「クワガタ幼虫は何を食べたいの?(発酵マットの栄養添加について)」


WASHI



始めに

去る九月、まちかねBBS上で生駒山さんの問題提起によって栄養添加マットについて討論が行われました。

そもそも、このような話は「大きなクワガタを育成する」というクワ馬鹿共の夢をもとに進展したことはいうまでもありません。この試論はそういった彼等の努力に少しの意味づけをしようと厚顔を恥じながら、その討論を自分なりに解釈し、まとめたものです。思考材料としてBAJA氏の発酵マットについての説やGO-2さんや伊19さんなどの詳細なデータに敬意をしめさずにはおれません。


不安定なマットへの栄養添加

一般的な小麦粉添加発酵マットはBAJA氏によりクワ馬鹿6月号で、安定化が目的であると示されました。すなわち、朽ち木がクラッシュされたことにより、様々な微生物が利用しやすくなることから急激な発酵が起こり微生物相が遷移していき最終的に平衡状態にさせるということです。
ここでBAJA氏は栄養添加目的のマットは安定化目的のマットとは別に考えなければいけないと注意を促しています。
確かに発酵の過程によりマットに添加した栄養素がどのように変化するかはまったくの未知数です。酸素条件、温度、湿度、微生物の種類等、様々な要因に支配されるでしょう。炭素源、窒素源のいわゆるC/N比が重要であることは当然ではありますが、硝酸態窒素や、アンモニア態窒素だけではとらえきれない必須アミノ酸の有無、必須脂質の量も問題になってきます。
このことからブラックボックスを排して不足栄養分を直接経口投与で補えるかが問題となります。すなわち、微生物に分解させずにクワガタ幼虫が利用できる明確な成分をもった飼料の可能性です。


添加栄養素

マットにプロテインの投与は有効か?という話から始まりました。
木材のセルロースが炭素源なら窒素源としてプロテインの投与が考えられます。しかし、プロテインは微生物による分解を免れないので、マットに混入すれば制御は不可能になり、その幼虫への効果は場あたり的なものになってしまいます。米糠やふすまやドライイーストなども分解されれば同じことです。そこで、粒子を大きくすることや、水分調節によって添加物を完全分解させないでクワガタ幼虫が直接利用できる状態にとどめておく工夫がBAJA氏によって提案されております。また、別にリンや微量金属も論議されましたが、米糠、ふすま、ドライイーストの利用の範疇を越えるものではないと思います。すなわち、これらの添加物は昆虫に必要なビタミンB群をはじめとして微量要素は十分に含まれています。

ただ、リンについては若干の問題があります。カイコにおいてセルロースと共にリン酸カリウムが「飲み込み因子」として知られているため、摂食刺激効果によって、クワガタにおいても成長促進作用があるかもしれません。リン酸を含む植物の液肥の投与が摂食を促したようにみえたという観察もされています。
その他に問題となるのは必須脂質のステロールと成長・変態に不可欠な不飽和脂肪酸のリノール酸、リノレン酸です。いずれも昆虫は生合成できないため摂食によって取り込まなければならないものです。

しかし、この点についての有効な添加物は示されませんでした。伊19さんによって改善策が試されているようなので、報告を待ちたいと思います。


幼虫の大きさ・成虫の大きさ

ここに興味深い報告があります。
GO-2さんの経験で、菌糸瓶では37gのマレーヒラタ三齢幼虫が84mmの成虫になったにもかかわらず、ドライイーストによって栄養添加したマットでは52gの幼虫が同じく84mmにしかならなかったというものです。
この場合単純に重さで比例するなら52gの幼虫は118mm(!!)になるでしょう。
このことから幼虫の大きさが即、成虫に反映されないことがわかります。では、いったい幼虫の大きさとは何なのでしょうか?
もし、なにか一つでも栄養素が足りないのならば、当然それがリミッター(制限)となって幼虫は大きくなれません。このことから炭素、窒素、リン、微量金属などの要素はドライイーストなどの添加により発酵がうまくいった場合、幼虫については十分達成していることが推し量られます。
しかし、成虫が縮むということは幼虫が大きくなるために必要な要素と成虫が大きくなる要素が一致していないことが察せられます。逆に言えば菌糸瓶では比較的バランスよく取り入れられることがわかります。


変態の過程

ここで、クワガタの成長過程でもっともドラスティックな変化をみせる蛹化の様子を思い浮かべて見ましょう。
三齢幼虫はある時期になると食べなくなり、黄色っぽくなって蛹室を作ります。そして動かなくなって前蛹の段階になります。このとき体内では幼虫のときの組織を分解して成虫の組織へと再編成させていきます。ところで、成虫のオオアゴや羽、脚などの基になる部分は成虫原基といい、これは初齢虫の時からあります。
成虫原基は齢を重ねていくときにわずかに成長するのですが、前蛹のときに急激に大きくなり、このとき成虫の外皮が作られます。


幼虫と成虫の差

幼虫と成虫の違いはなんでしょう。成虫にはあって幼虫にはないのは生殖器と厚い外皮です。生殖器や、消化器など内臓の構成成分(ほとんど蛋白質)について幼虫との差がどれほどあるのか定かではありません。多分に推測ですが大きく異なることはないと思います。それに対して外皮は、幼虫の必要量より成虫の必要量が多いことは一見して明らかです。つまり、前蛹になるとき成虫芽が発達するため、外皮を構造しているクチクラが多く求められ、成虫の大きさのキーポイントとなるわけです。

ここで大量に要求する外皮の成分を検討して見ましょう。
外皮はクチクラで構成され、キチンを核として蛋白質がとりまいた複合体です。
そのほかには色素と微量の脂質などが加わります。ここで、外皮蛋白質については特異的な必須アミノ酸がないかぎり、幼虫を構成していた蛋白質から再合成されるはずです。他方のキチンについては鞘翅類(甲虫)の外皮では乾燥重量にして約40%を占めます。ではキチンとはなんでしょうか。


キチンとは

キチンとはN-アセチルグルコサミンのポリマーです。グルコースのポリマーであるセルロースとよく似た構造になっており、キトサンも似ています。すなわち、セルロースの水酸基(OH)がNーアセチルアミノ基(NH-COCH3)になっているのがキチンで、アミノ基(NH2)になっているのがキトサンです。自然界でのキチンは昆虫や甲殻類の表皮や糸状菌の細胞壁成分として多量に存在します。ところが、化学的に扱いづらいことが障害となってセルロースほどには研究されず、近年になって、キチン・キトサン研究会というのが発足してこの分野も進展し利用されるようになってきました。
自然界ではキチンをエネルギー源として放線菌と一部のバクテリアが利用しています。また、一部の昆虫やカタツムリでも利用していることが示唆されています。では、クワガタではどうでしょうか。


クワガタ幼虫によるキチン利用の可能性

外骨格である昆虫は成長するために殻を脱ぎ捨てなければなりません。その脱皮の際、昆虫は外皮成分をキチナーゼ等で分解して体内に吸収し、また外皮を合成するために再利用します。一般にキチンはグルコースからN-アセチルグルコサミンを経て合成されるといわれています。つまり、セルロースの消化吸収によって得ることもできます。しかし、大量にキチンが必要となったときに、もし、キチンを経口摂取して消化した分解産物を吸収できれば、窒素源としても、それを利用しない手はありません。クワガタ幼虫自らのキチナーゼの分泌、もしくは腸内微生物によってキチンを消化し、吸収している可能性は高いといえます。このときのキチン源として共食いなどによる昆虫由来と糸状菌由来が候補となります。ここに菌糸瓶の有利性があるといえましょう。


縮みの原因

さて、栄養添加マットでは菌糸瓶に対して縮むという話ですが、この場合蛹化の際に糞をたくさんすることも観察されています。ところで、衣類の害虫カツオブシムシは餌が少なくなるとわざわざ脱皮して体を小さくすることにより栄養要求量を少なくして体を維持することが知られています。昆虫はこのように環境に対して柔軟な姿勢を示します。蛹化の時に実際保持している成分のリミットに合わして余分なものを排出することは自然な行為であると理解できます。これが縮むときの糞ではないでしょうか。ここでリミットとなるのは菌糸瓶に比較して栄養添加マットでは不足している成分です。つまり、菌糸瓶では豊富に存在する糸状菌由来のキチンがリミットとなっている現実的な候補として挙がってきました。また、外骨格である昆虫は骨格の大きさ
によって全体の大きさも制限されるため物理的にも外骨格成分であるキチンがリミッターになることは疑えません。


キトサンの可能性

キトサンはキチンと一緒に語られることが多いのですが、実際の物理化学的な性質は純粋な状態では大くの点で異なります。天然でのほとんどのキトサンはケカビなどの接合菌類の細胞壁に存在しています。
キトサンには多くの細菌や一部の糸状菌に0.1%以下の濃度で生育阻害効果があります。(キトサン含有繊維で足の臭い防止の抗菌靴下がつくられているくらいです。)このことから、キトサンにより不要な細菌などの増殖が抑えられることによる有効性は考えられますが、同時に有用微生物への影響も考えられます。


劣化した菌糸瓶

劣化した菌糸瓶では大きくならないという報告もありましたので、それにも触れておきましょう。菌糸瓶もしくは自然下での白色不朽した木材では糸状菌がそのままでは利用し難い木材からアミノ酸など栄養素を濃縮していることと、先に述べたキチン源としての有用性が考えられます。しかし、劣化した菌糸瓶では放線菌が増殖しています。放線菌は弱った糸状菌を餌にし、とくにキチンを分解する作用も強いため、菌糸による有効性を解消していることになります。


最後に

幼虫が脱皮するとき、例えば二齢から三齢になるとき、どうやって大きさは決まるのでしょうか。外骨格だから成長できる大きさを予想して決めていることになります。
この場合、二齢時の栄養状態によって三齢の大きさが決定されます。当り前と言えば、当り前ですが、このことは初齢時からの不断の栄養摂取が重要であることを意味しています。

さて、いままで述べてきたことをまとめます。まず微生物に分解されないように必要量の栄養を添加したマットか、理想的な発酵過程を経た栄養添加マットでできるだけ初期段階から幼虫を大きく育てて、三齢以降の前蛹になる前までにはキチン等、成虫の要素を含む飼料を与えて補ってやればよいことになります。

ただし、ここに書いたことは全くの推察によります。もしかしたら周知の事実を寡聞なため知らないままに過ごした結果、不備な点があるかもしれません。皆様の、よりいっそうの試行錯誤を期待いたします。
最後に、もし完全バランス栄養物ができたとして、それだけで最大の成虫が羽化してくるかは疑問があります。まず、はじめに「食べる」という行為がなければなりませんからね。



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