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interview 1993

 


 

93-1.jpg (5028 バイト)「今の僕にはメランコリックな感情は存在しない。暴カ的な気持ちになっているんだ」……なんとも勇ましい発言である。確かに7年振リのソロ作(ヴォーカル入りのソロとしては13年振り!)「ナーヴ・ネット」には、音そのものの暴カ性ではなく、方法論としてそれが窺がえた。インタビューにもあるように“混沌が彼の現在の理想形である以上、脈絡のないアーティスト選択も、腑分け不能の組み合わせも、総て暴カ的表現のための必要条件だったのだろう。シングル・カットまでされた“フラクタル・ズーム”のビデオ・クリップ(まで作るほど本気なのだ)もまた、ザラついた映像を素早い場面転換でつなぐという念の入れ方なのだ。惜しむらくは、結果としてのサウンドがこれまでのイーノ像を蹂躙できずにいたことだが、それでも、完全に“そこで鳴っているだけ”のアムビエント・シり一ズよりは100倍は楽しめるポップ・ミュージックだったのである。あちこちに話題を飛ばし、用意周到な例証を持ち出しながらも、どうにも自己矛盾に陥っているとしか、思えないインタビュー中のイーノ発言だが、その頭脳回路のショ一ト状態こそ、彼の目指すサウンドヘの恰好の武器になるのではないだろうか。「ナーヴ・ネット」のジャケットにある説明を読む。「パエリヤのような/自己矛盾的混乱の/恥知らずな露出狂の/云々」……そう、その言葉通り実行すればいいのである。

 

新作「ナーヴ・ネット」はソロ・アルバムとして7年振リのものですが、なぜこれだけ長い期間が必要だったのでしょうか?

 

長いことソロ・レコードをリリースする理由がなかったんだ。新たに白分が貢献してみたいというものが長い間見つからなかったということだね。僕自身はレコードのリリース・スケジュールには縛られていないんだ。だから1〜2年毎にレコードをリリースする必要もない。ソロ・レコードをリリースすることで稼いでる人間じゃないからね。そのことは神に感謝したい。だから長いことサボって出さないってことになるわけだ。

 

環境音楽ではなくヴォーカルもあるポップ・ミュージックの形態をとったのはなぜなんですか。

 

それは君達が望んでいたことでもあるからだよ。僕自身もアッと驚いてみたかったんだ。未来を目指したもので、かつ楽しめるものを構想していた。そこには大きな混乱も生じるけど、同時にエキサイティングなものでもあるというようにね。

 

当初もっとヴォーカルをフィーチュアした「MySquelchy life」と題したアルバムを咋年完成させていたにも拘らず、時代遅れだという理由でボッにして今作に切リ換えたそうですね。何が古臭く感じられたんでしよう?

 

それが正当な理由だったわけじゃない。僕は創作物を完成した途端にリリースするという方法論を採っているから、何ヵ月間も寝かし続けておきたくないんだ。『MySquelchy〜」を去年作った時、レコード会社は『約束の通りにあなたのソロ・アルバムを9月には出せません。12月のクリスマス・シーズンも発売点数が多いので無理だし、2月ということになりますね」と言ってきたんで、僕は『それならこのアルバムは発表しないことにしよう』と言ったまでだよ。

 

ということは、あなたの家の棚の上には未発表のテープがいっぱい眠っているわけですね。

 

僕の棚の上には、いろんなものあ積んであるけど、リリースされなかったテープというのもかなりのスペースを占めている(笑)。そ中には気に入ってる曲もあるんだけど、とにかく7年間ソロ・アルバムというものは出していなかったわけで、それだけ待っていながら昔やったことにちょっと似たサウンドを作って発表するっていうのは、どうも僕にはいただけないアイディアだった。そのほとんどの曲がちょっとメランコリックなんだけど、最早今の僕にはそういう感情は存在していない。暴力的(ヴァイオレント)な気持ちになってるんだよ。

 

今回のアルバムも暴カ的なわけですね?

 

その通り。僕はとにかく未来に向かって動き始めたかったんだ。いろんなやり方が可能だったけど、イマジネーションの中で実現可能と思える未来の淵に立ちたいと思った。レコードを作るなら未来に属する音楽を作りたいと常に考えていたんだ。そうすることによって未来の出現を手助けすることになるしね。で、こんな気持ちになる。『見ろよ!未来っていうのはこんなにもえらく混沌とした状況になるんだ。きっちりオーガナーイズされていると取り繕う必要はない。未来は混沌として複雑なものなんだから、それを素直に受けて幸せな気分に浸ろうじゃないか。悲観したって始まらない、自分で変えられるものでもないし」ってね。僕としては“最後の幻想(ラスト・イリュージョン)”と呼んだものを打ち壊してみたかっただけなんだ。その中には多くの政治的理論や宗教理論が横たわっていて、それはある人にはこれからどうなるのか推察可能なアイディアでしかなかった。これから何が起こるかなんて誰にもわからないはずだろう?そこには二つの理由がある。まず第一に世の中は複雑すぎるということ、第二に世の中はあまりに早く変わっていってしまうから、何かがわかりかけた途端に、また何かが変わっていくということさ。これからは不確実性と共に生きていかなくちゃならない時代が来るってことだよ。

 

その不確実性の一つにあなたのヴォーカルも当てはまるでしょう。ジョン・ケイルとの共作アルバム「ロング・ウェイ・アップ」そして新作と、「ビフォー・アンド・アフター・サイエンス」以来13年振リにあなたの声が聴こえるポップ・ミュージックでしたが、自ら歌うという行為に再び興味味を持ったのはなぜだったんでしよう?

 

僕個人にとっては歌う、歌わないというのはそれほど大きな問題じゃない。他の人達には肉声を持った音楽と持たない音楽とでは大きな違いがあるらしいけど、僕としてはただ音楽を作っているという行為にかわりないんだ。肉声を使う面白さは様々な方法で聴く人を混乱させられることさ。聴く側はヴォー力ルが入っていると何を歌っているのか聴き出そうとする。ところが可の意昧もないことを歌ってたりで、理想的な混乱を起こすのさ。

 

新作であなたが集めたミュージシャン達、ロバート・フリップ、ベンモント・テンチ(トム・ベティ&ハートブレイカーズ)、ロバート・クイン、ジョン・ポール・ジョーンズ、イアン・デンチ(EMF)は、各々の担当楽器でどのようなプレイを求められていたんでしょうか。

 

全員が友人関係にあるというわけじゃなかった。ジョン・ポール・ジョーンズ(元レッド・ツェッペリン)があんな風にピアノ・プレイできるなんて、誰にも想像つかなかっただろうし……

 

例えばどんな風に彼を誘導していったんですか。

 

とにかくキーボードで面白いアプロ一チをしてくれる人を、と考えていたんだ。そもそもキーボード・プレイヤーってのは嫌味な奴が多いし、脳ミソが少しでも詰まってるプレイヤーを探すのも結構骨が折れる。そこでJ・P・ジョーンズなら面白いアイディアを提供してくれるだろうと考えたんだ。不思議なほど断片的で調子の狂った、およそ常識では非音楽的と思えるものを何かプレイして欲しい、と説明した。そして彼はそれを弾いたまでさ。まさに彼一人だけのパフォーマンスだった。2テイク録って、最初のを全部使ったよ

 

他のミュージシャンとの実際の作業は、どのように進められたんですか。

 

ミュージシャンと話を交わす時は、僕は直接的な音楽の話はしないんだ。一般的な意味でのスタイルについて話す。例えばこんな感じ。『君の弾くピアノ・パートがたまたまドラムのパートと同じ音楽になると想像して欲しい。この二つに関連性はないけど、同じ時問に同じ空間にたまたまいる。まるで待ち合い室のように。一人の人間が人ってきて、またもう一人の人間が人ってくる。二人は全く関連性がないのに、たまたま同じ場所で一緒になったんだ』とね。そこへ第三者が足を踏み入れてくると、この2人が同じ場所にいるのを見て、その関係を解き明かすのにしばらく時間がかかる。僕は音楽の中に足を踏み人れた時に、その相関関係を探ってみたいんだ。時としてお互いよく知ってる関係だとわかることもあればどうやら全く関連性も面識もなさそうだってことがわかってくることもあるんだよ

 

「新作ではジャズ、ファンク、ラップ、口ック、ポップ、アムビエント、そしてワールド・ミュージックまで総てを引っぱり出した」と発言してましたけど、あなたは総てに等しく興味を持っているんですか。逆説的に言うと、あなたの音楽の足場はどこにあるんでしよう?

 

僕はそういう考え方はしない。足場などという言葉自体、僕にとっては馴染みのない哲学の中に存在するものだ。基本(ベーシック)とか基礎(ファンダメンタル)とか原点(オリジナル)とか、正統(オーセンティック)とか本物(リアル)とか真実(トゥルー)といった言葉には一つのリアリティが存在して、他の物は総てその上に成立しているように見えるかもしれないけど、僕はその論理を信じたくないんだ。何百ものリアリティが存在して、その総てが連結し合っている。その結合部が見えたり見えなかったりする。だから僕はべ一シックなことについては何も考えない。『○○について、あなたの本当の気持ちはどうでしょうか』と訊かれているようなものさ。そこで言う“本当の”とは一体何を意味しているんだろうか。『○○についてどう感じますか』と訊かれたなら、勿論答えることができる。でも一週間後の僕の答は変わっているはずだ。そのどちらがより真実に近いなんて言えない。そこで君のさっきの質問に答えようか。音楽に関して僕はべ一シックなスタイルも信念も持ち合わせてはいない

 

袋小路に入り込んだ時にスタイルには逃げない、しかし刈り取れるものは貪欲に刈るということですね。だとしたら興味の持ち方は総て等しいものなんでしょうか。

 

いや、それは無理な話だよ。総てのジャンルの音楽が好きだとはとても言えないからね。クラシック音楽というのは、大抵はクソだと思ってる。それ自体というより、それに付随するカルチャーとやらが疎ましいんだ。あまり聴かないタイプのポップ・ミュージックもたくさんあるし、吹けば飛ぶような軽々とした音楽も僕の好みじゃない。娯楽性の高い音楽には、それほど惹かれないってことさ

 

「ポップ・ミュージックを実践する者は、たくさんの人々に好かれることを期待する。彼らが望むのは、自分達を興奮させる世界の一部になることであって、世界を飛び越すことではない」(本誌92年3月号参照)とU2のレコーディング手記で書いていましたけど、今回のあなたの作品も例外なくあてはまるものですか。

 

勿論だよ。なぜそう望むのかと言えば、どうにかして世界を変えることができるんじゃないかと思うからなんだ。カルチャーというのは僕らが住んでる世界に存在する媒体で、オペラとか絵や彫刻の展覧会だけを指すんじゃない。髪を切ることや映画、レコード等々あらゆるものを含んでいる。こうした総てのものが、精神世界の言葉を作り出しているんだ。だからハリウッドは危険な影響力を持っているのさ。彼らが使っている言葉が間違っているせいじゃなく、ただ一つのものしかないからなんだよ。多くの言語によってバランスが保たれていれば。言葉に問題はないけど、ある種の方法論と様々な経済的理由からシーンを支配してしまったら、そこには問題が生じる。日本映画とヨーロッパ映画が、アメリカ映画と対比していかに違うかという点を無視して欲しくないんだ。
僕にとってカルチャーが一度に多くの言語を持つという事実は重要だよ。ヴォキャブラリーを常に新しく、しかも種類を豊富にするには、色んな言語が必要になってくる。以前存在しなかった新しい事を表現するには、常に新しい言葉と接していなくてはならないんだ。僕がやりたいのは正にそれだよ。新しいヴォキャブラリーや新しい言語まで創り出すという大事業をやってみたいんだ。
人々の気持ちをポップ・ミュージックの方ヘシリアスに向かわせることができたら、どれだけ素晴らしいことか。人間というのは若い時は勿論ポップ・ミュージックに没頭して、それが総てという位にシリアスに考えているものだけど、年をとってくるともう少し重厚なもの、例えばオペラみたいなものを聴こうかってことになってくるんだよ。でも僕に言わせりゃ、自分が聴いてきたものを聴き続けるベきだし、年をとるほどよりマジになって聴くべきなんだ。何かから価値観を得るというのは、君達がそれに対してしたことと、それが君達に対してしたことの結果なわけだからね。リリースされてから35年たったバディ・ホリーのレコードを今でも僕が聴いているとしたら、僕は彼の音と今でも関係し合っていて、そこからまた何か学びとるものがあるということなんだ。

 

「奇妙で矛眉した混乱、それこそが僕の気に入るところだ」とも発言していましたけど、それは常にあなたの考えるポップ・ミュージックの理想像なんでしようか。

 

その通り。ポップ・ミュージックはとてつもなく大きな可能性を秘めている。大抵の場合下らないまやかしだけどね。ま、そんなことはここでは問題じゃない。可能性があるというところに何か素晴らしさを感じるんだ。非常にヘルシーな創造性があるし、現代のクラシック音楽の在り方と比べると違いが明らかだよ。古いコンセプトに支配されてて、至って不健康な創造性しか存在しないのが現代のクラシック音楽だからね。まさに19世紀'に属しているとしか言いようがない。そこに成立している哲学がひどく時代遅れなんだよ。ポップ・ミュージックについて理論で固めようとする人達の殆どが、やはりひどい時代遅れな存在ではあるけれどね。ただし幸運なことにポップ・ミュージックはそういう連中抜きでも充分生きていける。音楽評論家やライターの殆どが、ポップ。ミュージックの変わり身の早さについていけないんだ。連中の価値観や哲学は過去の遺物さ。芸術の特質は君達の思考をリードするということであって、その思考に従って生まれてくるものじゃないんだよ

 

随分と音楽評論家を挑発する意見ですけど、だったらあなたはどのように時代を先取リしていくんですか。勘のようなものが働くんですか。

 

僕が他の誰よりも優れている点は、自分の感覚に素直になれるということだろう。そうなれない人はたくさんいるはずだよ、ここで、奇妙だけどその良い例としてあげさせてもらうからね。
70年代の終わり頃、女性ボデイビルのカルチャーが抬頭した。筋肉隆々の女性達を僕はとてもセクシーで素敵だと感じた。そういう写真を見つけた時は、いつでも切り取って大事にしまっておいて男性の友人達に見せると、彼らは決まってこう反応した。『ウワァ、悪趣味!』ってね。なぜそういう反応になったかと言えば、恐怖感があったからさ。今までとは全く違ったセクシャルな部分に触れていたからだよ。それを好きだと認めることは、自分は男が好きで、ホモセクシャルであると認めるることになると考えたからだろう。だから悪趣味の一言で片づけてしまうんだ、ところが8年位経つと、同じ入が好きだと言うようになる。重要なポイントは早い時期には認めることができないということだね。そこに違いが生まれてくる。たとえアイデンティティに関わる間題が生じるとしても、僕はありのままに好きなものは好きだと認めてしまうんだ。もし、あるものが自分にとって非常に魅力的なものであって、誰もその意見に同調しない時は、自分自身を露出するみたいな状態におかれることがある。そこで僕は『女性ボディビルはとても魅力的だ』と正直に発言した。僕の友人達はこう思ったに違いないね、『おい、アイツはホモかい?男の身体が好きだから、男みたいな身体の女が好きなんだろうな.』って。僕はこの手の質問にはいつでも物怖じせずに答えてしまうところがあるんだ

 

そういう性分はいつ頃からのものなんです?それこそあなたの基本的な音楽に対するスタンスだと、思いますけど、それはアート・スクール時代に形成されたものなんでしようか。

 

それ以前というのが正しいと思う。僕の人生はロックンロールの歴史と重なっているからね。僕が初めて音楽を聴くようになっのは1955年、まだ僕が7歳の頃のことだった。初期のロックンロールのレコードが出始めた時で、シルエッツの“Get A Job”とか初期のエルヴィス・プレスリーのレコードがリリースされ始めた頃だった。つまりかなり以前から音楽は聴いていたけど、アート・スクールに通うようになってから突然音楽を作るようになったんだ。今僕が作っているものと大差ない、奇妙でおかしな音楽だったよ。ロックじゃなくてアムビエント(環境音楽)っていうのに近かったかな。テープに大きな金属でできたランプ・シェードを叩いた音を録音して、その再生スピードを遅くしたり早くしたりして、一つの音から自分の欲しい音程を全部作り出していたんだ

 

60年代後半には実験音楽のグループとロック・グループの両方に加わっていたそうですが、自分では何ができると考えていたんですか。

 

確かにその頃は同時期に二つのことに携わっていたけど、僕にとってはその二つの間に大きな違いはなかったんだよ

 

じゃあその後のロキシー・ミュージックはどうなんです?ロキシーにどのような可能性を見出していたんでしょうか。

 

(しばし沈黙)どうして人間というのは理由を詮索したがるものなんだろうね。・・・…なぜそうしたかと含えば、他にすることがなかったということになる。変なロック・バンドに入る以上に面白いと思えることが見つからなかったんだよ。『他にやることがないから、これでもやろうか』ってごく消極的な理由さ。さもなきゃラウド・スピカーの修理屋にでもなっていたんじゃないかな。古い映画館から取り外して来て、ハイ・ファイ・スピーカーとして人に売りつける商売だけど、どう考えたって面白そうじゃないし、大金を稼ぐこともできなかったと思うね

 

そういえば、ロキシー時代、あなたはステージに立つとよくアガってしまうという話を聞きましたけど……。

 

ステージ上で、僕はいつも神経質になってたよ。ましてレクチャーなんてもっと気後れするね。プレイするよりもっと恐い。レークチャーとなるとこけおどしが効かなくなるからね。

 

7月にロンドンで行なったレクチャーの時はとてもリラックスしていたようでしたけど……。

 

とんでもない!あの時のレクチャーが今までで一番リラックスできなかったよ。人前で話をする機会は何度もあったけど、あの時は僕からはオーディエンスの顔がよく見えなくて難行したんだ。いろんなテーマで話をする時、四方に目を配りながら『混乱してる?満足してる?」って客席の反応を探っていくのがこちらの手なんだけど、それができなかったからね。

 

レクチャーをやる意味は何だったんでしょう?

 

やっちゃいけないって法はないだろ?地味な所でのレクチャーってのは、もうかなりこなしてきてるんだ。例えば僕は未来に関してビジネスマンや政府の役人に提言する機関“シンク・タンク”に所属しているんで、その類のテーマについてはよくスピーチしてたのさ。ビジネスや国際的な分野で活躍してる人達の中には、実に頭の良い人がいたりする。普通アートやカルチャーの分野だと、自分の偏見に満ちた意見を持った馬鹿な連中が牛耳っているものだけどね。誰もが一体なぜそれをやっているのか完壁な理由がある時に限って、悲劇は起こるものなんだ、ライヴ・エイドなんてその典型だよ。貧困な国の穀物を大量にダンピングして買いつけたせいで、その国の作物は正常な値段では売れなくなり、農夫達は畑を放棄してしまったんだ。見捨てられた畑は荒れ果て、砂漠化してしまった。先進国のせいで、一国の農業体制が崩壊してしまったわけさ。短期的には道理が通るかもしれないけど、長期的にはより多くの死者を生む可能性もあるんだよ。もっと過去に学ぶべきなんだ。

 

では、あなたがロキシー時代にグラム・ロックそのままド派手なファッションとメイクをしていたのも、完璧な理由があったんですか。

 

自分がよく見えると、思ってやっていたんだけどね。アート・スクール時代にファッションに凝ることを覚えたんだ。女物の服と男物の服を混ぜ合わせてみると、差別から解放された気分になってね。それに当時は今と違って長髪だったし、男っていうのは哀れっぽく見えるものだと思っていた。今でも僕は男ってのは外観に対してあまりクリエイティヴじゃないと思ってるよ。ほら、今の僕はその典型的な一人だろ?しばらくの間、その疑問点にかなりのエネルギーを注いだもんだった。


もう一度ギラギラのファッションとメイクでステージにあがりたいという気持ちはありませんか。

 

(笑)特にそういう気持ちはないけどね。いや、絶対にないね

 

では、当時のグラム・スター、デヴィッド・ボウイやマーク・ボランは、どのように見ていたんでしょう?

 

当時は、彼らのような人はたくさんいたし、みんなお互いに影響し合う立場にいたんだと思う。僕自身はマーク・ボランのことは個人的には知らなかったけど、デヴィッド・ボウイのことは知ってたよ。なにせ当時の彼のボディガードの一人が僕をステージから放り出したことがあったから。

 

ロキシー脱退後のあなたの活動をみると、やはり環境音楽というアィディァの発見が一番大さな比重を占めているように思います。オーブのアレックス・パターソンは、環境音楽の概念はあなたが交通事故にあって入院していた時、ロバート・フリップがバッハのレコードを持って見舞いにきて、それを病室でかけたところ、片方のスピーカーの音がブツブツ切れて、それからスピーカーの案験を始めた。結果それが環境音楽につながったんだと言ってました。それは事実ですか。

 

その話はかなり真実に近いね。ただしレコードを持ってきたのはロバート・フリッブじゃなくてジュディ・ナイロンだったし、そのレコードは僕がいつも熱烈に軽蔑するバッハのものじゃなくて19世紀のハープ・ミュージックだったんだ。音楽を部屋の中の照明のように使うことができるという認識は以前からあったけど、それ以来僕にはより鮮明に理解できるようになってきたんだよ。これがその時の事故の傷跡さ(と言って額の禿げた部分を指でさした。よく見るとそこには確かに傷跡が残っている)

 

あなたは実に多種類の仕事をしているわけですけど、本職は一体何になるんでしようか。

 

アイディアをひねり出すことさ!

 

では、この先のポップ・ミュージックがどのような方向に進むと考えます?

 

よし、予想してみよう。でもそれは一つの未来を予想するんじゃ不充分だな。不幸にもそこにはマイケル・ボルトン他総てのものが含まれるのだから、当然様々な形の違った未来が存在する。僕が興味を持つ未来というは、素晴らしい幻想と殆どリンクしないようなものだね。そんな幻想なんて、誰かが先読みできるものなわけだし。僕が好きになるのは、その混沌を最大限表現している音楽なんだ。当然シンプルでなく複雑なもの。シンプルな形をした音楽というのもたくさん存在している。アヴァンギャルドもニュー・エイジもミニマリズムも、総てシンプルな音楽の形態をとっている。しかしね、その手の音楽に僕は興昧がわかないんだよ。

 



CROSSBEAT 1993.1  インタビュー 森田敏文さん