
interview 1995
ZOO TVツアー後のU2、デヴィッド・ボウイとの仕事など最近精力的なブライアン・イーノが再度動き出した。@U2とによるプロジェクト、パッセンジャーズが「オリジナル サウンドトラックス 1」を完成 Aテノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッテイが催す「パヴァロッティ&フレンズV」へ参加 Bイーノがボスニア・チャリティ・アルバム「ヘルプ」のエグゼクティヴ・プロデューサーを務める。以上、3つの動向を軸に3人の最新発言を交えそれぞれの実態に迫る。CROSSBEAT 1995.11 1-3: レポート 中川五郎さん 4:宮古和眞さん
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注目の新プロジェクトはブライアン・イーノとのコラボレーション
パッセンジャーズは、U2の4人とブライアン・イーノによる新しいプロジェクトの呼び名だ。彼らは「オリジナル・サウンドトラックス 1」というアルバムを、この10月30目にアイランド・レコードからワールドワイドでリリースすることになっているが、今のところぼくの手元までその音は届いていない。ぼくがこれまで聴き得たパッセンジャーズの楽曲としては、9月12目にイタリアのモデナで行なわれたチャリティ・ガラ・コンサート、《パヴァロッティ&フレンズ》で、マイケル・ケイメン指揮のオーケストラをバックに、ボノとジ・エッジとブライアン・イーノの三人がルチアーノ・パヴァロッティと一緒に歌った“ミス・サラエボ”一曲のみだが、その曲は親しみやすいメロディのシンプルなバラード曲だった。
そのコンサートの前日、リハーサル中のバックステージで、ボノとジ・エッジとブライアン・イーノの三人に、共同インタビューする機会を得たので、その時に彼らが行なったパッセンジャーズについての発言を紹介する二とにしよう。
●パッセンジャーズはU2とはまた違った存在なんですか?
ブライアン・イーノ:U2とは違うよ。パッセンジャーズという新たな組織で、わたしとU2のメンバーとが核になっている。将来的には、もっと別のいろんな乗客(パッセンジャー)たちと共にレコードを作っていきたいと考えている。さまざまなグルーブで活躍している人たちを、この中に乗せられるようにしたいんだ。面白いことをやっているとわたしたちが思った人たちを、このプロジェクトにどんどん招いていくというわけだ。
●さしあたって面白いと思っていることは?
イーノ:映画のサウンドトラックだね。今回は映画のサウンドトラック・アルバムなんだ。パッセンジャーズというプロジェクトの方向性というのは、どういうタイプやスタイルの音楽を目ざしているのかということではなく、これは何をやりたい組織なのかということで、おのずと見えてくるものだと思う。ロックだ、ジャズだといった言い方ができないことだけは確かだ。レコードを聴いてもらえばわかるけど、たくさんの違うものが入っているからね。
ジ・エッジ:音楽のサウンドや構造といったものから離れてしまうというアイディアもいいなとぼくは思った。もっとルーズなものなんだ。パッセンジャーズではインストゥルメンタルやインストゥルメンタルに少しヴォーカルが入っているものなど、これまでぼくたちがU2としてやったことのないさまざまなことに挑戦していける。そのいい機会なんだ。実験的で、自由にやれる。もしU2というバンドで同じことをやったら、どうしてこんなに違うことをするのかといちいち説明しなくちゃならない。パッセンジャーズは、U2がやるだろうとは誰も予想できないようなことをやるアンユージュアルなプロジェクトなんだ。
イーノ:とにかく変わっているんだ。今回は特にありきたりの曲のフォーマットということにこだわっていない。たとえU2が過去にかなり実験的なことをやってきていたとしても、彼らの主なアルバムでは、ほとんど曲ということにこだわっていた。でもパッセンジャーズは違うんだ。みんながアルバムを聴いて、『ところで曲はいったいどこにあるんだ?』って言い出すんじゃないかって、内心びくびくしているぐらいだよ。
●今回のコンサートで演奏する“ミス・サラエポ”はパッセンジャーズの音楽とどんなところで繋がっているんですか?
ジ・エッジ:繋がりと言えば、曲作りとレコーディングとがパッセンジャーズのセッションの間に行なわれたということかな。ある意昧で、この曲だけは、他の曲から離れて一入立ちしている。このプロジェクトは、ほんとうに異なった様々な曲で構成されている。だから“ミス・サラエボ”がアルバム全体を代表しているというようなことは、まるでないんだ。そんな曲は一つとしてない。
●アルバムにほホリ(HOLl)という日本人の女性シンガーもゲスト参加しているようですね。
ジ・エッジ:最初ぽくらはこのアルバムで日本とのコネクションを持つことに興昧があったんだ。日本の映画のために、いくつか曲も作ったしね。それで日本人の声を使いたいと考え、もともとはただ喋っている声を入れようと思っていたんだけど、ロンドンに住んでいるホリに連絡を取って、彼女が素晴らしいシンガーだということがわかって、結局彼女は2曲で歌っている。
ボノ:実際、日本とのコネクションはとても大切だ。ZOO-TVのツアーは東京で終わって、その時のショウはスピリチュアルな意味での最後のショウだった。ぼくらは東京こそZOO-TVの首都だと思ったんだ。東京にいた1週間は、興奮してほとんど睡眠もとらなかった。ロンドンのスタジオで行なったパッセンジャーズの最初の2週間のレコーデイングで、あの時東京で感じたフィーリングを音にできたと思った。ほんとうは東京でもレコーディングしようと思っていたけど、すべて音にできたからもう行く必要がなくなったんだ。今回のアルバムはまったくごちゃまぜのプロジェクトで、レコードというよりはアンソロジーだね。レコードとして何とかかたちになるようにしたけど、聴く人を激怒させてしまう曲もあるだろうね。
〆切ギリギリで音が到着!!早速紹介しよう。「どれが曲なのかわからない」、「聴く人を激怒させてしまう」といったイーノやボノのインタビューでの発言から、パッセンジャーズのアルバム「オリジナル・サウンドトラックス 1」は、きっととんでもなく過激な音なのだろうと予想していただけに、最初の感想は、「意外とちゃんとしている!」というものだった。確かに実験的で冒険的なインストやアンビエント・ミュージックのような作品も収められているものの、半数近くの曲にはボノのヴォーカルが入っていて、“ミス・サラエボ”や“ユァ・ブルー・ルーム”などは、少なくともちゃんとした歌になっていて、それこそU2のアルバムに入っていても違和感がないぐらい(後者のボノはL・コーエンみたいで面白い)。簡単に言えば、ボノの歌がない作品は、U2から遠く離れたパッセンジャーズの冒険になりえているが、ボノの歌が入ると、それがどれほど大胆な使われ方であろうと、一気にU2の世界に接近する。換言すれば、それだけボノの声はU2をリプリゼントしているということなのだろう。
2 PAVAROTTI & FRIENDS V
イーノ、ボノとエッジも参加した9月12日、イタリア、モデナのライブ
オペラ界の王者、キング・オヴ・テノール、はたまた世界一のテノール等々、イタリアのルチアーノ・パヴァロッテイの名声はあまねく世界に轟いているが、その名声が轟く範囲は彼が属するクラシックの世界だけにとどまらず、広くポピュラーやロックの分野にまで及んでいる。それは王者として孤高を持すことのない、パヴァロッティの柔軟で幅広い活動形態に負うところも大きいのだろうが、その象徴的存在として挙げられるのが、92年から彼の生地であり、現在も居を構えている、イタリア北部の人口20万人弱の文化都市モデナで開かれている、<パヴァロッティ&フレンズ>なる一大ガラ・コンサートだろラ。ガラとはフェスティバルやセレブレーションと同義語で、要するにさまざまなアーティストが出演してお祭り騒ぎで行なわれるコンサートのことを指している。クラシックやオペラの世界では、ロックでお馴染みのフェスティバルという呼び名より、このガラという言葉が使われることが多い。いささか強引ではあるが、<パヴァロッティ&フレンズ>は、パヴァロッティ版ロラパルーザのようなものと言ってもいいのかもしれない(いや、やっぱりそれはちょっとこじつけが強すぎる気がしないでもない)。
そもそもはパヴァロッティが深く関わっている国際.馬術競技大会のオープニングとして始まったこのガラ・コンサートだが、92年はスティング、ネヴィル・ブラザーズ、スザンヌ・ヴェガ、ブライアン・メイ、パトリシア・カース、マイク・オールドフィールド、94年はブライアン・アダムス、アンドレアス・フォーレンヴァイダー、ジョルジアなど、その多彩な顔ぶれ、それぞれのゲストとパヴァロッティとのコラボレ一ションの面白さで話題を集め、今ではこちらのほうが完全にメインになっていると言ってもいいぐらいだ。
そして今年95年も、92年、94年と同じく9月の中句にモデナ駅近くにある野外会場パルコ・ノーヴィ・サドで<パヴァロッティ&フレンズ>が行なわれたが、今回のガラ・コンサートには、<INSIEME PER I BAMBINI DELLA BOSNIA〉、英語では<TOGETHR FOR THE CHILDREN OF BOSNIA〉というサブ・タイトルがつけられていて、別項で詳しく述べるが、ボスニア・へルツェゴビナの戦争て心身ともに傷ついた子供たちのためにウォー・チャイルドという団体を通じて現在モスタルにミュージック・セラピー・センターを建設する資金を集めるという、チャリティ・コンサートの面が強く打ち出されている(92年の〈パヴァロッティ&フレンズ>もヘモグロビンの異常症である難病サラセミアの研究と治療にあたっているベンロー二財団のためのチャリティ・コンサートだった)。
この95年の<パヴァロッティ&フレンズ>を取材すぺく、筆者は9月の1O日にモデナ入りし、11日には通しリハーサルが行なわれていた会場のバック・ステージでさまざまな出演者にインタビューし、12日の本番を見た。モデナにはこのコンサートを目当てに、イタリア全土やヨーロッパからだけではなく、世界のいたるところから多くの聴衆がやってきていて、街にはいたるところに<パヴァロッティ&フレンズ>のポスターが貼られていたが、それは.パヴァロッティや出演者たちの顔が登場しているものではなく、ボスニアの子供たちの写真が大きく使われているものだった。
コンサートは2万人近くの聴衆を集めて9月12日夜の9時頃からスタートしたが、ステージの前、向かって左2/3ほどが椅子席で、右1/3あたりからずっと右の遠くのほうまで立ち見席というユニークな席の分けかたで、椅子席の最前列の中央にはパヴァロッティに特別招待されたダイアナ妃が座っている。ちなみに椅子席1等は25万リラ、2等は15万リラ、3等は1O万リラという料金設定で、立ち見席は3万リラだった。日本円に換.算すると1リラがO.065円ほどだから、1等席で16,250円、立ち見席で、1,950円という計算になる。当然椅子席の前方は、きちんとした服装をした年配の聴衆が多く、立ち見席はパヴァロッティよりはゲストのアーティストが目当てと思える若いロック・ファンが中心だった。
そ
のゲストだが、今回は特に豪華というかヴァラエティに富んでいて、U2からポノとジ・エッジ、それにブライアン・イーノが加わるという3人組、クランベリーズからドロレス・オリオーダン、デュラン・デュランからサイモン・ル・ボン、マイケル・ポルトンにミート・ローフ、それにチーフタンズ、地元イタリアからはジョヴァノッティにズッケロ、アントニアーノ、そしてボスニア・ヘルツェゴビナの隣国、同じ旧ユーゴスラビアはクロアチア出身のネナド・バッハといった顔ぶれ。そのほとんどのアーティストが、自分のレバートリィを一曲披露し、それからパヴァロッティとのデュエット、もしくは共演に挑戦する。この人選に関してパヴァロッティは、「わたしはいろんな人を集めて、それでコンサートを行うエキスパートなんだ。今回はそれぞれ違うことをやっているたくさんのアーティストを集めることができて、ほんとうにラッキーだったと思っている。そうしたいろんな音楽をお互いに混ざり合わせるということをわたしはやりたいんだ。このコンサートのために多大な時間を費やしてきたけど、実際にミュージシャンを選んだのはこのわたし自身なんだ」と語ってくれた。
オーケストラの演'奏によるモーツアルトの“序曲”に始まり、今回のコンサートのために指揮者のマイケル・ケイメンが特別に書き下ろした“ザ・ブリッジ・イズ・ブロークン”で幕を閉じた(アンコールでは出演者全負が参加してしてパヴァロッティの代表曲でプッチー二の歌劇“トゥーランドット”からの作品“誰も寝てはならぬ”が歌われた) 2時間あまりのコンサートは、直接的にも間接的にもポスニアのことや子供たちのことが歌われた場面が数多くあったが、全体的な印象としては、そうした問題が音楽を通して強く訴えられたというよりも、これまでと同じように、オペラ歌手のパヴァロッティとロックやラップ、あるいはポップスのアーティストの興味深い共演を楽しむ祭典という空気のほうが濃厚だったように思えた。
その共演にしても、一番がパヴァロッティ、二番がゲストといったように、ひとつの曲をただヴァースを分け合って歌っているだけといったものから、お互いの世界が見事に溶け合って新たな地平を切り拓いているものまで、千差万別という感じだった。パヴァロッティがどんな共演をしたのか順に挙げていってみると、イタリアの人気ラッパー、ジョヴァノッティとの“セレナータ・ラップ”、サイモン・ル・ボンとの“オーディナリー・ワールド”、ボノ、ジ・エッジ、ブライアン・イー.ノとの“ミス・サラエボ”、ズッケロとの“COSICELESTE”、ミート・ローフとの“帰れ、ソレントヘ”、マイケル・ボルトンとの“衣裳をつけろ”(レオンカヴァルロの歌劇「道化師」より)、ドロレス・オリオーダンとの“アヴェ・マリア”、チーフタンズとの“フニクリ・フニクラ”となる。筆者が感銘を受けたのは、ジョヴァノッティ、それにボノたちとの共演の2曲で、マイケル・ボルトンの歌のうまさに恐れ入ったり、いつもは堂々としているドロレスの繊細な歌いっぷりにはらはらさせられたりもしたが、前述の2曲以外は、一緒にやってみましたという以上に、何か新しいものを作り出している、すなわち真のコラボレーションになっているようには思えなかった。
今回のくパヴァロッテ・イ&フレンズ>を振り返ってみれば、主人公パヴァロッティはさておき、何がいちばんすごかったかといえばやはりボノ、ジ・エッジ、そしてブライアン・イーノのU2組で、パヴァロッティと歌った新曲の“ミス・サラエボ”も、曲といい、ボノの歌といい、パヴァロッティの悲しさきわまりないテノールといい、すべて素晴らしかったし、ジ・エッジの弾く緑のグレッチのエレキ・ギター一本だけで(途中からはマイケル・ケイメン指揮のオーケストラが入ってきた)、ボノ、ジ・エッジ、それにイーノの三人が一緒に歌う“ワン”も感動的だった。とにかく歌った曲、ステージのたたずまいから自然と滲み出ているボスニアヘの熱い思いが、ボノたちが演奏した2曲は全体の中でも傑出していて、その中でもパヴァロッティと共演した“ミス・サラエボ”はコンサートの白眉となっていたと断言できる。聴衆の反応も、特に立ち見席から、「ボノ!ボノ!」の声が鳴りやまず、パヴァロッティのコンサートに来て、改めてU2のすごさを思い知らされたという部分もなきにしもあらずだった。
続く