ネパール  ネパール参詣

by WASHI


ージリンにほど近いネパール東部の茶畑でその日、私はその光景に遭遇した。
雨期のまっただ中、雨でなくとも霧に覆われるこの季節、午前中の山行を終え、雨に濡 れ、疲れた体で山間に開けた場所に出た。この時、霧が晴れた。その瞬間、私が目に したのはクワガタの「むれ」であった。それは群というのに似つかわしい夥しい数で 足下に迫ってきた。チャイロマルバネクワガタの頭部、前胸背板が黒色になったよう なやつだ(N. castanopterus)。次から次へと飛んでくる。赤トンボを採るように手 を差し伸べれば停まり、下を見れば、草の中を歩き回っている。
どれくらい歩いたろうか。日中、クワガタを踏まないように避けて歩くなどということは経験がなかった 。大事にしまっていたらジャパニキッラ(キッラ=虫)などと物見高い子供達に綽名 をつけられてしまった。テントに戻ってもまだあちこちに見かけたが、つかの間の晴 れ間が普段のように一帯雲の中に埋もれると、幻ででもあったかのように姿がかき消えた。 この光景が目から離れないままに漆黒の夜が去った翌日、別のポイントを求め て白くかすんだ一面の茶畑を後にした。

畑を過ぎ、辺りの山々を見渡すと、人が住んでいる地域では総て田や畑になって いる。また、傾斜がきつい所や日当たりの悪いところ以外にはたとえ木があっても落 ち枝、倒木のたぐいは燃料に使われるため見あたらない。いささか期待はずれの感が していた。また、付近には放牧されている牛や山羊が多いため、ある程度の標高の地 帯にはヤマビルも尋常ではなく、それこそ地面を覆っている。ヒル封じのサロンパス を手に勇んで山に入っても、気づくと赤い水玉が靴下などにできていた。このような 道中、わずかな自然保護地帯を訪れた。馬糞混じりのドロドロの悪路を半日歩いて登 っていったところに神様の池があり、その池に面した森に3、4抱えもありそうなシ イ、カシの巨木が残っていた。一日中、寝るときもレインウェアを着たまま期待を胸 にしたここでの数日間ではたった2頭、D. tityus 55mm、D. reichei 52mm、(両方 雄)にしか出会えなかった。

もそも今回のネパール行きはクワ採りのためではない(観光でもない)のだが、 場所が場所だけに野望を秘めてはいた。かのマルバネとは数週間の滞在中その後もた びたび林床で目撃したが、あのときのような数はなかった。電気もなく天気も悪いの で街灯見回りなどもできず、小さなものばかり、4、5種類10頭ほどそっとしまい こんだ。場所のせいか巨大なモノを目にすることはできなかったのはいかにも残念で あり、これまでの海外行でもそうだが、先達はあらまほしきことなりと痛感した。と はいえ、飽くまでクワ採りが目的ではない割にはとても良いクワ体験をした。


washi@lucanus.club.or.jp

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