ユーロミヤマを探せ!(イギリス編)


by coelacanth


この夏はイギリスから2件程ユーロミヤマ発見のメールが届いた。片方は、なんでも工事現場の倒木から沢山出て来た、幼虫もいる、もうじき工事でここは失われるが、こんな虫を殺してしまうのはもったいないからどうしたらいいだろう?というようなせっぱつまったもので、「それは是非写真を撮って、更に虫自体を採れればできれば送って欲しい」とまで言ったのだが、どういうわけだかそのまま連絡が無く、終わってしまった。もう一件も自宅の庭の木にミヤマクワガタの巣があるという事で、沢山いるらしかった。で、写真を撮ったら送る、との事だったのにこれもまたその後さっぱり連絡が来なかった。催促してみたのだがやっぱりそのまま。うーむどうなっているのじゃ。

とにかくイギリスには、いる事はいるらしい。始めの頃はそんなミヤマの亜種ごときどうでもいいかなぁという気もしていたのだが、なにしろ爆発な奴にそそのかされているうち、そしてまた案外どこでもさっぱり手に入っていないという状況のようだったので、だんだん見つけたくなってしまった。8月で会社を辞め、9月に転職したというドタバタでしばらくはまた手がつけられなかったのだが、世の中何がどう転ぶか本当にわからんもので、今度の会社ではいきなりイギリスに出張する事になった。これを逃す手はない。

10月1日よりCambridge入りし、仕事をした。10月3日は土曜で休みなので、お世話になりっぱなしの取引先のイギリス紳士、Paulに「ここいらにカシの森のいいのがないか?朽ち木割というものをしてみたい」などと無理なお願いをしてしまった。なんと友達がシカ牧場みたいなものをやっていて、そこに手をつけないようにしてある森があるという。それまでに本屋をいくつもあたり、クワガタが載っているような本を探したが日本と違ってさっぱりない!ようやく小さな図鑑とか子供用の本みたいな中にちょっとだけユーロミヤマに関する記述がある程度だった。それによればイギリスではユーロミヤマはロンドン周辺、ロンドン以南に生息という事なのでちょっとロンドン北方のCambridgeでは期待薄だろうと思ってはいた。しかし郊外の牧場や農地の間にある森は意外に広葉樹が多く、ドングリやカシの森が多いようだったので、いてもおかしくないように思えた。案外いるのに誰も気にしないために記載されないだけでは、と思えた。

さて10月3日はあいにくの天気で、曇りだがやや霧雨が降ったり止んだりという状態で結構寒い。おまけに頼みのPaulは風邪をひいてしまってつらそうだった。それでもとにかく連れて行ってくれるというので強行し、その森に入って行った。入り口の知り合いの小屋の庭には森から切り出した巨大な切り株や倒木が置いてある。ここで道具としてさびさびの鉈を見つけ、それを持って森に入っていった。下草としてびっしりとイラクサが生えているのには参った。トゲはそれほど無いように見えるのだが、触ってしまうとビックリする程「痛い」のだ。どうも細かい刺に毒があるらしい。それほどひどい事にはならなかったが、多少水脹れができ、次の日位には消えてなくなった。



dpara1 さて、肝心の腐った木だが、Paulに連れられて奥に進むとなるほどそこかしこにカシの倒木、切り株などがある。朽ち木割する馬鹿など全くいない地帯だから、小躍りしたくなる程の手付かずの宝の山だ。荒れ果てた山梨などと比べ、ほんっとに嬉しい。素人ではどんな木を削ればいいかなかなか分からないものだが、こちとらその道のプロである。ほどなく白枯れしてさくさくの適当な倒木を見つけ、鉈を入れていった。まずはなんだか得体の知れない甲虫の幼虫らしいものがちょろちょろ出たが小さい。そうしているうちにとうとうあのお馴染みの食痕を発見した!太さも親指位ある。「これは80%位の確率でクワガタの幼虫の食痕だ」とPaulに説明し、更に進める。もういい加減この小さな倒木をたたき終わってしまうかという時になってようやくコクワ程の幼虫を発見!食痕の太さの割には小さいがケツは見事に縦に割れ、クワガタである事は間違いない。「これはクワガタの幼虫だ」とPaulに見せると、目的の物が見つかって彼も大変喜んでくれ、また興味を持ってくれた。ついでにフェンスの向こうからシカも、「おまいら何やっとんじゃそこで」という興味深げな顔でこちらを覗き込んでいた。



dpara2 更に割ったが惜しくも2、3幼虫をつぶしてしまった。鉈がさびさびだったのがいけなかったのだ。思うように割れない。始めは東洋から来た変な客につきあって、こんなおかしな事をし、まぁ相手が喜んでくれればいいか、と思っていたらしいPaulも私の解説や手さばき見ているうちにこの宝探し的な面白さがわかったらしく、「ほらこっちにもいい切り株があるよ、削ろう!」とかいってどんどん見つけてくる。そしてその巨大なカシの切り株を崩すと。おお!すごい。小さい雌クワガタの成虫がぼこぼこ出て来た。どうやらコツノオオクワガタ、Dorcus parallelopipedusのようである。おそらく幼虫もこれだろう、ミヤマにしては小さいし、顔や体の雰囲気が違う。30分程頑張って雄3雌7幼虫10程採れた。もっと粘ればいくらでも採れそうだったがPaulも風邪を引いている事だし、そろそろ引き上げる事にした。



dpara3 持参したピルケースも少なく、幼虫も一緒にしておいたものはやはり噛み合ったのかいくつか死んでしまい、結局残りは7となった。近くの町で小さいプラケースなどないかと探したがロクなのがない。釣り具屋も見たが日本によくある部品ケースみたいのはなく、代わりにもし使えそうなら、とまぁまぁのケースを1つもらった。ところがこのケースはふたが甘く、ホテルに帰って雄3を入れておいたら、ホテルが暖かかった(外は気温10度前後だ)せいもあって活発に活動し、なんと夜中に全部逃げてしまった!さぁ大変。次にこの部屋にレディでも泊まった日にゃぁ「きゃーゴキブリが出た!」ってなもんでホテルの責任問題にさえなりかねない。幸い1匹はすぐスーツケースの中で見つかり、もう1匹も枕の下から発見。相当探しても最後のは見つからなかったが、1日仕事に出た後またスーツケースをチェックしたら外側のポケット状の隙間にいた。なんと奇跡的に全部見つけたのだった。



その後、Paulはだいぶはまってくれたみたいで、必ずまたあの森へ行ってみると言っていた。そもそも彼はロンドンから南の方の出身で、子供の頃はミヤマも採り、遊んだ覚えがあるそうだ。ただイギリスではそういう事は完全に子供のいたずらとみなされ、「そんな変なものに触るのはよしなさい」という感じですぐさま遠ざけられてそれっきりという事が多いという。なのでとどめを刺すべく、日本の甲虫のでかいの(カブト、ノコ、ミヤマ、ヒラタ)をきれいな標本箱に入れて送ってあげたところ大変驚き喜んでくれたようだ。なんでも会社中見せて歩いたとか。イギリス版クワ馬鹿の誕生が間近いかも知れない。これほど虫を面白がる文化が日本には広くある、という事は彼には全く新鮮で驚くべき事実だったようだが、真の紳士であり、偏狭さとは無縁の彼は本当に興味を持ってくれたようなのだ。「虫ケラを忌み嫌うばかりのくせに自然を守れなどと言って捕鯨反対の為に日本大使館の前でデモするただ偏狭なだけの馬鹿」というような表現も、まともな人には通じるものである。

今回なんとか入手した3冊の本から、ユーロミヤマとコツノオオクワガタに関する記述の部分を訳してみることにしよう。ついでにノルウェーの友人が送って来たノルウェー語の昆虫図鑑のミヤマに関する部分も訳しておく。

COLLINS GEM INSECTS PHOTOGUIDE (ISBN 0-00-470939-X UK£3.99) 136P/137P

STAG BEETLE Lucanus cervus

雄の枝角は非常に発達し過ぎた大あごで、同じ雌を巡って雄同士が戦う時に使われる。雌にはこのようなあごは無い。背中は栗色からほとんど黒色まである。直角に曲がった触角や中脚脛節の3つの小さなトゲを見れば識別できる。成虫は傷ついた木から浸出する樹液を餌としている。その白く太った幼虫は腐った木の中で見つかる。

大きさ:雌は35mm以内、雄は50mm以内
住処:古い木の生えた森、公園、生け垣
分布:南及び中央ヨーロッパ
季節:5月から8月、夜によく飛ぶ
近似種:Lesser stag beetle (Dorcus paralellopipedus)は同種の雌に似ているが、前胸背板がより長方形になっており、中脚脛節にトゲは一つしかない。雄にも枝角はない。



COLLINS GEM INSECTS PHOTOGUIDE (ISBN 0-00-470939-X UK£3.99) 136P/137P

LESSER STAG BEETLE Dorcus parallelopipedus

名前とは違って、両性とも枝角は持っていない。頭部及び長方形の前胸背板は、どちらも同じ位非常に幅が広い事に注目。中脚脛節にトゲが一つしかない事でも判別できる。夜には非常に良く飛行し、幼虫は古い切り株などの腐った木を食している。
大きさ:20−30mm
住処:主に落葉樹林帯及び木の多い公園
分布:南部イギリス諸島を含む南及び中央ヨーロッパ
季節:通年
近似種:雌のユーロミヤマは、後羽がやや茶色で、中脚脛節にトゲが3本ある事、また頭部が前胸背板よりもかなり幅が狭くなっている事で区別できる。



THE MICHELIN FIELD GUIDE TO INSECTS (ISBN-1-85671-185-4 UK£4.99) 47P

STAG BEETLE Lucanus cervus

出現:これは私たちの地域では最大の甲虫で、この大きさだけでも他の種類と混同してしまう事は避けられる。雄には写真の様に非常に大きなはさみ状の大アゴがある。雌のアゴはもっとずっと小さい。雄はその大きなアゴを枝角として使って戦い、枯れ木や幹からお互いを持ち上げて投げ飛ばす。成虫は雄雌共に傷ついた木から浸み出る樹液をなめる。
体長:雄は25−75mm、雌は30−45mm
季節:5月から9月に飛ぶ
生息地:イギリス南部の非常に限られた地域。ロンドン南方、近郊でもっとも普通に見られる。
その他:クワガタの幼虫は大きな太った白い幼虫で、腐ったカシの切り株に住んでいる。成虫になるのに5年を要する。



EYEWITNESS GUIDES INSECT (ISBN 0-86318-408-1 UK£9.99) 22P/23P

Battling beetles としてミヤマに関する写真と記述。内容は似たようなものなので省略。



INSEKTER OG SMÅKRYP I NORSKE SKOGER (ISBN 82-03-22199-8 KR298.00) 135P

Bφkehjort, Dorcus parallelopipedus

19-32mm。黒く、いくらか平べったい。頭部と胸部は大きく、強力なアゴは雄では特に大きい。通常は5月から6月にブナの森に住み、木から出る樹液で生活している。幼虫は特にブナの枯れた幹や切り株にいる。

Eikehjorten, Lucanus cervus

これはヨーロッパで最も大きな甲虫で、最大75mmに達する。そのオオアゴは巨大な枝角に発達し、繁殖シーズンには雌をめぐってこれで戦う。幼虫は腐ったカシの幹や切り株、希にブナで見つかる。暖かい夏の夜にはよく飛ぶ。ノルウェーでは見つからない。




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