがに疲れを感じない訳には いかなかった。このポイントでさらにいろいろと確認すべきことはあるのかもしれないが、とりあえずは十分すぎるほどの成果である。帰路 に着くべきであろうと思った。




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