臺灣鍬形蟲

WASHI

台湾は9年ぶりだ。
台湾に着いてまず、「パパイア牛乳(木瓜牛(女乃))」を1パック飲みほした。これをずっと飲みたかったのだ。空港を出てボストンバックに仕込まれた肩ひもを引っ張りだして、リュックに変化させた。(注1)

やはり、一人で外国に行ってクワガタを採るのはいつでもワクワクする。今回は写真を撮るのが目的で10日間ほどの日程をとっている。一人で行くからには、多くは望んでいない。普通種でいいのだ。(注2)

iPodに台湾のクワガタの画像とデータを入れた。(注3) カメラは、Pentaxの*ist Dに35mmのレンズと100mmのマクロレンズだ。(注4)そして、首からニコンの双眼鏡ミクロン6x15を提げ、白色LEDライトと日焼け止めと虫除けウェットティッシュを携帯した。中国語が通じるし、規制地域も少ないので、台湾をまわるのは日本国内よりもずっと気楽だ。(注5)


強大な台風13号が来る前日だった。予定が滅茶苦茶になるのはわかっていたが、この夜は街灯まわりに専念しようと歩き回った。場所は台北近郊の温泉地、烏来である。はじめに現れたのはオニツヤクワガタだった。あごが片方折れていたが85ミリのなかなかのサイズだ。大きさがわかるように手に乗せて写真を撮った。


オニツヤクワガタ


この夜は非常に蒸し暑く、うちわで扇ぎながら歩き続けた。シカクワガタ♂の礫死体をみつけたので、きれいな個体を探し歩いた。深夜におよぶまで何度とななく同じ道を往復し、ヒラタクワガタ3♂3♀、シカクワガタ♀をみつけただけで、写真も撮らずに、引き返した。

翌朝にはもう何も音が聞こえないほどの大雨になっていた。山地にいれば取り残される危険があるので、平地をめざした。台風をやり過ごすため、上陸すると予想される東海岸の宜蘭にバスで向かった。(注6)

もともとの予定は、この宜蘭から内陸にバスで入って、温泉を巡りながら歩いて横断するつもりだった。窓のない安宿の一室で緊迫したテレビの台風情報をみつめ続けて、予定していた場所にすべて行けなくなったことを覚った。深夜に腕時計のProtrekファーブルモデル(注7)の気圧計が980hpを下回り、風が弱まったのを感じた。


台湾が台風に飲み込まれる寸前のテレビの衛星写真

翌日は、列車もバスも全線不通で身動きが取れなかった。台湾では、27年ぶりの大きな台風災害だったらしい。その翌日には軍隊が動いてなんとか鉄道も運行しだした。ずっとやっているテレビの災害情報で通行できないところをチェックして、とにかく行けるところがないか消去法で探していった。蘇澳の冷泉で炭酸水に浸かって頭を冷やし、かつて行ったことのある盧山温泉に向かうことに決めた。



盧山温泉には台湾の中心にある埔里からバスで行く。島の東側から通じる道は閉ざされたため、丸一日かけて島を半周して埔里に着いた。ここ、南投県は1999年の大地震で大きな被害を受け、いまだに復旧していない道路も残っている。まずは、大きくなった羅錦吉さんの店の前を通り過ぎて、「霧社」で下車した。

霧社は、9年前とは一変していた。200メートルほどのメインストリートにはセブンイレブンとファミリーマートができている。古いバス停が記憶に残っているのみだ。湖の方に下りていくと懐かしさもあり数時間歩いたが、ここでは百歩蛇(ヒャッポダ)を見かけただけだった。(注8)


霧社


標高1100メートルの山間の温泉地、盧山温泉には大ホテルが林立していた。呆然として降り立ち、昔の記憶をたよりに客引きを避けて奥に進んで宿をとった。昼間のうちに山道の街灯を探して見回るとテナガコガネの死骸が転がっていて期待できそうだった。


盧山温泉


夜になって、ホテル群の明かりを避けて山に入っていくと、いきなりテナガコガネの♂に出会った。台湾の保護昆虫なので絶対採っては行けないが、写真を撮るのは問題ないだろう。そして、数時間歩き続けて、サビクワガタやミヤマヒラタクワガタやフタテンアカクワガタを次々に見つけた。


テナガコガネ


サビクワガタ



翌日は、照りつける日射しの中、延々と5時間以上山道を歩いてマルバネクワガタを探し、死骸を2つ見つけただけだった。夜に備えて宿に戻り、屋外温泉に浸かっていると、壁を歩いているドロマルバネ♂を見つけてしまった。(注9)


ドロマルバネクワガタ

以前に台湾に来た時もそうであったが、一人で辺鄙なところを歩いているので、通りがかった車がたびたび声をかけてくれる。探している時は申し訳なくも断ざるを得ないが、場所によっては何度か乗せてもらった。

その夜もタイワンミヤマクワガタ♀や、なかなか大型のフタテンアカ♂や、テナガ♀、オニツヤ♀、ドロマルバネ♂の追加などがあった。暗闇から突如吠えながらやってくる犬にも慣れてきた。(注10) 重複するクワガタはいちいち、写真に撮ることはないので、けっこうな数のクワガタを見つけたことになる。 


ミヤマヒラタクワガタ


フタテンアカクワガタ



再び、烏来にやってきた。一週間前に泊まった宿の看板が吹っ飛んでいた。最後の夜は、小型のオニツヤ♂や大きめのヒラタ♂しか撮れなかった。今回は台湾に来て、行きたいところにいけなかったこともあり、普通種ばかりだったが、台風の中としては面目を保てたと思う。(注11)


烏来温泉


ヒラタクワガタ

帰国前に、台北駅付近の大型書店街を巡ってみると、日本のクワガタ雑誌の中国語版に藤田さんと採集名人の対談がそのまま中国語訳されて載っているし、飼育関係の本も充実していて面白かった。台湾でもクワガタ飼育熱が起きているようだ。

また、台湾のクワガタムシの全54種と4亜種の各サイズの整った展足がされた1000個体以上の実物大のきれいな写真が130頁にわたって掲載されている図鑑と、見分け方のポイントなど300ページにわたって全頁カラー写真で丁寧に示してで詳しく載っている解説本がセットになっている「臺灣鍬形蟲」李惠永/著(親親文化)という本をみつけた。台湾のクワガタの本はいくつか持っていたが、この本は別格だ。今回の台湾での一番の収穫かもしれない。(注12)
http://www.best100club.com/package/focus53.asp


(注1)バックパッカーは税関で怪しまれる可能性があるため。
(注2)9年前より採集環境が厳しくなっているので。
(注3)図鑑より目立たない。
(注4)人通りのない山の中を歩いている時に、「何をしているのか」と聞かれた場合に、「写真を撮っていた」と答えるのにも一眼レフは役に立つ。
(注5)国家公園と生態保護区では採集できない。台湾のニュースサイトを調べたらクワガタを採って捕まった台湾の大学生の記事も発見できた。
(注6)予想通り、山地や都会よりも台風被害が少なかった。
(注7)バックライトにヘラクレスオオカブトが浮かび上がるレアモデル。
(注8)咬まれたら「百歩」歩く間に死に至るというマムシぐらいの毒蛇。
(注9)苦笑いしながら、あわてて捕まえたら、お腹を挟まれた。
(注10)高輝度の白色LEDライトで目くらましをして怯ませる。
(注11)全部で8種、ヒラタとフタテン♀が多かった。
(注12)序文の一部を意訳してみると「日本では外国産クワガタが解放されてから逃げ出した個体が野外でみつかって問題になっている。日本よりも気候が温暖な台湾では、このような外来種の問題はもっと深刻な影響を与えるであろう。同好の各位はきっちりと飼育して、絶対に放したりしないでください。」


2005年下半期号目次へ