いってみっけ?茨城さ・・・・



関東地方の中でも千葉県が在する房総半島は、比較的気候も温暖な一帯です。 先端に位置する館山の海が珊瑚礁の北限地である事からもそれは窺えます。 この房総半島を太平洋側から俯瞰して、西側の東京都の近くに「高尾山」があります。 さして標高も高くなくハイキングコースとしても絶好ですが、頂上から見晴らす景色は、なかなか侮れません。 よく晴れた日には富士山はもちろんのこと、北の方角に目を向ければ会津磐梯山のてっぺんさえ臨められ、その手前に茨城県の有名な「筑波山」を見つけることが出来ます。

筑波山の麓には、山からもたらされる水源を利用して広大な田園地帯が広がり、その周囲に点在する雑木林のおかげで、実に豊富な生き物達が暮らしています。 夏になれば、田圃のあちこちでヘイケボタルが競い合うように光を交わし、水の中にはタイコウチやタガメといった水生昆虫が泳ぎ回ります。 雑木林の中もこれまた賑やかで、ナナフシ、タマムシ、オオムラサキが樹間を飛びまわり、ノコギリクワガタとコクワガタが樹液を吸ってる姿をよく見かけます。 カブトムシは外灯の下で転がる数え切れない程の個体を見つけたこともありました。

ここまでなら房総半島の状景とそんなに違わないのですが、どういうわけかヒラタクワガタを見た覚えがなくて、まぁ、ミヤマクワガタももう少し北じゃないといないらしいし、仕方ないのかなと思っていました。 ところが或る日地元の方から「ミヤマなら筑波山の近くで採集できますよ」という、ご連絡を頂戴したのです。 私にそれを教えてくれた親切な方が案内してくれたのは、平地ではないものの小高い丘程度の標高しかない普通の雑木林で、一見するとミヤマが居る気がまったくしません。 しかも、樹液の匂いは漂うけれど、手の届く位置にはあまり無さそうだし、採集って言うけど、まさかライトトラップなんかやっちまったら、パトカーが立ち所に包囲するに決まってます。 あんな経験はスポーツカーを駆っていた若い時分だけでこりごりだし嫌だ。などと考えあぐねていると.......

「何をボーッとしてるんですか、採集はこうするんですよ」と告げるやいなや、スルスルあっという間に生い茂る草叢を分け入り、樹の根元から「いいですか、そこで立っててくださいね」と仰ります。まっ、まさか蹴るのか!? ズドドドーン、大槌でぶっ叩いたような轟音のもと、樹上から何かが落っこちて来るではありませんか。 慌ててキャッチしたその虫こそミヤマそのものでありました。 欲しかった虫をこの手に出来た喜びもありましたけれどそれよりも、これが噂に聞いてた本物のキック採集なのかと、そっちに感動しちゃいました(笑) 私がいくら蹴っても、ペチッって音しかしませんからね。下半身の鍛え方が半端じゃないと出来ない技でしょう。

それにしてもポイントを知っているという事が、こんなにも重きを成すとは。 聞けば他にも、ヒラタ、オオクワ、アカアシ、ヒメオオ、コルリ、等々が発見された事があるらしいので、根気良く探し続ければそのうち私でも採集出来る日が来るのでしょうかね。 関東近辺にお住まいで、我こそは採集の達人と自負している方々は、遠くの山でライトトラップする前に、筑波山こそ嗅覚を如何なく発揮できる場所ではないかと思います。 残念ながらその場所は忘れちゃいましたから、教えてほしいと言われても私が行けませんので諦めて下さい。

振り返っても高校時代をかの地で過ごせた経験は貴重でした。 思い出の中にはいつも、この山が見せてくれた絶妙に変化する風景が燦然と輝いています。 麓に広がる広大な田園地帯、そこからモクモクと立ち上る水蒸気が朝日を浴びた刹那、まるで山全体が生きもののように刻々と色彩を変え見事なまでの薄紫色になった瞬間が忘れられません。 古の万葉の歌人達も同じ景色を見たのかもしれませんね。

もっとも、この世に変わらないものは何ひとつとして無いからには、私が見てきた風景だっていつまで続くかそれはわかりませんから、その瞬間を切り取って脳裏に焼き付けておくことも大切な経験ではないでしょうか。 夜空を見上げれば眩いばかりの星座も瞬いております。 昆虫採集に出かけた時は、そんなことを思い出して、ちょっとだけ足を止めて耳を澄ましてみると、都会では味わえない時間の流れを実感できるかもしれません。 どうぞ、関東の雄「紫峰 筑波山」を堪能しにお出かけください。


2005.12.15 藍の風


夏の筑波山





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