ふう。
俺は深呼吸して深く息を吐き出すと、目の前に広がった青々とした海を見渡す。
ここはちょっとした公園になっていて緑の芝生が広がっている。
少し小高い丘の上なので景色がいい。
俺達はここに自転車を停めて、しばらく休憩をとることにした。
あれ?そういえば真澄ちゃん、何をやってるんだろ?
担いでいたリュックを握りしめて芝生の上で膝を抱えているぞ。
「どうしたんだ? 真澄ちゃん。やっぱ少し疲れた?」
「えっ? …あ、いえ、いえ! 違います」
俺の方を見上げて、顔をぶるぶると横にふる真澄ちゃん。
「あの、宇佐美先輩…」
「?」
「あの、あんまり自信ないのですけど…これ」
真澄ちゃんはリュックの中から、バンダナで丁寧に包まれたランチボックスを、おずおずと取り出す。俺は受け取ると開けてみた。
「あ! これ、真澄ちゃんが作ったのか?」
こくんと恥ずかしそうに頷く彼女。中身はサンドイッチとウインナーや卵焼きなどのおかずが入ったお弁当だった。
「ごめんなさい。私、料理ってしたことがなくって、由希子姉さんに教わりながら作ったから…あまり上手く出来てないかもしれないですけど…」
「何言ってんだよ。凄く嬉しいよ俺。じゃあ、朝、早かったんじゃないの?」
「一応、失敗しちゃいけないからって少し早めに起きて…」
「何時くらい」
「5時頃だったかな?」
け、健気だなぁ。俺の為に…。
初めてだって言うのがちょっと不安だけど、一生懸命作ってくれたんだ。それだけでも嬉しいぜ。
「ありがとう。それじゃ、戴くよ」
「はい」
俺達は芝生に腰掛けてお弁当を広げた。うん。なかなかおいしそう。俺は卵サンドを手にとって食べてみる。
「……」
真澄ちゃんは不安そうに俺の顔を覗いた。
「……」
「ど、どうですか?」
俺は飲み込むと真澄ちゃんに向かって親指を立てた。
「ばっちり、ばっちり。すごく旨いよ」
「本当ですか!」
続けておかずの方を食べてみる。卵焼き、ウインナー、一口コロッケ、ハンバーグ、ポテト。初めてにしては上等の出来だ。
「うん。ばっちり、合格! 文句なし」
「あ、ありがとうございます。でも、ほとんど由希子姉さんが手伝ってくれたから…」
「そういえば、由希子さん調理の専門学校に行っているんだっけ?」
「はい。手際がいいので感心してしまいました」
俺は無意識に掴んだ卵サンドを頬張っる。
ガリッ
小さな音と妙な歯触り。俺は思わず顎の動きを止めて硬直する。
「え? せ、先輩、どうかしました?」
俺の様子に驚いて、動揺する真澄ちゃん。俺はゆっくりと舌先で今噛んでしまった固まりを取り出した。
「真澄ちゃん…卵の殻…だな」
「ああ! ど、ど、どうしよう…ご、ごめんなさい! あ、あたしドジで…一生懸命作ったつもりだったのに…」
目に涙を貯めて謝る真澄ちゃん。
う〜ん、別に責める気はないのだが…。
「何言ってるんだよ。最初なんだから失敗したっておかしくないだろ。それに味はバッチリなんだから」
「でも」
「気にするなって。ちょっと驚いただけだから」
俺は彼女を安心させるように微笑みかけると真澄ちゃんは黙って頷いた。
「でも、嬉しいなぁ。俺、こんな風に女の子に弁当を作ってもらったのって、真澄ちゃんのが初めてなんだ」
「え? …本当ですか?」
俺が頷くと、真澄ちゃんは顔を真っ赤にして俯いた。
真澄ちゃんって、けっこう表情が豊かなんだなぁ。
「あっ、コーヒー入れますね」
真澄ちゃんはステンレス魔法瓶を取り出すと俺にアイスコーヒーを注いで渡してくれた。
なんか、いいなぁ。これって。
俺は隣にチョコンと座ってる真澄ちゃんを横目で見た。
彼女もこちらの方をじっと見ている。しかし、俺の視線に気付いて少し顔を赤らめた。
「あたし、やっと先輩と一緒にお弁当を食べる事ができたのですね」
「え?なんの事だい」
「ほら、昔、遠足の時、あたし一人でお弁当を食べていて、先輩が一緒にって誘ってくれた時ありましたよね」
あの時の話か…。
中三の秋の遠足の時、弘の奴がずる休みしたので、俺は一緒に食べる相手がいないかなと探していた。彼女が離れた所で一人で食べているのを見つけてなんとなく声をかけた事があった。
「あたし断って逃げちゃって。本当は嬉しかったのに。あの時はごめんなさい。あたしその事ずっと気になっていたんです」
「それで、このお弁当を?」
「はい。先輩と一緒に食べてみたいって思ってました」
少し恥ずかしそうに言う真澄ちゃん。
それにしてもよく覚えてるなぁ。俺も言われるまですっかり忘れていたよ。
こうやって聞いてみると真澄ちゃんとの思い出ってけっこうあるんだなぁ。
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