Home  Book Review

BOOK REVIEW #8

 リチャード・パワーズ(Richard Powers)/若島正 訳 『ガラテイア 2.2』("Galatea 2.2") 1995/2001 (みすず書房)

 話の骨格となるのは、この前も"Whistle & Sigh"で少し触れたように人工知能を生成、成長させていく話で、ここでタイトルになっているガラテイア(Galatea)は、その巨大コンピュータ網のなかで「生きる」人工知能のことを指す。ちなみにガラテイアとは、元々はギリシャ神話で、ピグマリオンが造り、そのモデルになったアフロディーテが命を吹き込んだという大理石の彫刻のことで、パワーズの作中ではヘレンという名が与えられることになる。
 この作品のもう一つのトピックは、リチャード・パワーズという登場人物が主人公として出てくるところだろう。なおかつパワーズ自身のそれまでの著作がすべて実名で登場し、あたかも自伝的であるかのような体裁をとっている。その擬似的な自伝が辿る筋道が、ヘレンの生成と成長というメインプロットに挟み込まれながら統一された物語として進行していくことになる。こういう仕掛け自体は、それぞれのプロットが持つ性格こそ異なるが、邦訳第一作『舞踏会へ向かう三人の農夫』(こちらは三つの話が交錯するわけだが)に近いものがある。
 ただ印象はかなり違う。『ガラテイア2.2』のほうはそういう仕掛け(というほどのものでもないが)の存在が直接表面には現れてこない。
『三人の農夫』と異なり、二つは初めから物語を補完しあう存在として規定されていると言っていいと思う。だから、ま、そういう意味でのおもしろさやスリルをこの作品に求めることは出来ないということだ。
 この作品が人工知能を題材にしているという話を聞いて私が最初、想像したのは、とりもなおさず、人間性というものの問い直しということだった。パワーズはそれを「人間性」という一般化された概念ではなく、「リチャード・パワーズ」という個的な登場人物を通して、あくまで個人から発した「人間性」を洗い直そうとした(このあたりかなりいい加減なこと書いているような自覚があるので適当に流していただきたいのだが(笑))。
 その個人として、「リチャード・パワーズ」という人物とその経歴は、作家パワーズにとって最も「リアル」に扱える題材であったということなのではないかと思う。無論、事実を直接書くということではなしに。素材として。
 いずれにしても、ヘレンが物語の終盤で呟く「ごめんなさい。心をなくしちゃって」とかレーザー・プリンタに打ち出した「さようなら、リチャード。わたしの代わりに世界を見てきて」などというメッセージにちょっとほろっときてしまったのは、この作品が基盤に個人性およびその関係性というものを拭いがたく保持しているからだろうと思う。
 だから、パワーズが
前回のレヴューの最後近くに書いた個人と個人の関係性を決して楽天的ではないにせよ語ってくれたのは個人的には何だか嬉しかった。
 しかしヘレンが最後にとった行動を読むにつけ、「認識」というものを突き詰めていけば、かくも過酷なものにならざるをえないのだなと改めて思い当たったりもする。
 それにしても若島正氏の訳文は、率直に言って読みずらかった。氏の他の訳書を読んだこともないし、この原文がどうなっているのかわからないので何とも言えないが、日本語として顕かに妙な部分が何箇所かあった。で、あとがきを読んだら、やはり原文は相当なものだったようで、例えば「人工知能が文学作品を綴ればこんな文体になる、と想像してみるのもおもしろいだろう」などという部分を発見したりすると、なるほどそうなのかと腑に落ちる部分もあったりもした。まぁね、後から考えれば敢えてやってるとしか思えない箇所が少なからずあるということは、つまりはそういうことなんだろう。しかしそれだけなんだろうか、この読みづらさは、などといまだに思うのも正直なところで、私の読解力にも多々問題があるのだろうが、訳文の日本語が、文脈から推してみても何を言いたいのか判断に苦しむところがあったのも事実である。ま、相性、という問題もあるのかな。