寺と神社
善通寺  ぜんつうじ   2003/10/26   香川県善通寺市善通寺町3-3-1   山号 屏風浦五岳山 宗派 真言宗善通寺派 総本山 本尊 薬師如来 創建年 807年 開基 佐伯善通  総本山・善通寺は真言宗の開祖 弘法大師 空海の誕生した所。 中国より帰国した弘法大師自らが807年より6年の歳月をかけて建立した。真言宗最初の根本道場。紀州高野山 京都東寺とともに大師三大霊跡のひとつ 四国霊場88ケ所の第75番目札所 (パンフレットより)
善通寺駅   

駅からしばらく歩くと 南大門が奥にみえてくる。

弘法大師 空海
774-835 真言宗の開祖。 
744年 讃岐の国・屏風が浦の豪族佐伯氏に生まれる。
秀才の誉れ高く 「毎夜仏様と語り合っていた」等 神秘的な伝説が伝わっている。苦行時代を経て 31才の時、唐へ渡る。
長安で青竜寺恵果に密教を学ぶ。帰国後善通寺を創建、高野山に大伽藍を建立。日本における真言密教をうちたてる。
高野山,東寺を密教の根本道場とし、 各地を巡歴。 
835年高野山にて御入定される。 
書においては三筆の一人。「風信帖」「灌頂歴名」などは至宝とされる。 
宝物館に展示されている 「一字一仏法華経序品」は、弘法大師が書を、母が仏像を描いた。(パンフレットより)
伽藍 
南大門 総本山善通寺の正門 1558年兵火により焼失 1904年再建

南大門  門裏

善通寺境内の楠 
弘法大師の誕生のときよりあるといわれる。樹齢千数百年。

五重大塔 
弘法大師創建 永録の兵火で焼失。
1804年 再建 失火で焼失。 1884年 再建 高さ 45.5m 総けやき造り。(説明看板より)
 
金堂 
大師創建の堂は兵火で焼失。
1685年再建。 本尊は「釈迦如来」高さ3mの座像、鎌倉時代。運慶作。
後嵯峨天皇・亀山天皇・後宇多天皇の御尊碑が奉安してある。(説明看板より)
 
東門より通りをみる                       

釈迦堂

足利尊氏利生塔

観智院



五百羅漢

鐘楼(左)と中門(右)

御影堂前から仁王門側をみる 

誕生院
御影堂(大師堂) 
弘法大師の母である玉寄御前の御殿があった。弘法大師の御影(みえ)が安置されている。
大師はこの所で誕生された。(説明看板・パンフレットより)  御影堂地下は約100mの戒壇巡りになっている。

戒壇めぐり 
御影堂地下の闇の通路を歩く。闇のため左手で壁を伝わって歩く。本当に何も見えない。
念仏を唱えながら歩く。 歩いたときは前後だれもなく 一人で歩いた。 かなり歩くと水の音が聞こえる。
弘法大師に会う部屋につく。 そこで説教を聞く。
親の恩恵に感謝し 親を大切にしなさいと いった話だったような気がする。
また暗闇をあるく。 しばらく歩くと宝物館の入口にでる。
宝物館より御影堂をみる

御影の松(枯木) 
御影の池の上に茂っていた松。

稚児大師立像

御影の池
 
弘法大師31才の姿 左右は両親(説明看板より)

聖霊殿 

遍照閣よりみる御影堂と奥殿

遍照閣 
研修道場と遍照閣前の仏像

遍照閣前の七福神

ビルマ戦没者慰霊塔

済世橋 
弘法大師が中国で修行時、洛陽の洛水にかかる、天津橋を渡ったことによる。(説明看板より)
済世橋と正覚門                          
 
正覚門より納骨堂 御影堂をみる

地蔵堂

護摩堂
親鸞堂 
堂に安置してある親鸞上人の尊像は「鎌田の御影」といわれ上人自作のもの。(説明看板より) 

仁王門より伽藍の方をみる

伽藍側から見る仁王門

善通寺イラスト(パンフレットより)

善通寺のまちなみ

陸上自衛隊

護国神社 讃岐宮

「光のまちづくり」による演出 市役所?


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