ミヤマクワガタの累代飼育- 深き山にて空飛翔し鹿ありき - |
<はじめに> 初めまして、藍の風と申します。 この度ミヤマクワガタの累代飼育について書かせて頂く運びとなりまして、先ずはご挨拶をと思った次第であります。 ところで、書き始めるに際しましては、どのような方々の目に触れるのやら興味津々でございます。 子供の頃は沢山いたという羨ましい人もおられるでしょう、ひょっとしたらミヤマどころかクワガタムシそのものを成人するまで見たことが無いという人でしょうか、 もしかするとインターネットですから海外の人かもしれませんね。 いずれにせよミヤマクワガタに興味を抱いている方でしたら、多くの人がご存知かと思いますが、 本誌「月刊:クワガタ狂の大馬鹿者達!」の1998年2月号および3月号にて爆発栄螺さんが発表されましたミヤマクワガタの飼育講座こそが不動のものだと思います。 私の方法も著しく逸脱したものでありませんし、どちらかというと累代することに汲々として、発表できるような体重等のデータも全く計測していません。 ですからこれらの文章は、参考どころか引用すら値しないことでしょう。ごめんなさい。 <ミヤマクワガタの輸送> 山で採集したミヤマが麓に着く頃には全滅していた経験はありませんか。
例えば10頭ほど採集して、半分も生きて持ち帰れたら上出来で、更に数日も経てばその残りもバタバタと死んでしまいます。
これは、何が原因なんでしょうね。高温に弱いからだという人もいれば、極端に蒸れに弱いからという人もいます。
どちらにせよ、飼育を目的とするなら、少しでも生存率を上げなければなりません。
難しい事はさておいて、とりあえず冷やしちまえば、何とかなるらしい。そこで皆さんが考えられたのが次の通りです。
もしも車で出かけられるなら、これを用いるのが最も無難な方法です。 ミヤマの♂は気が荒いので、個別できる容器を別途用意しないと、惨劇がおこりそうです。2.簡易冷却剤 薬局等で売られている瞬間冷却剤。見た事が無いという人は冬に使うホカロン、あれの夏番を想像してください。 軽くて持ち歩きにも便利なので何個か持っても苦になりません。好きな時に使える反面、冷え過ぎと持続時間に注意してください。3.自動販売機 日本は大概の場所に自動販売機が設置されてます。飲料水を買ってミヤマの近くに置くだけでも効果があります。 ペットボトルタイプよりも缶入りの方が持続時間が長いです。温まったら飲んでしまいましょう。4.宅急便 早い、確実。最終便の時間に持ち込んで、翌日午前指定します。 もしも遠方から送る時は、コンビニに行けば比較的安価で氷が手に入りますから、それをタオルに包んでから発泡スチロールの入れ物に梱包すればいいでしょう。 インターネットでミヤマを購入した場合でも、宅急便は強力な味方です。 <飼育する温度> 温度は18度〜25度に保つのが理想的だと思われます。 真夏の気温が30度を超過してしまう日本では、冷房する為の装置が必要です。 中古の冷蔵庫やワインセラー、クーラー、温室用の冷房装置、また最近ではミヤマを含め高山種の飼育も可能な「冷やし虫家」も売られていますので、経済状況に合わせて選択すると良いでしょう。 ただしくれぐれも冷蔵庫を改造するような無茶な行為はメーカーの保障外となりますし、大変な危険をともないますので、私はお勧めしません。 もしもこれらの装置が買えないとしても、大型の発泡スチロールに水を入れて、飼育ケースごと浸けてしまう方法もあります。 朝と晩に冷却剤を水に入れてみるとか、この触媒となる水を塩水にしてみるとかいろいろと試してみてください。 <飼育に際して用意するもの> プラスチックケース、産卵用マット、ホダ木、昆虫用ゼリー、ビニール袋 1.プラスチックーケース説明が難しいのですが、メーカーが称するところの大サイズかそれ以上のスペースが望ましいでしょう。 小さいから産卵しないという事は無いと思いますが、飼育する個体が大きいのにケースが小さいと、♀を挟み殺す事故が増えるのはノコギリクワガタと同じという事でしょうか。2.産卵用のマット ここでいうマットとは、広葉樹をパウダー状に細かく粉砕し、小麦粉を加えて何日も醗酵せしめた物です。 こうした商品はカブトムシ用として、袋に入った状態で販売されていましたけれど、最初はなかなか期待通りの物が手に入らず苦労しましたね。 それこそ冬の間中を袋ごと床暖房の上に置いて、過醗酵を促すなんてこともしました。 この時は軽く実験するつもりが、袋の一部が破れて醗酵臭が漂う、コバエは乱舞する、電気代の請求に到っては見たこともない金額になる。一番の悩みは大量生産が出来ない点でした。 そんな時に彗星の如く出現したのが、OBCむげんさんが新たに販売した「無添加醗酵マット」だったのです。 以来、このマットを使い続けていて、ミヤマ飼育に欠かせなくなりました。3.ホダ木 クワガタムシ用として売られている産卵木です。稀に♀成虫がマットに潜る途中で力尽きたように死んでいるのを見かけるので、足場になればと思い入れてます。ですから細い材で十分でしょう。4.餌ゼリー 普通の昆虫用ゼリーですが、おそらく想像以上に消費しますので覚悟して下さい。 ミヤマは一旦でも弱り始めると回復する事がありませんので、餌切れには注意したいところです。 私の飼育下で、1ペアが一週間に食べ尽くす消費量は16g×10個です。極めて燃費悪し。5.ビニール袋 湿度を保つ目的で、飼育ケース本体と蓋の間に挟んで使います。 ただし穴をあけただけでは、蒸れてしまい逆の効果になりかねませんので、通気性を考慮した使い方をしたほうが良いでしょうね。 <産卵させるための方法> 産卵用マットに水分を加えることから始めます。
おそらく「無添加醗酵マット」のみならず、他のメーカーのマットも購入した時点で、適度に湿気を含んでいるかと思いますが、ミヤマを産卵させる為には別途水分を加えなければなりません。
けれども加えすぎるとマットが腐敗しますので、その点だけは注意して下さい。
<ブリードのテクニック> 私自身はあまり経験していないのですが、気の荒い♂が♀を挟んで殺してしまう事故があるそうです。 年間を通しても成虫が販売される期間が短いので、失敗したら翌年まで待たなければなりません。 そこで登場するのが♂の大腮を針金で縛る方法です。 ノコギリクワガタなど気の荒い昆虫を飼育するのに効果的な方法として、知ってる方も多いでしょう。 私も当初は素直に普通の針金でやっていましたが、如何せん、これだと思うように曲がりません。 そんな時にnaritaさんから紹介して頂いたのが、菓子類の包装口を縛っている針金です。 これだと非常に柔らかくてしっかりと縛れるので、不器用な私でも容易に行う事が出来ました。 工務店やホームセンターでも手に入りますから、ご存知でない時は試されてはいかがでしょうか。
産卵用マットは多量に詰めた方が結果が芳しいこともあります。 フライミヤマの♀はマットをケチると飼育ケースの底を徘徊するばかりで、ちっとも産卵しない事がありました。 ただし詰め過ぎると飼育ケースを持ち上げたときに重さで腰を痛める事になりかねませんから、くれぐれも「自分が持ち上げられる程度の重さ」にして下さい。 仮にこれを読んで、腰を痛めても、当方としては一切責任を負いません。 <幼虫の回収と飼育> 産卵していると飼育ケースの底に「天の川のように散りばめられた卵が見れる」と聞いた覚えがあるのですが、残念ながら未だに見たことがありません。
いつもケースの外側から、マットの様々な場所に幼虫を確認した後に、回収しているような状況です。
成虫を飼育ケースにセッティングしてから、幼虫を視認できるようになるまでの期間は、平均で約60日ほどです。
幼虫の回収方法は、衣装ケースなど幅の広い入れ物を用意して、そこにマットを広げるように行えば、楽に出来ることでしょう。 <産卵結果> ここまでご紹介した方法で国産ミヤマはもとより、外国産ミヤマも産卵しました。結果は次の通りです。 国産ミヤマクワガタ 最高120頭(2♀の結果) また、産卵用マットを詰める時に片側半分に黒土を使うこともあります。
ミヤマの飼育に黒土を用いる方法そのものは、昔からマニアの間で行われていたようで、決して真新しいものではありません。
ただし欠点をあげるとすれば孵化した幼虫が黒土そのものを食しているとは考え難くい点です。
いつもの調子で数ケ月後に幼虫を取り出してみたら、夥しい初齢幼虫の頭部の殻だけ見つかる事があったのです。
この反省から産卵セットに際して、マットと黒土は混合せず、尚且つ幼虫が餌を選択出来るであろうと想像し、事実それなりの成果が得られました。 また、何れの方法でも惨敗したのは、カンターミヤマとミクラミヤマです。 前者は都合3度チャレンジするも一敗地にまみれるような状態で、今のところ打つ手なし。 これを飼育する為にエアコン設定を15度にしてしまい、挙句の果て故障させる苦い経験があります。 後者は多少成功したものの、あれよあれよという間に壊滅した印象でしょうか。 そのうち、あろうことか採集禁止になってしまい、機会そのものを失いました。 仲間とされるラエトゥスミヤマと成長過程を比べてみたかったんですけどね。 今の時代には、こうした好奇心は通用しないのでしょうか、なんとも残念。 <羽化後の管理と次世代への繁殖> 飼育下では概ね夏〜秋頃に羽化が集中します。
羽化した新成虫は、幼虫と食性が異なり、マットを食べませんので成虫用の餌ゼリーを用意します。
ただし多くの個体は翌年の春以降に活動を開始することになるでしょうから、それまでの約半年間を乾燥させずに維持管理する必要があるのです。 難点は、そろそろ羽化した頃だろうと予測したのに、蛹だったという時です。 飼育経験が豊富な人でしたら対処方法も心得ているでしょうが、パニックになる人も少なからずいるかも知れません。 何故ならば、多くのミヤマは飼育瓶の外側からでは見えない、内側に蛹室を作る習性があるからです。 これを避ける為には、マットを取り出す時に飼育瓶を斜めに傾け、慎重に行うしかありません。 そのうちポコッと空間が出現しますので、羽化しているのか蛹なのかを判断します。 もし蛹の入っている蛹室が壊れていなければ、余分なマットを捨て去り、そのまま羽化するまで観察しましょう。 万が一にも蛹室を壊してしまい、このままでは羽化出来そうにないと判断される場合は、オアシス等の人工蛹室を使えば良いわけですが、ミヤマの蛹室は頑丈ですし、わざわざ壊す必要も無いと思います。 冬場の温度については常温管理しており、上記種に限り10度を下回っても特に問題は発生しませんでした。
ただし、下限について調べたわけではないので、この点については飼育される環境の差もあることから不明です。 <飼育下に於ける不思議> 1. 成虫の入手時期、管理温度、環境、餌を全て慎重に合わせていても、何故か寿命に差が出てしまいます。 それがまた極端で、購入して僅か数日で死んでしまう個体もいれば、特に変わった事はしてないのに翌年の春まで元気に摂食する個体がいるのです。 この差は何に起因するのでしょうか。成虫の状態から探れないとしたら、幼虫期に食べた餌に違いがあるとでもいうのでしょうか。 知ってる方が居たら教えてください。 2. 成虫の温度についても謎が残る部分です。 少し前の話になりますが、makeさんは夏に採集した国産ミヤマを屋外にて、なんと翌年の梅の咲く季節まで生存させています。 場所柄も関東の平野部で決して気温が低いわけでもないし、風通しが良かったそうなので、こうした現象も起き得たのでしょうか。 ミヤマを飼育するうえで、温度管理はした方がベターでしょうが、絶対条件では無いという良き例としてあげたいものです。 3. 幼虫飼育について補足します。 私はこれにも無添加醗酵マットを使いますが、半年に一回程度の交換頻度で、ヨーロッパミヤマは70mm前後に達しておりますし、汎用的にも十分だと判断しています。 しかし唯一、アマミミヤマのみ失敗してます。産卵は簡単で初齢幼虫も難なく育つのですが、3齢になる孵化後一年目辺りから突如として拒食状態に陥り、最初の年は壊滅してしまいました。 その後にピーコさんからアドバイスを頂戴して、微粒子と粗目の混合マットを自作したところ安定する事が確認できました。今のところ、他のミヤマでは見られない現象です。 4. 羽化後の管理について触れましたが、私のところでは冬を待たずに活動した成虫がいました。 2004年はとにかく暑い年で、例年より早く8月には羽化する個体が出現したものです。 多くのこうした新成虫は、取り出しても活動せずマットに潜るのですが、この年に羽化した北海道産のミヤマだけは、どうしたことか盛んに動き回っていました。 試みに餌ゼリーを投入し、ペアリングさせたところ、驚く事に10月末の時点で幼虫を確認してしまったのです。 新成虫の内臓器官成熟について、多くの意見を聞き及びますが、2ケ月あれば十分という事なのでしょうか。 5. 4のミヤマは、北海道北部で採集された♀の子孫です。室温20度にて丸2年で羽化しましたが、5♂とも歯型は基本型となり、期待のエゾ型は発現しませんでした。 更に同一条件で飼育した福島県産から、フジ型3♂とエゾ型2♂が羽化しました。 つまり「北海道で採集されたからエゾミヤマ」と称するのは勝手ですが、「北海道で採集された子孫はエゾ型」という断定的な一部意見には賛同しかねます。 6. 累代飼育に必要な幼虫の個体数は何頭なのでしょう。 2002年に友人からフランス産のヨーロッパミヤマ幼虫を10頭譲り受けたところ、3頭は飼育過程で死亡し、2頭は翌年♀として羽化、 残り5頭が2♂3♀として2年後に羽化しましたので、単純計算だと5割しかペアリングに使えない結果でした。 更に管理が不十分だったり、何がしかの理由で冬の間に数頭が死ぬと仮定したら、これはもう累代飼育どころの話ではなくなります。 これら諸問題を回避する為には、個人で行う場合は最初に10頭〜20頭を保有し、早期に羽化する♀を想定して翌年孵化の幼虫も確保しなければならない計算になります。 運が良ければ、3〜5頭より1ペアが羽化するでしょうが、博打的要素が強すぎです。 <最後に> たかが虫と興味の無い人は口にします。 その虫のために、山の中まで採集に連れて行ってくれる人がいて、忙しい合間を割いて快く飼育相談に応じてくれる人がいて、深夜に沢山の飼育瓶を届けに来てくれる人がいて、 情報について逐一調べ手配してくれる人がいて、遠方から自宅まで虫を届けてくれる人がいて、そして虫に携わる時間を与えてくれる家族がいる。 ここまで書いてまいりました内容は、もとより私個人の成せるものではありません。 また、ミヤマに偏重した方向性を理解してくれたショップの協力も忘れる事が出来ません。 関わって下すった全ての方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。最後まで読んで頂いて有難うございました。 2005.7.7 藍の風
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