別冊 カブ馬鹿日誌 第三回

カブ吉 とポール鈴木

(カブ吉執筆・ポール鈴木内容確認)


4月中旬:

4匹合計10、000円で買った大王ヒラタクワガタ幼虫であるが、3匹は3令でオス2匹、メス1匹で、残り1匹は2令の雌雄不明であった。

さすがに大王ヒラタだけあって幼虫は10cmぐらいありかなり巨大であったが、カブトムシと比べると愛敬が足りない気がした。カブトの幼虫はいつも愛らしい「C」の字の形になるが、大王は「コ」の字の形になっていた。体の途中でいきなり90度曲がっている姿を見ていて、「こんなものは気持ち悪くてだめだ」と急に思い、鈴木氏に転売することとした。私が買ったときから羨ましそうに巨大幼虫を見ていた鈴木氏は飛び上がって歓喜し、その代わりに彼にとっては必要のないカブトの幼虫をくれた。私にとってはこっちの方が断然よかった。

鈴木氏は、これで巨大大王ヒラタのオス・メスのペアを手に入れられたので、秋には多くの幼虫が期待できるだろうと、本当にうれしそうであった。つまらないことに何を喜んでいるのだろうと私は思ったが口にはしなかった。その後、その大王は順調に成長したが、ある日、鈴木氏は沈んだ顔をしているので、また幼虫を殺してしまったのかと思い、どうしたのかと聞いたところ、なんとオスだと思っていた幼虫が2匹ともメスだったのである。もしかしてメスだった幼虫がオスだったりするかもと思ったが、やっぱりメスだった。なんと、鈴木氏所有の大王ヒラタ幼虫は3匹全部巨大メスさなぎになってしまった。鈴木氏は激しく落胆し、オスの成虫でも購入しようかと検討したが、去年の失敗があるので、今年は断念したらしい。最後に残った2令幼虫に期待することとした。しかし、10月になってもその幼虫は3零になったままで、このまま冬眠してしまいそうである。

再び鈴木氏は業者に電話し、「オス二匹と言ったのにメスになってしまったので交換してくれ」と激しくクレームしたが、「雌雄の区別は保証していない」と一蹴され、付き合いがあるので最後の1匹もメスだったらオスと交換してくれるとのことだ。しかし、一向にその幼虫は蛹化する気配はなく、結論は当分でそうもない。

鈴木氏がオスの大王ヒラタを手にすることができるのは来年の春以降に延期されそうである。

その前に、メス3匹は死んでしまわないか心配だ。

 

4月下旬:

家の近くに「ダイクマ」と言うディスカウントストアがあり、その一画にペットショップもあった。ふとその近くを通りかかると、なんと、「カブトムシ幼虫 3匹500円」と床に置かれたガラスの曇った汚れた水槽に書かれていた。その場所には、小猫、小犬、小鳥、ハムスター、ウサギ等が販売されており、それらの動物を見る冷やかしの親子連れやカップルで賑わっていた。しかし、「カブトムシ幼虫3匹500円」と書かれた汚れた水槽に群がる人は20分ぐらい観察していたが、ひとりもいなかった。それどころか、床においてあるので子供がつまずいて蹴りを入れたりしていた。

同じ血統の幼虫が交尾するとよくないと聞いていたので、鈴木氏からもらった幼虫とは違った血統の幼虫が欲しいと常々思っていたので、思わず3匹購入してしまった。

30歳過ぎて、カブトの幼虫をそんな大衆の中で並んで買うことに、とても抵抗を覚え、羞恥心を揺すぶられ、また、小さな子供は好奇のまなざしで見ていたが、「自分の子供のために」と独身のくせにうそぶいて購入した。

これで、血が濃くなるのを防ぐ事ができたと喜んだ。

 

ダイクマは毎週ちらし広告を新聞に挟み、そのなかで毎週の目玉商品を掲載するのだが、幼虫購入から1週間後、なんと、「カブトムシ幼虫5匹500円」と掲載されていた。目玉商品になるような商品は劇的に値段が安い客寄せ商品か、売れ行きが芳しくない商品である。やはり、カブト幼虫は販売不振なのであろうか? それとも、カブト幼虫で顧客を店に呼び込もうという魂胆なのか?

 

このちらしに、激しく心を揺さぶられ、追加5匹を格安で購入するかどうかさんざん迷った。じつはこの追加5匹を飼育する容器がないのである。

 

鈴木氏に相談したところ、インターネットの通信販売で容器を買えば非常に価格が手頃であるとのこと。早速調べると、○○クワ屋と言う業者のホームページが目に付いた。

特大ケースが6個で5、400円。6個も必要ないのだが市場価格が1、500円以上するところを、1個当たりの単価が900円と異常に安いので購入を決意した。

電話したところ、着金したら商品はすぐに送ると言っていたので、すぐに送金したが、商品は1週間しても届かなかった。不審に思いクレームの電話を鈴木氏のようにした。いかにも気の弱そうなおやじの声であった。きっと会社でもはあまり出世できず、サラリーマン稼業に限界を感じて逃げ出すように放棄し、世間の雑踏を逃れて、自分で家で細々とクワガタ飼育し、生計を立てている孤独な中年おやじを想像したが、本当はどうであろう。きっと気持ちの悪い幼虫飼育などやっているうち奥さんも逃げてしまっているのであろうか?

「在庫がないので、入荷次第送ります」とその場しのぎの弁解。「着金したらすぐ送る」と言った言葉とは違う返答に怒りを覚えたが、きっと独りで全部やっているので手が廻らないのであろうと思い、すぐに送ってくれるよう再度要請し電話を切った。ケースはその後すぐに来た。きっと忘れていたのであろう。

 

早速、ダイクマで5匹を格安で購入したが、その特大ケースには昆虫飼料研究所製マット(5L)が3袋も入ってしまった。5匹に15Lはもったいないと思い、さらに5匹の購入を決断した。

しかし、ちらし広告の成果かどうかはわからないが、カブト幼虫はなんと全部売り切れてしまった。

断腸の思いであったが、好評につき追加で入荷するという。「しかもすぐに売り切れてしまうので早めに来たほうがいいですよ」と店員は言った。その言葉が本当かどうかは分からないが、後日入荷と同時に購入した。

これで特大ケースの中は10匹になった。共食いの危険性はあるが、やむを得ないとあきらめた。

 

正直言ってこの幼虫たちは小振りである。販売されていた汚れた水槽のなかには、どう考えても糞としか思えないマットしか敷かれておらず、しかも1センチくらいの厚さしかないので、幼虫達はもぐることもできず、尻がはみ出していた。このように、きっと最悪な餌により成長は阻害されており、鈴木氏のカブト幼虫と同じように劣悪な環境で育てられていたのだろうと想像できた。

この不憫な幼虫たちには、最高級の昆虫飼料研究所のマットを与え、蛹化までそんなに時間はないができる限り成長して、巨大成虫になってほしいものだと願った。

また特大ケースは結構でかく、邪魔ではあるが、15Lもマットを入れると側面から、幼虫の活動が観察できて壮観である。買って本当によかったと思った。

いままで、1センチしかもぐることを知らない幼虫たちは、うれしそうにぐるぐるとケースの中を縦横無尽に動きまわりつづけていた。

 

 

別冊 カブ馬鹿日誌 第三話 完


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