gif.gif (1473 バイト)

interview 1996

 


 

「これはハンバーガーみたいなものかもしれない」……非凡なレコード・プロデューサー、自ら科学者ではないと公言するブライアン・イーノは語り始めた。これ、とはもちろんDX7のことだ。ウェストロンドンにあるオーパルの事務所は一見すると典型的なスタジオのようで、彼がオーディオ・スケッチブックとして使用する様々な機材と並んでDX7が鎮座している。オーディオ技術の賞賛を意識的に制限しているためか、彼のスタジオ・ワークに対する考え方は、我々の知る限り最もチャレンジングだと言えるかもしれない。
 ほとんどのセッションに同伴するいくつかの機材はあるが、驚異的パワーのマシンにはあまり興味をそそられないようだ。彼はレコード・プロデューサーとは無限に存在する機材を選択するナビゲーターで、レコード制作の能力を広い意味で文化的背景に反映させることだと考えている。哲学的アジェンダーをアーティストに与え、彼らがそれに集中できるよう、自身の作業は皮肉にも百科辞典的、事務的なものになってしまっているが、U2やデヴィッド・ボウイなどの大物アーティストが彼を指名する理由はそこにあるのだ。
  イーノのアシスタント、アンドリュー・バードンは、スタジオ内のすべての機材をキャスターつきキャビネットに収納した。モジュラーで移動可能なレコーディング・キットは“どんな場所もレコーディング場所になりえる。神聖なる室内音響を作るために人工的環境を作り上げることはやめる”というイーノの考え方に一致している。


 

実際のところ、私は小さな携帯型施設が好きなんだ、だから手間のかかるスタジオを巨大な敷地内に建てるのでなく、こうしてすべてキャスターつきの機材を揃えた。これは2,3年前に思いついた新しいアイディアだ。私は方向性の決定に時間がかかるから、1つの大きなマルチトラック・スタジオに巨額を投資するより、1つのビルの中に2つの可動式スタジオを作ったらどうかと考えた。たとえば、1つのスタジオで何か面白いことが起こり、どこかの5人のグループに連絡を取ってレコーディングしようと考えたとする。その場合、こうしたスタジオを持っていれば、彼らをスタジオへ呼んで最初からセッティングするのでなく、スタジオを持って出向くことが出来るんだ。どこにでも運べて、プラグ1つ挿し込めばいいと言うのは理想的だね。


 彼は、16トラック程度の規模ならADATが理想的フォーマットだと認めている。しかし、こうした技術がマナー・スタジオのような巨大な施設を葬り去る役割を果たした一方で、伝統的な職業施設にもそれなりの役割が残っているともいう。

 


 家の小さなスタジオでの作業は確かに小予算で多くのオプションを可能にする。だがその一方、素晴らしいミュージシャン達のサポートを受けるチャンスを逃してしまうのだ。私がメーカーと折り合わない理由のひとつは、彼らが機材のオプション数の増加ばかりに執心していることだ。それでは機材にストアする量が増え、マニピュレート方法も増えて、データ量もどんどん増える。彼らはより面白い問題、つまり“いかにして楽器との親密度を増すか”には決して目を向けない。たとえばバイオリンは多分この世で一番制限を多く持つ楽器だが、人々はバイオリンを愛し続けているだろう?楽器と人とが面白い関係を保つために重要なのはオプションを減らすことだ。それが、ギタリストがシンセ・プレイヤーより常に面白い音楽を創造できる理由だよ。ミュージシャンは実際に楽器で演奏を始めて可能性を一つ一つ消していく前に、曲に対する意志決定に焦点を絞ることを学ばなければならない。人生は短いからね!
  スタジオ設計をビジネスとしてはやりたくない。これは信念の実現なのだから。私がスタジオのデザインをするなら、それはオーケストラ用スタジオではない。もう時代遅れだし、イギリス国内に一つあれば十分だと思う私がデザインするなら、特にドラマーのためのスタジオを作りたい。ドラマーはかけがえのない存在だと思うから、次に大切なのはギタリスト達だね」
「2,3年の間に解放されたことの一つは、人々はガレージやスイミングープールなどで行われたレコーディングが好きだと言うことを認識したと言うことだね。音響はニュートラルで、完璧で透明な環境でレコーディングしなければならない…という考えは、もハヤクラシック音楽時代の残骸でしかないんだ。


 

イーノは、ありのままであることにこだわろうとしている。

 


 アコースティック空間は生きている。そのスタジオが“小さくて奇妙なスタジオ”だったとしても、そのまま“小さくて奇妙なスタジオ”として残すしかない。優れたミュージシャンはどんな場所でも自分の能力を発揮できるはずだ。レコーディング方法の標準化という考え方は過去の遺物だと思う。ロック・ミュージックがレコーディング方法の標準化という概念を一新したことは間違いない……奇妙とも言える様々な場所でレコーディングされたものを聞いて育ったし、その奇妙さ加減が格好いいと感じる。だから、ニュートラルな環境でレコーディングしていながらも、ガレージや峡谷でレコーディングされたような音にするために長い時間を費やしてきたんだ。このルーツには、世界のコントロール、組織と管理、そして科学による解明というルネッサンス思想があるね。こんな古くさい考えは今ではまったく役に立たない。人類は環境をそんなふうにコントロールすることは出来ないんだ。こうした考えはすべて、正しい出発点という考えをベースにしている。私にとって最悪のミックスは、エンジニアが完成したトラックのキックのボリュームを上げ、座ったまま30分も聞いている状態だね。そして昼頃になってスネア・ドラムにかかる。大馬鹿野郎だね。私はこんなことは許さない。この方法は、レコーディング・プロセスという概念に馬鹿正直に従っているだけだ……人々は概念をなぞるように従うというミスを犯しがちだね。

 

 イーノがレコーディング・スタジオに要求するのは、測定可能な周波数特性に過剰依存しないようにすることだ。

 

 注意を払って欲しいのは、空間の大きさ、それから長い毛のカーペットはやめることだね!それだけでかなり違ってくる。空間は必須だよ。私はスタジオ内の人数と生産性は反比例すると考えるから、レコーディングで何が起こっているか聞こえないような場所もどこかに必要だ。スタジオ内にいる人たちは“何か言わないと自分は能なしだと思われる”なんて考えは捨てて欲しいよ。
 スタジオに必要なのは、ロビーのような座れる場所、コントロール・ルーム…これは一番大きく場所を取ってほしいね、そしてスタジオ・ルーム。最近はプレイヤー達とのインプロビゼーションが増えているので、大きなスタジオで作業することも多くなっている。デスクトップの作業の後は、インプロビゼーションがとても楽しいんだ。一つの部屋に5人のプレイヤーが集まって演奏することから生まれるカオスは非常にスリリングだよ。机上の作業からはカオス的なものは何も生まれないからね。私は良く立って作業する。立つとその瞬間に体全体がかみ合って一つになる。私は体全体が一つの大きな“頭脳”だと思っているからね。Macintoshの前に座って目と右手だけしか使わないというのではダメなんだ。


 まるで幽閉されているような状況にも関わらず、イーノの実り多き作品群のアイディアは、別プロジェクトでスタジオ入りしているときに浮かぶことも多いという。ソロ・アーティストとしての作品だけでなく、プロデューサーとして参加したどのアルバムからも彼の存在を直接感じることが出来る理由の一つは、彼はスタジオにはDATとDX7のケースだけを転がしていき、絶対にコンピューター・データは持っていかないことにある。彼は可能な限り早い時期にテープに録音してしまうことを奨励しており、コンピューターのデータは再利用しない。

 


 私が進めたいのはオプションの数を減らすこと。これがコンピューターのプログラムを壊す理由でもある。シーケンスのデータを絶対に保存しておかないのは、そこへ戻るという選択肢を消すためだ。DATに結果を納めたら、そのDATを持っているかいないかの選択だけにするのだ。
 U2と作っている曲がそのよい例だ。非常に音の厚い曲だが、ある日バッキング・トラックの素晴らしいミックスが得られたので、それをマルチトラックの2つのトラックに入れた。常にこうするのが好きなんだ。何かが足りないならそのテープに足せばいいし、多すぎるならフレーズを取り出してキャンセルすればいい。こうしてオプションを消してしまうことで、もっと大切なことに集中できる。ここで焦点を当てるべき2つのエリアがある。この上に何を重ねるか、一緒に何を入れるか。そしてトラックが完成したら、全体をどうトリートメントするか。この2つに集中して作られた作品は非常に少ない。大抵はミックスが始まるまでトラックがどうなっているかわからない。オーバーダブをくり返し曲を細切れに作業して、ミックスで始めて『一体何をしていたんだ?』と考え込むことになるだがもう遅い。もうその曲との関係を改善する時間はないんだ。


 皮肉なことだが、テープへのレコーディングというのはレコーディング・プロセスにおける“制約”であり、この問題はコンピューター・テクノロジーが解決したはずだった。プロセス上の制約をなくすことが創造性の解放につながるという考えは10年間も蔓延したが、彼は他のプロデューサーの多くと同じように、パフォーマンスのインプットとアウトプットを最優先している。

 


 たまにはデジタル・レコーディングの自由を楽しむこともあるが、プロデューサーの見地からすると、アーティストが自分自身の仕事に集中できるようにすること……つまり選択肢の幅を制限することが重要だと思う。この2つは等しい。出来るだけ文化的なテリトリーを制定することで、それを実行している。
 レコード業界が現在のような状態になるのに10年もの年月がかかったのは、皆の“スタート地点”が悪いからだ。皆すタジオ入りするときに曲のスケッチを持ってこないから問題は倍になってしまう。可能性の海に自らを投げ出したはいいが、方向性を把握するための海岸も星も知らないし、船の操縦法もわからず、何ヶ月も波間を漂うだけだ。必要に応じて選択肢を制限し、慎重になるべき所は慎重に。創造性を制限するような状況は作りたくな井が、すべてに少しずつ注意を払うより、重要だと思えることに焦点をあて最大の注意を払うシチュエーションに導く方が望ましいと思う。
 私に仕事を依頼する人々からの要望の一つは、そのプロジェクトがどこの領域に属するのか、どんな精神的文化的空間に属するのかという点を明確にすることだと思う。そして2つ目が本当に技術的なことだ。我々には無限の可能性があり、それを追求することも出来る…だが、あえてそれをやるのはやめようじゃないか。理由はないが、その追及はやめると決心する勇気を持とう。勝手だと思われるかもしれないが、あえてギター1本のサウンドにしてみよう。


それはプロデューサーとしての決断だろうか?

 


 ほとんどの場合、誰の決断だとは言えないと思う。だが、私のクライアントが期待しているのはそういうことであり、示唆を求めているのだと思う。私は自分が与える示唆について何のプライドも持っていないから、1週間後に誰かが『これと違うサウンドにしたいんだ』って言ってきたとしてもまったく構わない。スタジオ入りするたびにレコーディング業界の歴史を最初からなぞるような作業をしたっていいわけだけど、それはあまり望ましくないよ。

 


 イーノによると、プロデューサーの役割は独裁者と仲裁者の中間だという。

 


 通常人々が行うことは民主主義的ではなく、“卑怯”と“行儀がいい”の2つだ。誰も人の足を踏んだりしたくないから、何も言い出さないだけ。もし部屋の中に5人いたとして、その中の一人が何かを非常に強く感じていたとする。すると後の人たちはその強さを感じつつも、裏で何かを考えている。僕が思う民主主義的観念とは“シフトするリーダーシップ”だ。いつも一緒に進んでいこう、ではなく、お互いに常に信用しあって、誰かが何か強いフィーリングを持っているときにはある期間内は彼にリーダーシップを取らせよう、という感じだと思う。実際こうしたことはよく起こるんだ。例えばだれかが『これは駄目、こういう方法でやろう』と言えば、私は『OK、やってみてどんな結果になるかみてみよう』と答える。
 普通、私は1つのプロジェクトにかかりきりにはならない。そこから出たり入ったりすることで、フレッシュな感覚で音を聞く耳を持てるんだ。その方がストレートに明らかになる。『これは駄目』『これは素晴らしい』『これは不明瞭』とね。私は割と物事を把握するのが速いので、1時間も聴けば“これは哲学的に語られるべきだ”とか“レコードの他の曲も含めた方向性をもっと建設的な見方をすべきだ”などの、彼らがこれから解決すべき事を僕から与えられると思う。半日は彼らに解決すべきテーマを当てることに費やして、後の半日はどうやってやるか、これがうまく行くかどうかを見る作業に費やしている。時にはうまく行かないときもあるし、もちろん参加している誰もがリーダーシップの役割を担っていくこともできる。
 人と人の間に好ましい関係ができて、“僕がやってみたことはうまく行かなかった”“まぁいいさ”っていうふうに話していければいいと思う。幸運なことに、僕が参加したほとんどのプロジェクトはそんなふうだった。『君は成長したね。もう選択の自由があるし、選択の自由がなかったことを面白いと思う振りをする必要はない』と言う人たちに敬意を払うことが必要だ。

 

 コンパクトなポータブル・ワークステーションという経済的方法は、イーノにとって大きな意味を持つものだった。イーノの頭脳は同時に様々なことを能率的に処理しているので、意味のない配線に費やしている時間はないのだ。彼の考えがすべてのシチュエーションに当てはまるかどうかは定かではないが、イーノが参加したプロジェクトのいくつかで、音楽史の中でも革命的とも言えるような素晴らしい作品が生まれているというのが真実である。その秘訣は、人々が考えるよりずっとシンプルだ。

 

 私は、楽器を持たずに自分たちのレコード・コレクションを携えて登場したハウイーBのような人たちを尊敬している。彼らは音楽の断片をパッチワークするだけだが、あるレコードの複雑さや文化的響きを取り上げ、それから違う曲の同じものを取り上げるというのは、非常にインテリジェントだね。私は何より経済性というものに感嘆している。何か大きな事を起こすエレガントな方法だと思うが、これはスタジオ内で起こることとは本当に矛盾しているね。スタジオというのは、不器用な方法で細かいことが起こる場所だ。

 


Sound&RecordingMagazine 96/04