ヨーロッパコルリ(Platycerus caraboides)に関する考察
(1)

[ヨーロッパコルリ]

えいもん




1.はじめに

2004年11月11日、パリの外縁から50kmほどの郊外にあるフォンテーヌブローの森で、幸運にもヨーロッパコルリクワガタ (Platycerus caraboides)の成虫を朽ちた材より採集することができた。その模様を記録した採集記については、あいあん氏の ウェブサイト「くわハウス」に拙文を投稿したので (「投稿作品の部屋」参照)、本稿に加えてお読み頂ければまことに幸いである。

たった一度の採集経験でヨーロッパコルリに関して論じ始めるのは、いささか早計であるとの謗りを免れないかもしれない。 しかし、ヨーロッパコルリについては日本で未ださほど紹介されていないところでもあり、この経験をもとに、 現時点での自分なりの考察をまとめてみることとしたい。

2.分布

「世界のクワガタムシ大図鑑」(むし社)その他によれば、ヨーロッパコルリの分布は、ヨーロッパにおいてはその全域と されている。寒冷な気候に強い種であり、ヨーロッパ北部においても普通に見られるようである。

日本では、コルリクワガタといえば、ブナ林に生息しているクワガタの一つであり、本州では主として標高1000m以上の高山の ブナ帯で見られる。フランスにおいても、日本と同様のブナ(ヨーロッパブナ)が見られるので、ヨーロッパコルリもフランスを 含むヨーロッパ一帯のブナ林を生息地としているものと予想される。フランスでは標高500〜1000mほどの高地のブナ林で生息 しているようであるが、パリ辺りの緯度では、標高100mほどの地点でも場所によりブナ林が広がっており、今般、そのような 平地のブナ林においても生息が観察されたところである。このことは、標高の高低にかかわらず、ある程度の広がりを持った ブナ林をヨーロッパコルリが生息地としていることを示すものであろう。

3.生態及び採集方法

インターネット上の検索サイトで"Platycerus caraboides"と検索すると、ヨーロッパコルリの画像が掲載されている当地の サイトに出会うことはできるが、解説記事が掲載されているサイトが見つかるまでには至らず、ヨーロッパコルリに関する 当地の資料や文献を未だ見出せないでいる。他方、日本でのヨーロッパコルリの生態や採集に関するある程度まとまった資料としては、 不勉強なため、月刊「むし」209号(1988年7月)の高桑氏の記事(「新芽に来ていたヨーロッパルリクワガタ」)と、あいあん氏の サイト「くわハウス」に投稿されている子連れ狸氏の一連の採集記をおいて他を知らない。今のところ、ヨーロッパコルリの生態を 解明する手掛かりに乏しい状況にある。

(1)新芽採集

高桑氏や子連れ狸氏の記事によれば、ヨーロッパコルリ(高桑氏の記事では「ヨーロッパルリ」とされている)の成虫は、 5月から6月の間のブナやナラ(カシワ)の新芽や若葉の頃合に、木々の間を飛翔するようである。日本では、コルリは ブナやミズナラなどの新芽に集まることがよく知られているが、ヨーロッパ(南フランス)でも、高桑氏により未萌芽の 枝に飛来することが確認されている。ただし、新芽を齧っているところや新芽に潜り込んでいるところは必ずしも確認されていない ようである。また、両氏が確認した個体は皆♂であったことも、興味深いところである。

なお、tsuu3@田中氏は、(日本で)そもそもコルリが新芽に一斉に集まるのは、降雪地域に限られた現象ではないかとの 仮説を立てている(例えば、「コルリクワガタの採集方法」(ウェブサイト「つーさんの森」の「小型種の採集方法と飼育」参照))。この説に従えば、フランスに おいても降雪地域でないところでは、日本の降雪地域におけるほど効率的な新芽採集を行うことは難しいものと考えられる。 フランスの平地においては、まとまった雪が積もることは少なく、雪が春まで残ることはほとんどないものと承知しているが、 雪のない環境下のブナ林において新芽採集がどの程度可能か、来年の新芽の頃に実際に観察してみることとしたい。

(2)材採集

さて、今般試みた材採集であるが、結論から言えば、日本のコルリと全く同じ方法によって採集できた。すなわち、ヨーロッパ コルリの産卵痕は、ブナ林の中の落葉に埋もれそうな場所にある湿って黒ずんだ細い落ち枝に、日本のコルリのそれと 同じような形状で見られ、それを目印に成虫や幼虫を採集することが可能なのである。11月時点で材の中に成虫と終齢・若齢幼虫が 同時に見られるのも、日本の場合と変わるところがない。卵から成虫に羽化して野外活動を始めるまでの成長サイクルが、 少なくとも2年はかかるであろうことが予想される。

[産卵痕]

ヨーロッパコルリの産卵痕


 

なお、今般の採集では、ヨーロッパコルリの産卵痕は林縁でまとまって見つかり、林内で見つかることはなかった。これと 同じような情報を、神奈川産クワガタムシ調査委員会のKAY氏を通じて、氏のドイツ人の友人からも得ている。 ヨーロッパコルリが産卵場所に林縁を選ぶとすればたいへん興味深いことであるが、これについて何らかの結論を得るまでには、 さらに採集経験を重ねる必要があろう。

4.個体の特徴

(1)体型

まずは日本のコルリと並べて見比べるのが、最も分かりやすいであろう。(注:下の画像は、 画像ごとに拡大率が異なるものであり、各個体の体長比を表わすものではない。)

[ヨーロッパコルリ♂] [コルリ♂]
   
ヨーロッパコルリ♂(北フランス産) コルリ(原名亜種)♂
(画像:k-sugano氏提供)


[ヨーロッパコルリ♀] [コルリ♀]
   
ヨーロッパコルリ♀(北フランス産) コルリ(原名亜種)♀
(画像:k-sugano氏提供)

 

ヨーロッパコルリの体型は、日本のコルリと比べて、横幅が広く、全体的に「ずんぐりむっくり」とした感じである。 その一方で、前胸背板の形やその後部両端に小さな突起角が見られるところなど、コルリとしての特徴が認められると言えよう。

(2)体長

体長は、ヨーロッパコルリの方が日本のコルリより概して大きいという(「世界のクワガタムシ大図鑑」によれば、ヨーロッパ コルリ♂の体長は10.0〜15.2mm、日本のコルリ♂の体長は8.5〜14.0mm)。また、子連れ狸氏によると、フランス北部の標高500m ほどの同じ場所で採集した♂個体で、13mmと9mmという大きな体長の違いが見られたとのことである。ちなみに、今般の自分の 採集個体は、♂が11mm(2頭とも)、♀が9mmと、日本のコルリのいわば平均的な体長であり、上記「大図鑑」からすれば、 ヨーロッパコルリとしては比較的小さい個体であったと言えよう。これは、たまたまなのか、それともヨーロッパ南部の平地産は 小型化する傾向にあるのか、興味深いところである。

(3)体色

♂は一般的に深い藍色の光沢を持っているようだ。今般の採集個体について言えば、一頭目の♂個体がまさにその例である。 しかし、二頭目に採集した♂個体は、藍色ながら一頭目と比べると若干緑色を帯びるような色合いであった。同じ場所に生息する ヨーロッパコルリ♂でも、色に若干の個体差が生じるものと思われる。

♀は、日本のコルリと異なり、♂と同様に深い藍色(♂よりも若干濃い色か)の光沢を持っていた。子連れ狸氏の採集例では、 銅のような(氏の言を借りれば、「緑よりもくすんだ銅色っぽい」)色合いの♀もいる(下の画像参照)ということなので、 もしかしたら♀の色はバリエーションに富むのかもしれない。この点については、何とか採集例を増やして観察してみるしか ないであろう。


[ヨーロッパコルリ♂1] [ヨーロッパコルリ♀]
   
ヨーロッパコルリ♂(一頭目) ヨーロッパコルリ♀


[ヨーロッパコルリ♀と♂2] [ヨーロッパコルリ♀2]
   
ヨーロッパコルリ♀(右)と♂(二頭目)(左) ヨーロッパコルリ♀(北フランス産)
(画像:子連れ狸氏提供)

 

なお、日本のコルリと異なる特徴として、ヨーロッパコルリの♂は脚がオレンジ色ではなく、胴の色と同じ(濃い藍色)で あることが確認された。逆に、ヨーロッパコルリの♀は、日本のコルリ♀と同様に、脚や(胴の裏側の)腹部の色はオレンジ色を していることが確かめられた。


[ヨーロッパコルリ♂の腹部] [コルリ♂の腹部]
   
ヨーロッパコルリ♂の腹部 コルリ(ミナミコルリ)♂の腹部
(画像:tsuu3@田中氏提供)


[ヨーロッパコルリ♀の腹部] [コルリ♀の腹部]
   
ヨーロッパコルリ♀の腹部 コルリ(キンキコルリ)♀の腹部
(画像:tsuu3@田中氏提供)

 

5.他のルリクワガタ属の生息の可能性

今般の採集個体は、採集時の生息環境といい、その体の特徴といい、日本のコルリと大きく異なるところはなく、 本種にヨーロッパコルリという和名が付されていることを裏付けるものであった。

それでは、ヨーロッパには、日本のルリクワガタやホソツヤルリクワガタ等に類する種は見られないのであろうか。 いかんせん採集経験が不足しているところであるが、少なくとも今般の採集地において、日本のルリやホソツヤが好んで 産卵するような立ち枯れ・部分枯れや太めの倒木に、未だルリクワガタ属の産卵痕を確認してはいない。新種が容易に発見できる とは到底考えられないが、そのような立ち枯れや倒木等の表面に産卵痕があるかどうかを丹念に調べてみる価値はあるであろう。 この点は興味の尽きないところであり、新芽採集の可否とともに、今後の主要な観察課題としていきたい。

6.おわりに

本稿の内容の多くは暫定的なものであり、今後フランス滞在中に経験や知見を増やして、ヨーロッパコルリについての 考察を深めていきたいと考えている。


Special thanks to: 子連れ狸氏、あいあん氏、k-sugano氏、tsuu3@田中氏、きー氏、P.Kawadai氏、KAY氏、ピーコ氏


(主な参考資料)
「世界のクワガタムシ大図鑑」 水沼哲郎・永井信二共著 (むし社)
「検索入門 クワガタムシ」 黒澤良彦監修 岡島秀治・山口進共著 (保育社)
「新芽に来ていたヨーロッパルリクワガタ」 高桑正敏 (月刊むし 209号 1988年7月、むし社)
「ヨーロッパコルリ採集記」等 子連れ狸 (ウェブサイト「くわハウス」)
「コルリクワガタの採集方法」 tsuu3@田中 (ウェブサイト「つーさんの森」)
「ルリクワガタ属図鑑」 k-sugano/BAJA (ウェブサイト「くわがた狂の大馬鹿者達」2001年冬・02年夏・03年秋冬号)


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