
interview 1994
ブライアン・イーノを語る時、いつも時代の先を進んできたと言うだけでは物足りない。時代はもう,彼の“ミュージシャン”という言葉に対する新たな定義を受け入れている。十分な知識を持っていなかった70年代初期の評論家は,彼の自称する“ノンミュージシャン”という肩書きについて,まだ一般的でなかったシンセサイサーやグラム・ロック,中性的なイメージのことを指していると考えていたが,もっと鋭い人々にはイーノがみんなの注意を,すべての才能ある連中へと引きつけていることがわかっていた。音楽作りに大切な刺造性と技術,その両方の才能−−それがブレイヤー,ブロデューサー,エンジニア,DJ.あるいはブログラマーであろうと。
イーノの考え方はハッとさせられるようなもので, 次のアイディアに対する追求の手を休めない。彼は初期ロキシー・ミュージックのサウンドを形成し,「ディスクリート・ミュージック」などのソロ作品によってロックに“アンビエント”という言葉を持ち込んだ。世界でも最も優れたブロデューサー,共同作業者のひとりとして,彼はU2,デヴィッド・ボウイ,デヴィッド・バーンといった面々が最高の想像力を発揮する手助けをし,そレて最近イーノがブロデュースした新作2枚か発売された−−ジェイムスの「WAH WAH」と,ローリー・アンダーソンの「ブライト・レッド」である。かつては消極的な音楽作りの場だったレコーディング・スタジオを,イーノは一歩進めて音楽ツールとして使う方法を開発してきた。
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laurie anderson jamesあまり手を加えていない材料を持ってスタジオへ行き始め,ついには何も持たすに行くようになった。それ−つまり“スタジオ”−を楽器にして,作業していたんだ。よくこんなことを言ってたよ,“OK,まず低音か,ビアノの音を試そうぜ。それにエコーをかけたらどうなるかな? キャプスタンのまがったテーブ・レコーダーに通してそのエコーを震わせたらどうなるだろう?”って。それをやると同時に,僕はサウンドにある種のフィーリングを持たせるようになった。こういうものは知らないうちに不安定になったり,拡散したりするようになるんだ。
それから,僕は他のサウンドを付け加えることや,もっと多くのものを重ねていくこと,それにキャンバスに向かう抽象画家と同じようなやり方なんかを考えた。僕にとってスタジオのイメージというとそれは,実際の景色の前にキャンバスを置いて描かれた風景画のようなものだった。理論にのっとった技法は景色をキャンバスの中に取り込むためのもので,まるで曲をレコードに記録するための古いレコーディング方法と同じようなものだ。当時僕か言ってたのは,このブロセスに無関係のものなんてないということだった−このレコーディングと呼ばれるブロセスこそが創造的なプロセスなんだ。
僕らには,どこかの景色を前にして置かれたキャンバスなんてものはない。その景色を,あちこちいろんなところに出現させるのさ
70年代後半から80年代初めにかけ,ビアニストのハロルド・バッドと一緒に仕事をしたイーノは、サブリミナル・ミキシングという技術を追求し始めた。本質的には,ビアノの持つ異なった周波数の価値とその利用方法の追求だ。
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1984 1980彼のピアノ信号を,4〜5の異なった周波数帯に分けた。つまり,べ−ス・ギターの低い弦に相当する部分をすべて集めてテープのあるトラックに入れ,人間の声の音域に相当する次の周波数帯をまた別のトラックに入れた。そのような調子で4〜5のトラックにまとめ,音を別々の部分に分けた。そうしておいて,これらの部分それぞれについて作業に取りかかったんだ。普通やるような,ビアノにエコーをかける代わりに,僕はこんなことを言ったよ,“OK,ピアノの最低部の上にそのサウンドを広げて,フランジングをかけるか位相をずらすかするんだ。それから,次の帯域は完全に外しておくか,ミックスの右側奥のずっと遠いところに置こう”とね。そして3番目の帯域にはリビート・工コーをかけたりとか,そんなこともやったよ。サウンドをすごく細かく捉え,注意深く分析するようになったよ,そこから何を得ることができるか,実際に存在するサウンドが何を含んでいるか,他にどんなものから成り立っているかを見るために。僕はスタジオを,“音を見つめる顕微鏡”として使いたかったんだ,優れたエンジニアがそうしているようにね。
( ハロルド・バッドは、1978年にイーノのプロデュースによって彼のObscureレーベルから、Pavilion Of Dreams を出し、その後、『Ambient2.The Plateaux of Mirrors』`80、『The Pearl.』`84 を共作しています。 g )
実験と即興がイーノにとって優先されるべき要素であるにも関わらず,彼はスタジオの時間を驚くほど効率的に使い,時にクライアントを不安に陥れる。
僕のモットーのひとつにこういうのがある。もし普通と違う結果が得たければ,素早く安上がりにやれと。なぜなら,他の人が誰もやっていないようなものを得るチャンスがそれだけ多くなるからさ。必ずといっていいくらい,金を多く使えばどんどん普通のものになっていく。ハリウッドがその好例さ。照明担当が56人に撮影照明係が4人,何のためにそこにいるかと言うと,今までの映画と同じようなものにするためなんだから。
スタジオ入りする前には,コンセプト面での準備は十分にしておく。スタジオっていうのはとんでもない迷宮になる可能性があるところさ−−それだからレコード作りには時間がかかるんだ,いろんな順列組み合わせを試すことができるから。いちばん有効なのは,始める前にそんな選択肢のいくつかを除外しておくことだ。まるで中華レストランに行って322ベージもあるメニューを出され,“なんてこった,僕はただ何か食べられれぱそれでいいのに!”と思案に暮れるようなもんだからね。
このビジネスに関わり,昔ながらのプロデューサーに用はなくなるとのご託宣に震え上がる連中に対レて,イーノは慰めの言葉をかける。
ホーム・スタジオを持って自宅にいる時というのは,かつてブロデューサーの役目だった領域を自分でやっているようなものだが,そこは芸術的なようでそれほどでもなく,技術的なようでいてそれほどでもない場所で,そんなところから多くのロック・ミュージックが作られている。だからある意妹で今は,技術に弱いミュージシャンと芸術に弱い工ンジニアの間に立って意思の疎通をはかる人間としてのブロデューサーという考え方がなくなっているんだ。だって今ではほとんどのミュージシャンがある程度,ひとりでその3者の役割をこなしているわけだから。この時代,エレクトロニック楽器を演奏するミュージシャンのほとんどはエンジニア的なことをやっている−−彼らは,どのようにつながればいいか,どのようなサウンドになればいいかといったことに関して何らかのフィーリングを持っている。
しかし僕は,それとはまた別の種類のブロデューサーというものが存在し得ると思う。それは,芸術面と技術面をつなぐインターフェースではなく,異なった文化間の仲立ちをするインターフェースとしてのブロデューサーだ。僕が人と一緒に仕事をする時によくやっているのは,いろんなアイディアをつなぎ,結びつけて,より大きなひとつの文化的構図の中にすべてを収めようという試みなんだ。それによって物事が明確になるし,また一元的なものではなくなってくるからね。よりコンセプト作りに近い役割だ。現在のブロデユースというのはもっと,落とし所をどこにするかということに比重がかかっている。これはもはや,単純な事柄とは言えないよ。もしも1963年にビート・レコードを作っているんだったら,何をやるかということに関する問題は大したものじやない。ボッブ・レコードを作ってるんだということはわかっているし,それがある種の文化に適するものでないといけないわけだから。しかし時代が移り変わるに従って扱う範囲がやたらと広がり,さまさまな局面が存在していて,成功を収めるにしてもいろんな方法がある。どの手段を取るか,どの音楽がふさわしいか,単純には決められないんだ。
もちろんブロデューサーというのは,これまでもずっとやってきたように,ちやんと考えることができる耳を提供することもできるわけで,その役割は決してなくなったりしない。僕はブロデュースをやる時にあるルールを設けている。それはレコードに時間を使い過ぎないということ。僕は集中的にスタジオへ行くんだ,例えば月に1週間というように。そうすることで新鮮に音を聴くことができる状態に自分を置き,やってきたことに対する判断を下す。同じ曲を繰り返し聴いていると飽きてきて,ついついチーブに余計な音を入てしまうのさ,眠くならないようにね! 僕みたいな立場にある人間にとっては,そのような環境の中で,“すべてを切り離し,そこにあるものに耳を傾けるんだ,根本的なアイディアに”と言い聞かせるのは大事なことなんだ。
私はイーノに,ブロデューサーとレて彼が優れている点のひとつは,アーティストの持つ真の音楽性をチーブに記録させることができる能力ではないかと,言ってみた。
まあそんなものだ。僕は言うんだ,「自分のアイディアを恥ずかしがったら駄目だ」とね。たいていのミュージシャンはセッションをやる時,他の誰かのようなサウンドを出したり,他人のスタイルのちょっとした変形を見せることで拍手喝采を浴びる。僕がそれを耳にするのはいつも,自分がイカすと思ったものをなんとか表現しようとしてる連中だけと,みんなちょっと自信がなさそうなんだ。それで昔のジェームス・ブラウンのリフをプレイしたりすると,“ワォ! そういうのが欲しかったんだ!”とか言われる。ミュージシャンというのはほとんどいつも,励まされながらわかりやすいサウンドを出しているってことを知っておいて欲しいね。
僕がやっているのは,そうでなくなったその時々に彼らを励ますことさ。それは彼らの真の個性を引き出すというより,彼らに自信を取り戻させるということなんだ。
音楽作りに対するイーノのアブローチの中でも最も輿妹深いもののひとつに数えられるのが,現在進行中の“オブリーク・ストラテジーズ(ObIiue Strategles)”シリーズだ−−人生においても,レコーディング・スタジオと両じくらい効果的に応用することのできる哲学である。これらの理論は.スタジオでの時崎が貴重で,しかも面白い結果を出す重圧が大きかった,イーノ最初期のスタジオ経験に端を発している。格言を並べたリストとして始まったこのストラテジーズは,いかがわしいセッション態度へと導くガイドとして姿を現した。イーノがそのいくつかを解説する。
大事な問いは“俺は何をやりたくないか?”なんだ。作業をやっていて,すべてがどんどん難しくなり,にっちもさっちも行かなくなった状況を想像して欲しい。頑張ってるんだけどうまくいかない。そんな時こそ自分に問いかけてみるんだ,“俺は何をやりたくないのか?”“俺は何をやろうとしていないのか?”と。うまくいくと思ったことについてはすでに考えたけど,それがうまくいかなかった。これは,何かをなくした時,いかにも物を忘れそうな場所ばかりを漫然と探してしまう状況にちょっと似ている。それがどこにもないとなると次に,普通は探そうと思わないような場所を考える。たぶん捜し物はそこで見つかるだろう
楽器の役割を変えてみる。何か退屈なことをやってみる。期待できそうだろうがそうでなかろうが,他の資料にあたってみる。切ってはならない重要な場所を切り離してみる−−こんなことをやってみるのが面白い。たいていの曲は何らかの核が基礎になっているからね,すべてをまとめるドラム・トラックとか低音とかが。そういった要素を音楽から抜き去って,どうなるか見てみるんだ。それを抜き出した時,突然,そこにある他のすべてのものが聴こえてくる。そして,その中の余計なもの,必要ないものに気がつくかもしれないし,あるいはもっと面白いことに,それが完全に独立したものだとわかり,別の新しい曲として練り上げていきたくなるかもしれないんだ。
昨年ジェイムスが新たに,イーノの魔法のとりことなったロック・バンドの仲間に加わった。その結果は? 世界的に評判となった作品,「サムタイムス」が生まれたのである。そして,リアル・ワールド・スタジオで行なわれたそのセッションから,また別のジェイムスのアルバムが登壌した。極めて即興性の強い「WAH WAH」だ。前のアルバムと異なる,その無目的で変な方向を向いたアブローチは,観客には聴こえてたかもしれないが実際には表に出していなかった,バンドの別の姿を見せてくれる。しかし,2枚のアルバムを同時にレコーディングすることのメリットは何なのか?
実際これは,とてもいい戦略的決断だったよ。理由のひとつは,ふたつのスタジオを同時に使うことによって非常にクリエイティブな効果が得られるということ。ひとつのスタジオにたくさんの人が集まってある曲の作業に没頭しているような場合,自分がそのことにちゃんと集中しているんだとわかるようなことを何か口にしなくちゃいけないと,みんなが考えるようになる。だって,4時間も5時間も片隅のソファに座ってるだけなんてみっともないからね。みんなにとっては,適当に言葉をはさんだりすることよりも,自分が何かでそれに賞献していると純粋に感じられることの方がよっぼど大切なんだ。作業をやっている曲が2曲同時にあるというのは,人間のパランスを取るのに大いに役立つ。行けるところが2力所あるわけだからね。どっちにするか選べるんだ。その時に自分が関心のある方のスタジオへ行ってそっちの作業をやることができる。自分が興昧を持てない,あるいは自分にできることが何もない曲の作業でスタジオに閉じ込められるのは最悪だ。
それに,曲全体を見渡すためこもこれはちょうどいい。なぜなら,片方のスタジオからもう片方へと移動し,新しい耳で音楽を聴いてこそはっきりと見える部分というのがあるんだ。入って行って言うのさ,“全体のサウンドがぐちゃぐちゃになりすぎてる”とか,“このサピの部分がどうしようもなく弱いな”とかね。卓の前にへばりつき,ひとつの曲の作業に何日もかけていると,その明晰さが失われてしまう。たいていの連中がそうだけど,彼らはただ1種類の音楽だけを作っているわけじゃない。みんなたくさんの違ったアイディアを持っているんだ。いい加減な気持ちで,ちゃんとした考えを持たずにそれらを混ぜ合わせている連中によって,多くのレコードが駄目にされてると僕は思っている。
例の方法でやれば,“OK,こっちのレコードにはこの種の要素を全部詰め込もう。そしてもう片方のレコードで,その他すべての音楽をやるんだ”と言うことができる。もちろん両者で重なりあう部分だってあるわけだが,しかしアイディア同士が互いにぷつかったり,良さを打ち消レ合ったりすることなく,とことんつきつめることができるんだ。
興昧深いことに,イーノのふたつ(ひょっとしたら3つのアルバム)のかけもち作業という驚くべき方法論の恩恵に預かっている最新アーティストがあのデヴィッド・ボウイなのである。彼は夏からニューヨークで,このかつての仲間と一緒に作業をやっている。果たして我々は『ヒーロ一ズ』『ロウ』『ロジャー』〈編注:これら70年代後半の3作品はべルリン3部作と言われる〉の栄光を再び目にすることができるのだろうか? どうやらその心配の必要はなさそうた.