記念講演「木のいのち 木のこころ」 「国分寺の創建」   寺と神社
常陸国の天平文化を探る 2000/10/01 茨城県石岡市   「歴史の里文化のまちづくりシンポジウム」が石岡市市民会館で開催された。テーマは、「常陸国の天平文化を探る」。小川三夫氏の記念講演「木のいのち 木のこころ」と須田勉氏「国分寺の創建」の講演があった。国府跡  常陸国総社宮  常陸国分寺跡 常陸国分尼寺跡 常陸風土記の丘   石岡市民俗資料館 国府跡にある。主に奈良、平安時代の石岡の遺跡、遺物を展示。鹿の子C遺跡  尼寺跡の北約400メートルの鹿の子C遺跡から古代の漆紙が多く出土。 
■年表ほか  常陸国では、石岡に常陸国分寺(ひたちこくぶんじ)・常陸国分尼寺(ひたちこくぶんにじ)ができた。舟山塚古墳がある。全長186メートルで東日本第二位の規模。大化改新では、常陸国国府が石岡におかれた。大化改新後は国府のほか、駅路(うまやじ)と呼ばれる官道が都を中心に整備された。駅家(うまや)、国分寺、国分尼寺が配置され文化が発展した。江戸時代は水戸家から別れた松平氏が領主となり、城下町として栄えた。646 改新の招を宣する。 常陸国が設置される。常陸国内は、多珂・那賀・茨城・新治・筑波・鹿島・信太・行方・白壁・河内の11郡  671 常陸国に戸籍がつくられる。 672 都を飛鳥浄御原宮に遷す。 
694 藤原京に都を遷す。 701 大宝律令の撰定が完成。 708 和同開珎が発行。 710 平安遷都  712 太安万侶「古事記」を撰上する  713 諸国に「風土記」の編纂を命ずる  714 石川難波麻呂、常陸守となる。  719 常陸守藤原宇合、按察使として安房・上総・下総3国を管する。  このころ「常陸国風土記」成立。  720 舎人親王、「日本書記」を撰上する  724 聖武天皇即位。陸奥国に多賀城を設置。   737 疫病終息祈念のため、国毎に釈迦仏像・挾侍菩薩を造る。大般若軽を写させる。  738 このころ、常陸国防人が九州より帰国。  740 恭仁京に都を遷す。 740 国毎に法華経を写させ、七重塔を建てる。  国毎に観世音菩薩像を造らせ、観世音経十巻を写させる。  741 国分寺・尼寺建立の詔が出される。  741 諸国の国分寺・尼寺建立の詔。国毎に七重塔を造る。  僧寺を金光明四天王護国之寺、尼寺を法華滅罪之寺と命名。  743 墾田永年私財法が制定。廬舎那大仏の造立を発願する  744 国毎に国分寺・尼寺に正税各二万乗を割き、出挙させてその利を造寺の用に充てる。  745 都を平城京にもどす。  747 国分寺・尼寺の造営を国司郡司に督励、更に田地を施入。  749 諸寺の墾田他の限度を定める。  東大寺4,000町。  元興寺2,000町。  大安・薬師・興福・大和法華・諸国国分寺は1,000町。  弘福・法隆・四天王・崇福・新薬師・建興・下野薬師・筑紫観世音寺は500町、  諸国国分尼寺に400町。   以外の定額寺は100町  752 東大寺の大仏開眼供養。  756 このころ、満願ら、鹿島神宮寺を造立。  756 使を七道諸国に遣わす。国分寺の丈六仏像を検閲催促。  757 養老律令施行。  759 国分二寺の図を諸国に頒下。  764 石上宅嗣、常陸守となる  767 諸国国分寺で吉祥天悔過之法を行う。  768 下総国結城郡と常陸国新治郡にかかる毛野川改修。  772 毎年正月に国分寺で吉祥悔過を行う。  777 鹿島神、正三位となる  781 桓武天皇即位  783 国分寺僧の欠員の補充には厳選を命じる。  784 長岡京に遷都。   782 最仙、西蓮寺(玉造町)を建立。  794 平安京こ都を遷す  797 坂上田村麻呂、征夷大将軍に任ぜられる  804 遣唐使に最澄・空海ら随行  805 諸国国分寺に薬師悔過を行わせる。  810 薬子の変  823 筑波神、官社となる。常陸国戸籍がつくられる  824 疫災・旱災を防ぐため十五大寺・五畿七道諸国寺院に大般若経を読ませる、ついで諸国神社に奉幣する。  826 常陸国、親王任国となる。  830 陸奥・出羽・大宰府管内諸国に疫病流行、諸国の国分寺に金剛般若経を読ませる。  837 疫病流行により諸国の国分寺に昼は、金剛般若経を読ませ、夜は薬師悔過を行わせる。  841 諸国の寺辺二里を殺生禁断とする。  843 諸国の国分寺・国分尼寺僧尼の死者者の度牒―返還させる。  853 災害鎮静のため諸国の国分寺・国分尼寺に陰陽書法を行わせる。  859 諸国に命じ諸寺の堂塔を修理させる。 875 常陸などの兵、下総国の俘囚を追討。  878 常陸国、出羽国へ俘囚追討軍を派遣。  939 将門、常陸国府を襲撃し、国印・鑑(かぎ)を奪う。  948 常陸国府に鹿が迷い入り、国分寺の鐘が湿る。  905 紀貫之ら「古今和歌集」を撰上。  935 平将門の乱。  939 藤原純友の乱。  939 兵乱と炎旱のため、諸国の明神・国分寺・定額寺に祈祷読経させる。  953 諸国に命じ寺社を修理。  987 諸寺に銭貨の流通を祈らせる。  1019 刀伊来襲により山陰・山陽・南海・北陸諸道の要害を警固させ、諸国社寺に調伏を祈らせる。

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