
イーノの最新作は『ザ・ドロップ』。簡単に説明しちゃうと、リズムが珍しく明確でしかもメロディアスなアンビエント、だ。私は随所で聴かれるラウンジ・ミュージック的な展開に、「お、イーノはまた身勝手なジャズでも演る気かい?」と思っていた。とにかく「久々に」エンターテインメント性も備えたポップアルバムだ。
Rockin’on 1997.10 市川哲史
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メロディアスですねえ。驚きましたよ。
最近実によく唄ってるからなんだよ。自分が唄えるような音楽を作りたかった。だからそのうちまた、ポップソングの作曲を再開するかもしれない。わははははは
どこで唄ってんですか。
家で、一人で居る時にさ
ほお−、そりゃまた何故ですか。
自分の声を再発見しようと思ってね。近頃私の唄の上達には目ざましいものがあってね、この声を使っていろんな事が出来る。ただし、横に誰も居ない時に限るがね。わはははは
(無視)今回のアルバムは「新しい音楽スタイル」創造熱が異常に感じられるんですけども、どういう構想の「新音楽」なんですかね。
まず、君がこの作品を『新音楽』と言ってくれて、非常に嬉しいよ(笑)。私自身も今回は凄く新しい試みだと思ってる---------たぶん過去の私のどんな作品よりもクセのある、角ばった感じがするからだと思う。滑らかではなく、あらぬ方向に暴走してたりするんだ(笑)。故意にギクシャクさせてるんだよ。滑らかで耳に心地好い音楽ではなく、耳障りでおかしなとこからトゲトゲが突き出してるそんな感じを目指したんだよ。これは今現在における音楽シーンの状況をニラんだ動きでもある--------つまり、今いちばん見過ごされてる領域、すなわちメロディの領域に注意を向けようという試みなのさ。
と言いますと。
今の音楽には大きく分けて二つのタイプがある。一つはポップ・ミュージックで、これは勿論メロディに溢れている。もう一つはダンス・ミュージックで、こっちはビートと雰囲気あるのみ。メロディは聴くも悲惨、といった状況だ。概して、ポップ物においては雰囲気が退屈そのもの、クラブ物においてはメロディが退屈そのものなんだよ。私にしてみれば、物凄く知的で革新的なビートの音楽を作り出してる人達が、その上に馬鹿馬鹿しいほど単純なメロディを乗せる事しか出来ないなんて、凄くもったいないと思う。
ちなみにポップ物で、あなたが最も優秀だと思ってる楽曲は何ですかね。
もうドナ・サマーの“ステイト・オブ・インディペンデンス(ジョン・アンダーソン&ヴァンゲリスのカヴァー!)。だね。古今東西の名曲の中で、あれほどリズム・トラックがどうしようもなく酷い曲は他に無いよ。曲は本当最高なのに。であの曲の唯一の魅力はドナ・サマーの唄と声、そしてバッキング・ヴォーカルにある。他の部分は全部無くて構わない(笑)。無くても名曲だよ。
わはははは。あなたが言う最近の音楽傾向の原因を、どう分析してますか。
エレクトロニックの最先端を行く音楽は、どうしてもメロディ軽視になりがちだ。シーケンサーはいろんな音を切り貼りして音楽を作り上げる機械だが、素晴らしいヴォーカルは切り貼りでは作れない。メロディも同じだ。一音一音寄せ集めるのはリズム・トラックには有効だが、メロディには向かないんだ。
じゃあその二つの長所の融合を、今回の「新音楽」で目指したわけですかね。
そう!本作では二つの異なる方法を試みてる。16曲目までは全て短い、映画音楽のような感じ。そして最後のー曲は32分あって、同じタイプの素材を使って違う物を作ろうとした。つまり、アンビエントの機能を持ちながらリズムもある音楽だ。ただし『私の定義によるアンビエント』という事だからね(笑)。近頃アンビエントと呼ばれてる音楽は、私に言わせれば全然違うよ。
ここで恐ろしく長い講釈が展開されたので、私が勝手にまとめると、要は「世間のアンビエントは音が詰まり過ぎてて、肉体的過ぎる」と。「一方的に鳴り続けてるだけで、気が散る」との事。ところがその辺の連中が結構レコードセールスも良い事に関して、かなり複雑な心境のようだ。
私が初めて環境音楽を演り始めた頃なんて、レコード会杜が言う事といったら『この音楽には歌詞が無い!ビートが無い!メロディが無い!』と無い物ばっかり挙げつらわれて、作品としての価値なんて全く評価して貰えなかった。マスコミだって、『今月お薦めのフレイヴァー』ならぬ『今月お薦めのフレイヴァー無しレコード』だったわけだ。わはははは。
そうだろうなあ。さてこの『ザ・ドロップ』、リリースまでにタイトルが目茶目茶変更に次ぐ変更で、ライナー書く私は死ぬほど迷惑した。OUTSIDER JAZZ → SWANKY → TODAY ON EARTH → THIS IS HUP!→ HUP → NEO → DROPその辺ネチネチと文句言ったら、なんとそれ以前にもタイトルがあった。その名も『アンウェルカム・ジャズ−−ロンドンのアンウェルカム・ジャズ・シーンの中心地より』で、しかも「ジャズっぼいベレー帽を被った私のなかなかイカした写真」がジャケットだったらしい!すいません、笑っていいですか。
ちなみにイーノ日く、過去の作品でタイトルが一度も変更しなかったのは『テイキング・タイガー・マウンテン』と『ミュージック・フォー・エアポート』ぐらいだそうで、ここら辺も「所詮、記号じゃん」的な潔さの表れなのだろうか。なお本作はほとんど『HUP』で決まってたのだが、変更された理由はワンダー・スタッフが3年前に同名アルバムを出してたから。
知らなかったんですか。結構売れましたよ。
そうかね
偉いなあんたはもう。さてイーノが最近頻繁に使ってる最新音楽名称に「ジェネラティヴ・ミュージック」がある。訳すと「偶然音楽」になるのか。同名CD-ROMがまた凄くて、起動させた瞬間から操作してる我々を無視して勝手に音楽を作り上げて、同じヴァージョンを二度と再生出来ない(笑)逸品。更に先日行われたロンドンのインスタレーションでは、会場内の各所に置かれたデッキが各々勝手に別の音楽を流し続け、時々シンクロした瞬聞に「音楽」が成立するという、これまた聴き手を無視した我儘な世界(笑)だったのだ。そしてその会場で限定50枚だけ販売された同名CDは、なんと50枚全て内容が違うという完全ハンドメイドCD!要は「偶然音楽」理論によって生まれた「偶然の産物」を各々収録してるのだ。ちなみに私はつい1枚買ってしまったが、100ポンドは高いぞお。
高いかもしれないが、版画に較べれば安いと思うよ?それに版画なら何枚でも刷れるけど、これは僅か50枚なんだから。そもそも費用だって相当かかってるし、ギャラリーの人問は『たったの100ポンドで売るんですか?』と驚いてた。これで金儲けしようなんてつもりは無い。大体ロックで金が儲かるわけないんだから!(笑)
(笑)「偶然音楽」という解釈で正しいですか。
『ジェネラティヴ・ミュージック』とは、音楽が自ら音楽を創り出すんだ。一度スタートさせると、今まで誰も聴いた事が無いような音の組み合わせを創り始める。つまり、庭師のように音楽の成長を見守るシステムなんだよ。基本的には同一性のある音が出てくるが、前に育てた草と全く同じ草が生えてくる事が無いように、全く同じ音が出てくる事は無い。
この「音楽版たまごっち」は、アンビエント・ミュージックを次の新たな段階へ導く試み、と考えていいんでしょうかね。
その通りだと思うね。実際5年ほど前に気づいたんだ。私のアンビエント時代を終わらせるには、コンピュータによる自已増殖的なプログラムを創るしかないと。しかしその頃には、そんなプログラムを書いてくれる人問が見つからなかった
エイフェックス・ツインのリチャード・ジェイムスも、「自己増殖的な音楽を創る事に最近ハマってる」と言ってましたよ。
こりゃ今に追い越されてしまうぞ!(笑)。なんてこった!私は68年から自己増殖的音楽を演ってるという歴史があるのに!!
そんな昔からどう演ってたんですかい。
テープのループを沢山作って、それを一度に同時に流してたんだよ。
でこのプログラムは、そういうアンビエント・ミュージックの最終形だと。
ごく自然な成り行きだと思うね。アンビエントはすべからく、自らの為に音楽を生み出すシステムを組み立てようという考えの下に成立してるわけだから。例えば『ミュージック・フォー・エアポート』だって一音一音吟味して書いたものではなくて、6つの長さの全く異なるテープループを一緒に回す事によって生まれた音楽だし。ここで重要になるのは、素材の選び方だよ。常に細心の注意を払って素材を選んで、そこからパターンを創り出してきたわけなんだ------自分の演ってきた事を説明するのは難しいね。もう20年もこうしてインタヴユーで喋り続けてきたんだけど(笑)
ええ、ずっと真剣に読み続けましたよぉ-。ちなみに最近のイーノ教授、U2のみならずブライアン・フェリイにデヴィッド・ボウイ、エルヴィス・コステロ、ジェイムス等々コラボレーションも活発だ。そのコラボレーションの秘訣なのだが、「冷静な聴き役に回る」事だと言う。確かにU2のプロデュースの際も「ただスタジオに座ってるだけ」との噂は聞いてたが、マジらしい。
音作りに手をかけるより、座って耳を傾けてるのさ(笑)。実際私は、聴き手としてかなり良い耳を持ってると思うよ。よく音を聴いて、そこから本当にカのある音の在り方を見つけ出し、それを妨げるものを選り分けて取り除くのさ。
さてロキシー解雇以来疎遠だったフェリイさんと、久々に仕事した際の話も訊いた。
私はフェリイのレコードで一体何をしたんだっけ?(笑)。よく思い出せないな。
おいおい。
彼の事はとても好きだよ。物凄いシャイな男でね、ある意味で同情を禁じ得ない部分もある----彼ほど英国のプレスから酷い扱いを受けた 人間は居ないから。ある音楽紙に、私がこれまで読んだ中で最も卑劣で最も悪意に満ちた記事が載ったんだが、私はそのプレスに手紙を書いた。『私は特にフェリイを擁護する立場ではないが、こういう事を書くのはあまりに酷過ぎる』と。それが契機で、数年前から交遊関係が復活したんだ。
うわ、素晴らしい事するじゃないかハゲじじい。
最後に付け加えておくと、イーノ教授は今年4月よりロシアのペテルブルグに住み始め(冬は厳しいから9月には引っ越すらしい)、歴史の重みや美しさを「素晴らしい女性の魅力」と共に満喫してるそうだ。
あんたもやっぱりオヤジだったか。
( hataeno )