横須賀沖合い1.75キロにある猿島は東京湾に残された唯一の自然島である。

 猿島とはいえ、島内には猿は生息していない。名前の由来は建長5年(1253年)日連が乗った船が大嵐に遭い、船の進む方向さえわからなくなった時、一匹の白猿が船の舳に立ちこの島に案内したという伝説によるといわれている。
 江戸時代、黒船の来航とともに砲台が設置せれ、以後、第二次大戦時には帝都防衛を目的とした海上軍事要塞として、戦後はアメリカ軍に接収され軍事施設としての歴史は1世紀にわたった。

 95年より一般への解放が再開され、現在は海水浴場・釣り場として解放されていが、島内には当時の軍事施設の名残が残されたままになっている。

 木々に覆われ、その目的をなしていない展望台・樹の根に突き破られた壁面などが放置せれつづけた歴史の長さを感じさせる。

 要塞のためのレンガ作りのトンネルは"愛のトンネル"とよばれ、海水浴シーズンには多くの家族連れでにぎわう砂浜は今の猿島の平和な存在を象徴し、時代によって姿を変える島の運命を感じさせられた。


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