可能性への挑戦   2001/10/30   舞の海 秀平(まいのうみ しゅうへい)  東海村文化センター   大相撲で小兵ながらも多彩な技で土俵を湧かせた舞の海さんの講演会がありました。
■大相撲について  10年間現役をつとめました。大相撲は、引退、番付の世界です。幕内に40人、十両に26人います。幕内、十両合わせて66人が関取といわれます。相撲の力士は800人くらいいます。関取になると給料をもらえます。関取には、付き人がつきます。関取の身の回りの世話をしてくれます。関取は付き人に稽古をつけてやります。兄弟子が教え強くなっていくシステムになっています。関取は、小遣い、食事を付き人にあげます。焼肉を食べに行くと4〜5人で10万くらいかかります。

■学校  青森に生まれ、小学、中学、高校、大学と相撲をやっていました。 体は小さかったのですが、左でまわしをとると強かった。 高校1年で身長の伸びがとまってしまい、成長期がなかった。中学で相撲をやめると先生にいったこともありましたが、先生がやめさせてくれなかった。相撲部の先生にはよく叩かれました。練習はきつかった。非行に走る体力が無かった。大学に入ったとき、体重は67.8キロでした。4年生のときに90キロになった。そうしたら、土俵で残れるようになり、まわしがとれるようになりました。
■大相撲に入門  大学4年のとき、山形県の高校教員に内定していました。しかし、よく考えてみると相撲だけをやれる環境は大相撲しかないと思うようになりました。
そのようなとき、1月になったとき、相撲部の後輩が突然亡くなりました。お葬式の手伝いをしていたとき、亡くなった後輩のお父さんが、「相撲などとれなくていい。生きてさえいてくれれば」といった。生きているだけで素晴らしい。後輩が突然亡くなり、自分の今までの相撲人生を見つめました。その結果、やりたいことをやるべきだと考えるようになりました。大相撲で活躍する夢を捨てることができませんでした。大相撲に入ることを大学の先生、父は賛成してくれました。母は、大反対でした。電話で終わらず東京に出てきました。結局、お互いに納得できなく、言い争いになり、親子の縁を切ることになってしまいました。しかし、進路は自分で決めなくてはいけないと思っていたので、自分で決断しました。しかし、大相撲に入門するには、身長173センチ、体重75キロなければなりませんでした。体重はよかったのですが、身長がたりませんでした。そこで、色々考えて、当時大相撲で力の強かった、出羽の海部屋に入門する事にしました。当時は、出羽の海部屋の佐田の山親方が大相撲でNo..2の力を持ってました。三月場所前新弟子検査を受けることになりました。ビン付け油を頭の上に固めてのせ、髪でかくすことを考えました。検査会場にいくと、なぜかその日は暖かく、油が溶けだし、頭がドロドロしてきました。検査場では、親方が検査をします。親方によっては、結構ルーズな人と大変厳しい人がいます。その日は、運悪く厳しい親方の代表である柏戸さんが身長測定の係りでした。油は溶けだし、油を頭の上にのせたのがバレ失格となりました。佐田の山親方が根回しをしてくれて大丈夫と思っていただけに残念でした。いやになり、大阪から東京に戻りました。どうしたら身長をクリアできるかと考え、病院の先生のところに行きました。結局頭にシリコンを入れることになりました。軽い気持ちで考えていました。大抵のことは、簡単に考えてしまっう性格です。何故か、新弟子検査1ケ月前からシリコンを頭にいれることになりました。頭の皮を剥ぎ、それは想像を絶するものでした。ペンチを使い手術をしてるのがわかりました。途中で具合が悪くなりました。こんなに苦しいならやらなければよかったと考えました。1ヶ月掛けてシリコンをいれ、ビニルの袋に、全部入ったとき173センチになりました。しかし、歩けばめまい。顔の皮膚がつっぱって、まぶたは落ちてきません。そのような状態で新弟子検査を迎えました。柏戸さんが来てくれればいいなと考えていました。しかし、当日は規則におおらかな北の湖親方でした。結果は合格でした。佐田の山親方に対する不信感が残りました。なぜ根回ししてくれなかったのか。あるとき聞いてみました。親方は、「山形の内定が決まり、あまりにも身長が小さいので本当に入門する気なのか確認したかった。」「2回目はシリコンを入れたのには、びっくりしたけど嬉しかった。」と言っておられました。心配してくれていたわけで納得できました。親方の指導方法は、ちょっとかわっていました。親方の指導方法には感謝しています。普通は、「頭で当たり真っ直ぐ押せ」といいます。しかし、佐田の山親方は、何も言いません。「好きなようにやれ」といってくれました。結局、跳んだり跳ねたりする相撲をとりました。最初の頃はよかったのですが、引退に近づいた頃はだめでした。対戦相手の人が驚いてくれなくなりました。

■思いでの一番  思いでの一番として、作戦通りすべて完璧、正攻法で勝った曙戦があります。 平成3年 九州場所 曙戦 。曙関は、230キロ、205センチあります。地方巡業で、申し合いをやります。申し合いは、勝った人が続けて相撲を取ります。曙関が土俵を占めていました。曙関とは、あまりやりたくありません。怪我でもしたら大変です。そしたら、何故か曙関が指名してくるんです。何故指名してくるのか最初はわかりませんでした。しかし、そのうちにわかってきました。曙関は、私と申し合いをすることにより休憩しているです。両手で肩を突いてきます。肩に曙関の手がつけば負けるんです。手がつけば土俵の外に飛び出しています。何度も、申し合いをするうちに、手が肩に当たらなければ、もしかしたら勝てると考えるようになりました。どうしたら、肩に手がこないか。横だめ、上だめ、下があると考えました。作戦を考えました。しかし、稽古場では作戦を実行しませんでした。そしたら、幕内で対戦する機会が巡ってきました。十両、幕内は、4分間仕切ります。曙関と仕切っていると、私の目線が曙関のヘソになります。これは、怖いと思いました。怪我をしたらどうしよう、本当に怖かったんです。温めてきた作戦を使わないとも、いつ実施できるか分かりません。思いきって温めてきた作戦を実行しました。立ち会いで、まず中に入ろうと前日に作戦を立てました。少し沈む立会いをするわけです。タイミングが難しい。早くても遅くてもだめ。結果は、成功しました。うまいこと曙関の横につくことができました。曙関はあせります。稽古では、いつも簡単に土俵の外に出していたものを横に食らいつかれたわけです。あせると、大きい人はバタバタします。曙関はあせって吊りにきました。吊りにこられると、体が密着します。そうしたら、曙関に足が届くんです。内掛けにいきました。しかし、ききません。つぎに左手は、命綱のまわしをもっていますから、空いている右手で足をとりにいきました。しかし、まだ足りません。そこで、頭で曙関の腹をおしました。三所攻めです。この一番は、まさに全て計算通りに進み、本当に気持ちいい一番でした。その場所技能賞をいただくことが出来ました。柏戸さんが推薦してくれたそうです。それ以来、柏戸さんが好きになってしまいました。曙関、小錦関は体が大きかったのでなんとかしようと考えました。

■引退  平成11年九州場所を限りに引退しました。十両の10枚目で6勝9敗。千秋楽の相手は幕下の3勝3敗の力士でした。千秋楽に負けて6勝9敗でも、もしかしたら十両に残れるのではと思いました。望みをつないで、取り組みが終わり風呂に入っていました。付け人がきて「新聞記者が30人くらい待っている」引退するかどうかその時考えました。「気力、体力の衰え」どうしても勝ってやろうという気持ちが出なくなってきていました。幕下になると給料が入ってこない。結婚して子ども3人いました。引退したら親方になりたかったんです。横綱、大関を育ててみたい夢がありました。親方は105人が最大です。引退しようとしたとき親方の空きが無かったんです。親方は65歳定年です。タイミング、運がないと親方になれません。親方になれないと相撲協会に残れません。外から何か出来ることがあるのではと考えました。食べるためになにかしなくてはと考えていました。そのような時、帝京大から講師の依頼が有りました。週1回、90分の講義、日本の伝統文化について話をします。給料日に振り込まれた給料は少しでした。間違いではなく、講師の給料は少ないんです。これでは家族で食べて行けません。仕事を探しました。そしたら、NHKさんから相撲解説の話が来ました。とても解説などできないと考え断りました。そしたら、難しい話はしなくても良いとの話でした。それを聞き、軽い気持ちで引きうけてしまいました。しかし、実際にやってみると解説は難しいです。最初は相槌をうっていればよいと考えていましたが、幕内40人のことを知らないとやっていけないんです。正面と向こう正面があります。私は、向こう正面が専門です。テレビの映像と反対側から土俵を見ることになります。行司の背中側から土俵をみています。解説していると、お客が話しかけてきます。隣でつついてくるです。これが困ります。最近では、お客に話しかけられても無視して解説できるようになりました。
向こう正面にもテレビは置いてあります。しかし見ないでくれといわれます。
分からないときは行司の影で見えなかったことにする場合もあります。

■現在    最近、ドラマ映画の話が多いんです。金田一少年事件簿では大学の研究生役をやりました。幻の蝶をみつけている役です。セリフが無い。恋人役は小柳ルミ子さん。思いつめ自殺、植物人間になるんです。まばたきしない。「くやしい」のひとことのセリフだけありました。「くやしい」の一言でしたがなかなか難しかったです。植物人間になり、ただ寝ているのも「まばたきしない」植物人間の雰囲気をだすのが難しかったです。恋人役の小柳さんなど本当に涙を流します。役者になるのは大変です。