富山城 2006/08/24 富山県富山市 別称 安住城、安城、浮城  梯郭式平城  天守構造不明
築城者 神保長職  城主 神保氏、佐々氏、前田氏
富山城址新旧比較図 (案内図より)
本丸・二之丸・西之丸・東出丸・千歳御殿などから構成  現存は、模擬天守、本丸と西之丸部分の曲輪、石塁、堀。
西之丸 米などを納める土蔵  二之丸 侍番所、鐘があり。入口に二階櫓門  三之丸 藩校、役所、家臣屋敷  
千歳御殿 江戸時代後期に建てられた

江戸時代後期の富山城 (富山市郷土博物館パンフレットより)

富山駅

駅から富山城への通り

東出丸
江戸時代後期に産物方役所が建っていた。 現在は、佐藤記念美術館 櫓風建物は、江戸時代の再現ではない。

模擬天守閣 (郷土博物館)
多門櫓跡に建つ慶長様式の模擬天守閣。 犬山城、彦根城などを模したらしい。鉄筋コンクリート造り、3層4階建。

模擬天守閣

天守展望台からの景観 東出丸のところの建物は佐藤記念美術館、右手前は石垣等の工事

1階入り口に展示されていた鯱

本丸跡 藩政の中心 藩主住居の本丸御殿跡

模擬天守閣







前田正甫像  二代目藩主 越中富山の薬売りの草分け

松川

松川の歩道

松川と彫刻

東屋と赤い橋と池 公園になっている

歴史
1543年越中守護代神保長職が築城
1560年上杉謙信により落城
1572年加賀一向一揆が富山城を占拠、上杉謙信により敗退。空き城となる。
1579年神保長住が飛騨から越中に入り、1581年に富山城に入る。
1581年神保長住は罷免、織田信長家臣佐々成政が入封。
神通川などを改修、本丸を中心に曲輪を配した梯郭式で櫓を設ける。
1585年秀吉により落城、破却。
1597年加賀藩二代前田利長が入封。父利家の死後金沢城へ移る。
1605年前田利長、隠居して再び富山城に入る。
1607年富山城の修築
1609年建物焼失、利長は、高岡城を築き移る。
1615年一国一城令により廃城
1639年富山藩分藩により、初代藩主前田利次入封。富山前田家13代の居城となる。
1661年頃大規模な改修
1714年本丸御殿焼失
1831年本丸御殿焼失
1855年千歳御殿焼失
1863年諸役所焼失
1870年三之丸内、練兵場となる。
1873年明治政府廃城令。廃城となり本格的に解体。
1885年県庁が置かれる
1930年県庁が焼失、城址公園となる。
1954年富山産業大博覧会が開催。模擬天守建てられ、現在は郷土博物館。
2004年模擬天守は国の登録有形文化財(建造物)に登録。
2005年模擬天守の耐震改修