一時帰国オフミ報告

えいもん



フランスに赴任してもうすぐ1年が経とうとしている。当初は、セミが鳴かないほど緯度の高い異国の地において、 「くわ馬鹿」な活動を続けることは難しいのではないかと覚悟していた。しかしながら、パリ周辺は、 昆虫の数や種類は少ないながらも、採集環境としては予想以上に楽しめるものであった。そのおかげで、この1年間、 家族の冷たい視線を感じつつも、それなりの「くわ馬鹿」生活を送っている。

ところが、日本での活動環境に比べて、当地にはやはり大きく欠けているものがある。その筆頭は、何と言っても、 「虫仲間」がいないことである。

採集は、常に単独。自分は日本でも単独の採集行をいとわなかったのであるが、さすがに毎度となると、 かなりの寂しさを覚える。これは、ある意味で、採集の競合者がいないという大いなる幸運の裏返しと考えることも できるが、やはり喜びや失望を分かち合う仲間がいてこそ、趣味の充実感が得られるものだと、改めて実感する。

実は、これも自分のフランス語能力の足りなさによるものであり、かのファーブルを生んだ国であるフランスには、 探す努力をすれば虫仲間はきっと見つかるであろう。しかし、こと採集となると、それを趣味とするフランス人は、 少なくともパリ周辺にはめったにいないのではないか。たとえ言葉の壁がないとしても、日本におけるような 気心の知れた採集仲間が当地でもできるかどうか、いささか疑わしい。

そのような中、東京に出張の用務ができて、ほんの数日間であるが、一時帰国できることとなった。 これは、自分にとって孤独感を癒してもらう、またとないチャンス。一時帰国中の日程の一部を何とか空けて、 早速、亀有カブト氏に連絡をし、仲間に声を掛けてもらうことにした。


5月20日夕刻、仕事の用務を終えて、渋谷駅南口からほど近い某居酒屋に急ぐ。すると、たいへん嬉しいことに、 相当「濃い」メンバーたちが既に集まっていて、昆虫談義に花を咲かせていた。亀有カブト、coelacanth、あいあん、 BAJA諸氏に、最近関西から関東に引っ越してきたばかりのtsuu3@田中氏、そして関西から出張中のえりー氏が加わっている。 この日は、パリから自分、関西からえりー氏を迎える「迎撃オフ」ということである。

そして、予定されていた集合時間になると、タカ、HC7、ピーコ諸氏、古谷夫妻が加わり、追って、サイコ、エンダー、 修理亮、あきんこ諸氏が駆けつけるなど、「くわ馬鹿」や「まちかね掲示板」創設期のメンバーを中心に、 そうそうたる顔ぶれが集まることとなった。

「オフミ」という言葉自体、今やどの程度使われているのか承知していないが、「くわ馬鹿」の初期の頃の号を ご覧いただきたい。インターネットの拡がりにクワガタ・ブームの盛り上がりが相俟って、ネット上の情報交換だけでは 飽き足らないメンバーたちにより、熱気あふれるオフミが頻繁に開かれていたことが伺われる。今や、クワガタ・ブームの 方は、当時と比べるとすっかり落ち着いてしまい、クワガタ・ブームの火付け役の面々も、熱気から醒めてしまった 感がある。それでも、「いざ鎌倉」ではないが、ほんの数日前の呼びかけで各地からこれだけの人々が集まるのだから、 「くわ馬鹿」のネットワークはいまだに健在だ。みんな、昆虫の、そしてクワガタの話をするのが大好きなのである。 自分がインターネットに入り始めた頃、この「くわ馬鹿」のネットワークに是非とも入ってみたいと願ったものであり、 そしてついこの世界に飛び込んでしまったのだ。

居酒屋の卓上であるにかかわらず、自分から、フランスから持って帰った虫をみんなに配る。まとまった数のコルリが 採れればよかったのだが、新芽採集が難しく、コルリの持ち帰りは♀1頭だけとなってしまった。えりー氏、tsuu3@田中氏、 あいあん氏、BAJA氏という名うての小型種専門家達にその個体を見せると、一目で、「ルリクワガタのように見える」 との声が上がる。そんな感想を聞けるだけでも嬉しい。その他、ヨーロッパオオクワガタ(パラレリのことです)や 藍色のセンチコガネを、誰もが興味深く見てくれる。日本の虫と似ているようで少し違う、その違いを見出すのが楽しいのだ。

やがて、最終の新幹線に間に合うようにと、えりー氏が席を立つ。聞けば、翌日早朝より、k-sugano氏とコルリ採集だそうである。 何というタフさ。仕事も遊びも目一杯、というのが社会人としての理想の姿だ。今年は季節の進行が遅いと聞くが、 関西では新芽採集の機が熟し始めたようだ。

一人減ったものの、これほどの人数だから、それぞれがバラバラに話をしながらも、話のネタは尽きる気配が全くない。 隣の席は、古谷氏だった。そして、その隣が奥様。古谷氏は普段は奥様について裏腹なことばかり言うのだが、 仲の良い夫婦で実に羨ましい。自分の家内が「くわ馬鹿」な集まりに参加したのは、ただの一回だけだ。まあ、自分の場合は、 家内が「くわ馬鹿」に理解がないからこそ、自分がこの趣味の奈落の底に落ちないための歯止めとなっているのかもしれない、 などと思ったりした。

そうしているうちに、一次会はお開きとなり、多くの人とともに二次会に行った。何を話したのかよく覚えていない。 しかし、たいへん心地よいひとときであったことだけは、よく覚えている。coelacanth氏の背中をパラレリが這っているのを ピーコ氏が目ざとく見つけたことも、よく覚えている。危うく渋谷の真ん中での放虫となるところだった。♀だったので、 誰しもコクワガタと思うだろうが。

店を出たときは、もう終電が間近な時刻だった。遠くから来ている人たちもいたので、それから無事に帰れたのだろうか。自分に 会いに来てくれただけではもちろんないのだが、これほどの人たちに集まってもらったのは、本当に嬉しいことだった。

そこで、ふと考えてみた。たとえ自分が東京で勤務を続けていたとしても、この日集まった人たちとは、そう頻繁に顔を 付き合わせるわけではない。しかし、インターネットの上では、掲示板等を通じて、直接ではないにせよしょっちゅう 言葉を交わしている人たちである。それは、自分がフランスに滞在している今でも、時差があることを除いて ほとんど変わりがない。その人たちと、こうして一時帰国中に再会しても、互いの近況についてはネットを通じて ある程度の情報を既に持ち合わせているだけに、直ぐに溶け込んで話ができてしまうというのは、 よく考えるとすごいことだ。

すなわち、自分はパリでは孤独であるものの、その孤独感をインターネットを通じて虫仲間たちに常に癒してもらって いることに、いまさらながら気がついたのである。

会合の呼び掛けの労をとっていただいた亀有カブト氏をはじめ、参加された皆さんとお会いでき、中には 久しぶりにお目にかかる方もおられて、たいへん楽しいひとときでした。また東京出張の機会を作りたいと思いますので、 どうぞよろしく。

[オフミ]


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