海沿いの国道。「三本松海水浴場」のバス停。
俺は陽炎の揺れるアスファルトを見ながらバスを待つ。
振り向けば遠くに砂浜が伺える。そこには今日もたくさんの海水浴客がいるのが見えた。
俺も数日前まではあの中の一人だったんだよな…。
そう思うと少し寂しい思いに襲われた。
「なにぼーとしてんだ? まこと」
突然声をかけられ、驚いて振り返るとそこには姉貴が立っていた。
「あれ? 俺なんか忘れ物でもしたっけ?」
「いや、そうじゃない。まあ、なんとなくな…」
「どうせなら車で送ってくれればいいのに」
「甘い。こうやって見送りに来てやってるだけありがたいと思いな。…ところで」
でた。
姉貴がただ俺を見送るなんて気の利いた事、するわけない。
俺は姉貴が何を言いだしても言いように身構えた。
「美和ちゃんとはけっきょく、どうなったんだ?」
予想通り……。
姉貴のヤツ、それが気になっていたのか。
確かに昨日から何も言ってこないから、少し変だとは思っていたけれど、とうとう言って来やがったな。
「どうなったて、なんにもないよ」
「ふ〜ん」
明らかに疑いの眼差しで見る。
「それじゃぁ、昨日の早朝、二人で何処に出かけていたのかな?」
意地悪っぽい口調で俺に言う姉貴。
あちゃあ、やっぱ気づかれてたんだ。
「それは…姉貴には関係ないことだろ?」
「関係ない事さ。ただな、お前、美和ちゃんを送って行って帰って来てから、どうも様子が変だったから、なにかあったのかなって少し気になったんでな」
相変わらず姉貴のヤツ、察しがいいな。
黙っていてしつこく聞かれるのも嫌だったんで、俺は今までの出来事をかいつまんで話した。
「阿呆か? お前は。そんなんでいいのか? お前の美和ちゃんに対する気持ちってその程度だったのか」
姉貴は突き放すような口調で俺に言う。
「違うよ。俺は彼女の事を考えて…」
「違うね。けっきょくお前は逃げたいだけなんだ。そうやって自分を誤魔化して納得してしまおうとしているだけじゃないか」
俺は姉貴の言葉に憤りを覚える。
俺だって誤魔化したくて誤魔化している訳じゃない!
「今の彼女は恋愛なんてしていられる状況じゃないんだ。俺が彼女とつきあったらきっと彼女の勉強の邪魔になる。好きだからこそ、俺は一緒にいられないんだ。なにも知らないくせに偉そうにいうんじゃないぜ!」
「じゃあ、お前が何を知ってるって言うんだよ。実際にやってみてもいないで憶測だけで言ってるだけじゃないか。お前なぁ、恋人同士というのは毎日のように会って、デートして、抱き合って…そんな事をやらなきゃいけないって固定概念に縛られていないか?たとえ会えなくてもお互い支え合って励まし合って…その存在自体が大切なんだ」
「だけど…」
「彼女、今からが大変な時期なんだろう?そんな時だからこそ、お前が側にいて励まして支えになってあげればいいじゃないのか?そういうのって形だけの恋人同士より意味があると思うぞ」
「でも、彼女は来年にはもう、東京へ行ってしまうから…」
「はぁぁ。ほんっとお前は馬鹿だな。だからなんだって言うんだ? 人と人というのはいずれ別れる。わたしと康太郎だって、現実的に考えるとこの先どうなるか分からない。どちらかが先に死ねばそこでお別れだ」
「それは極論だろ」
「分かり易く言ったまでだ。だから大事なのは未来じゃない。今なんだ。今しか一緒にいられない。それだからこそ、その事実を大事にしなきゃいけないんじゃないのか?」
「そう言われればそうだけど…」
「それに、未来なんてどうなるか分からない。来年になって状況が変わってしまっている事だって十分あり得るんだ。とにかく最初からあきらめてしまえば残るのは後悔だけだぞ」
「……」
姉貴の言葉に俺は何も言い返せなかった。
確かに俺はまた自分の気持ちから逃げているのかもしれない。体裁のいい理由があることで自分の気持ちを誤魔化しているのかもしれない。
そんな事を考えているうちにバスがやって来て、俺の前に停まった。
「わかったよ。俺、もう少し考えてみるよ」
そうつぶやいて俺はバスに乗り込む。
「ああ。そうしてみなよ。それじゃ、気を付けて帰れよ。おふくろ達によろしくな」
「世話になったな。それじゃぁ」
俺が姉貴に手を振ると同時にバスのドアが閉じた。
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